昼休み、シャーペン芯が切れたという倉橋さんと一緒に、購買に行った。
私も飲み物がなくなりかけていたからね。ちょうどよかった。
暑くなってくると飲み物の消費が激しくなるものだ。今日は体育もあったから、余計に。
「立花さんって、花園さんと仲がいいよね」
購買から教室に戻る最中、そんなことを言われた。
「そうかなぁ。仲良くなれたらいいな、とは思ってるけど」
少しずつ仲良くはなれていても、まだお友だちとは呼べないくらいな気がする。
友情イベントだって起きていないしね。
たぶん、魅力が低いから発生しないんだろうけど。
「あと、桜木くんともよく話してるよね」
「あれは、その……」
悪気はないだろう倉橋さんの言葉に、私は返答に困った。
あっちから話しかけてくるだけで、こっちは話したくなんてない、なんて正直に言ってしまえば角が立つ。
さて、どう返すべきか。
「立花さんはちょっと苦手みたいだね、桜木くんのこと」
ふふっ、と倉橋さんは笑う。
……バレていたか。
「……あんまり、話したことないタイプだから」
私は苦笑を浮かべてそう言葉をにごした。
より正確には、話したいとも思わないタイプ、なんだけどね。
そんなことはもちろん言いませんとも。
人の好みは人それぞれ。相性だって人それぞれだ。
私と倉橋さんの相性がよくて、私と桜木ハルの相性が悪くても、倉橋さんと桜木ハルの相性が悪いとは限らないんだから。
まあ、倉橋さんは桜木ハルと仲良くしたいようには見えないけども。
文学少女からすると、クラスの人気者っていうのは遠い存在だよね。
「そんな感じする。立花さん、おとなしいっていうか……ひっそりしてるもんね」
「そうだね、ひっそりとしていたいな」
ひっそり、いい言葉だね。
イケメンとは関わらず、恋やなんだにわずらわされず、好きなだけ本を読める日々が理想だ。
「でも、花園さんは華やかなタイプだよね。なのに仲いいなんて不思議」
倉橋さんは胡桃色の瞳をくりっとさせて、私を見てくる。
その、どうしてどうして? わたし気になるなぁ、と言わんばかりの表情は大変かわいらしい。
ゲームに関わること以外なら別に隠すようなことではないし、話してもいいか。
「花園さんは……なんていうか、ちょっとおもしろそうだなって思って。一見華やかだけど、真面目だし気配り上手だし。学級委員の仕事だってしっかりやってる。実は縁の下の力持ちで、けっこうひっそりタイプなんじゃないかな」
季人から事前に聞いていた高飛車な花園彩子とは、若干印象が違った。もちろんいい意味で。
華やかな外見とは逆に、花園さんは落ち着いた大人っぽい人だ。
加えて責任感も強かったりする。
日直やら掃除やら、さぼっている人がいたら注意をしたり。
授業のあとにはよくみんなにわからなかったところを質問されていたり。
下手すると担任よりも頼られている感がある。
まあ、担任があの椿邦雪だから、というのもあるのかもしれない。花園さんのほうが真剣に取り合ってくれそうだもんね。
「わたしや立花さんと同じで?」
「私たちとはちょっと違うかもしれないけどね」
花園さんは、私たちと違ってやっぱり目立つ。
それは、外見的なものだけじゃなくて、花園さんのまとう空気のせいだと思う。
縁の下でありながら、それと同時に女王さまでもある。
存在感があるのに、どこかひっそりとしている。
そんなアンバランスなところも、花園さんの魅力というか、興味を引かれるところだったりする。
「あ、噂をすれば」
倉橋さんの言葉に前を向いてみれば、誰かとにこやかに話している花園さんがいた。
ちょうど話が終わったところだったみたいで、誰かさんは笑顔で手を振って去っていった。
花園さんはそのまま教室に戻ろうときびすを返そうとして、そこで私たちに気づいた。
少しだけ目を丸くして、それからいつもどおりのすました顔になった。
「こんにちは、立花さん、倉橋さん」
「こんにちは、花園さん」
「こんにちはー」
近くまで来たところで、お互い挨拶をする。
自然な流れで三人一緒に教室に戻ることになった。
「今の人、お友だち? 仲がよさそうだったね」
お友だちらしき人が去っていったほうをちらりと見ながら、私は聞く。
もちろん、花園さんに友だちがいることを疑っているわけじゃない。
眼鏡をかけていて、見るからにおとなしそうな子だったから、ちょっと気になっただけだ。
友だちに選ぶのって、一般的に自分に似たタイプの人が多いよね。
やっぱり花園さんがひっそりタイプっていうのは、間違っていないのかもしれない。
「同じ華道部なの。今日の部活の時間の変更を教えてくれたのよ」
「そうなんだ」
花園さんはお友だちってことを否定しなかった。
友人キャラに他の友人がいたって、別におかしくはないよね。
そもそもこれは現実だ。花園さんが私の恋のライバルにはなり得ないように、友人にすらなれない可能性だってあるんだ。
友情イベントが起きていない以上、まだ私は花園さんのお友だちではないんだろう。
……少し、寂しいけれど。
「花園さんに華道部って、ぴったりですね」
倉橋さんの言葉に、うんうん、と私もうなずく。
お嬢さまだし、姿勢とかきれいだし、美的センスも優れているし。
花園さんって派手な外見してるけど、案外和服も似合うんじゃないかなぁ。一度見てみたい。
「校長室の前に飾ってある花って、花園さん作だったよね。すごくきれいだった」
何かの賞を取ったやつだと脇に書かれていた。
ピンと立った三本の白い百合をメインに、その横と手前には笹の葉、後ろには名前のわからない黄色い小花。
夏の暑さを物ともしない、涼しげで清らかな生け花だった。
「……ありがとう」
花園さんは、ほわりと、やわらかな笑みをこぼした。
その頬はかすかに朱に染まっていて、照れているのがわかった。
普段の花園さんらしくない、きれいと言うよりもかわいらしい表情。
……同性なのに、一瞬ドキッとしてしまった。
「たしか、立花さんはまだ部活が決まっていませんでしたわね。もしよければ華道部に見学にいらっしゃる? それほど難しくないわよ」
表情を改め、いつもどおり……いや、いつもよりは機嫌がよさそうな花園さんがそう言ってきた。
華道部かぁ、考えたこともなかったな。
花園学園は部活に入るのが必須ではない。一応は進学校ということもあって、学校のあとは塾に行くという人も多いしね。
私は塾は肌に合わないから家で勉強しているけど、もしも楽しそうな部活があるなら入ってみてもいいかもしれない。
攻略対象の入っている部活や、攻略対象に会う可能性のある部活は当然除外。運動部も運動音痴なので除外で、お金がかかりすぎる部活も除外かな。
そうなると、華道部というのはありなような気がしてくる。
「見学だけならしてみたいな。入るかはわからないけど」
私がそう答えると、では詳しいことはまた後日に、ということになった。
ちょうど教室についたからだろう。
教室に入ってから、花園さんは自分の席に戻って次の授業の準備をしだした。
私と倉橋さんは席が近いのもあって、席には戻らず廊下側の壁に寄りかかった。
「……花園さんって、ちょっとかわいい人なのかも」
「すごくかわいい人だと思うよ」
ほー……と感嘆の息を吐く倉橋さんに、私は苦笑する。
どうやら倉橋さんもあのかわいらしい笑顔にやられたらしい。
倉橋さんにも花園さんの魅力が伝わったようで、何よりだ。
もし三人で仲良くなれたら、学園生活も楽しくなりそうだな、と私は思った。