今日は外にご飯を食べに来ていた。
週に一度か二度ほど、アケヒはご飯を食べにルミを外に連れて行ってくれる。
外食のほうが割高になるのはどこの世界でも変わらないようなので、ルミは毎日作ると言っているんだけども。
これがアケヒなりの気遣いだと気づいてからは、それに甘えることにした。
ルミはアケヒと一緒でないと外には出てはいけない。だからいつも家にこもりっきりだ。
ご飯を食べに行くのは、家事をお休みできるだけでなく、外に出ることのできる貴重な機会。
少しずつ、ルミはこの世界、魔界のことを見聞きして知っていっている。
まだ、慣れたとは言いがたいけれど。
亀の歩みでもいいから、この世界に溶け込んでいくことができたら、と思うようになっていた。
「さっきからメニューちらちら見て、どうしたんだ?」
食後、お酒を飲んでいるアケヒがそう尋ねてきた。
壁に貼ってあるメニューに目をやっていたルミは、う、と声をつまらせる。
鶏肉に似た、魔界にしかない肉のシチューを食べたというのに、デザートは別腹という言葉のとおり、ベリーのミニパフェが気になっていた。
ルミはイチゴが大好きだ。一度だけイチゴ狩りに行ったことがあって、その時は次の日腹痛に悩まされるほどに食べまくった。お腹が痛くなってもしあわせだった。
魔界の食材も、人界の食材とほとんど違いがない。魔界特有の動植物もあるので、当然魔界にしかない食材もあるが、ごく一部だ。いたるところでつながっているのだからそんなものか、とルミは無理やり納得したけれど、イチゴがあったことは至福としか言えない。
このお店には前にも来たことがあって、そのときからベリーのミニパフェは気になっていた。でも、お世話になっている身でデザートまで食べるというのはどうだろうと、遠慮していたのだ。
それでも未練があったのは隠しきれなかったらしく、こうして問い詰められているわけなのだけど。
さっさと言え、とばかりにアケヒは睨んでくる。
「……デザート、食べていい?」
ルミがひかえめにそう告げると、アケヒははぁとため息をついた。
「好きなもん頼めっていつも言ってるだろ。
変な遠慮すんな」
口は悪いけれど、アケヒは優しいのだろうと思う。
めんどくせぇとよく言いつつも、実は面倒見がよく気配り上手だったりする。
自分に余裕がなかったときは気づけなかったことだ。
「ありがと」
ルミは笑顔でお礼を口にする。
アケヒは黙って杯をかたむけるだけで、何も反応を返さない。
でも、なんとなくだけれど、照れているんじゃないかな、とルミは思った。
少しずつ、少しずつ、アケヒとの関係もうまく噛み合うようになってきた気がする。
デザートは頼んでから少しして、やってきた。
ミニだからそれほどボリュームはないものの、上に乗っているイチゴとラズベリーは瑞々しくておいしかった。
中に入っているイチゴのムースとホイップクリームの相性は最高で、いくらでも食べられそうだった。
酸味の強いベリーソースもいいアクセントになっている。
「アホ面」
しあわせいっぱいで食べていたルミに、水を差す言葉が投げかけられる。
むう、とルミはふくれて、ぷいと顔を背けた。
「別にいいでしょ。
おいしいものはおいしいって顔しながら食べなきゃ、作った人に悪いもの」
「ま、たしかにおいしいってのは伝わってくる顔だったな」
ククッとアケヒは楽しそうに笑う。
そんなに自分は変な顔をしていたんだろうか。
少し恥ずかしくなるけれど、でも、しょうがないじゃないか。本当においしかったんだから。
「アケヒだって自分の好きなものを食べたらそうなるよ」
敗色濃厚だけれど、ルミはそう言い返した。
どーだか、と言うアケヒはいまだに笑いを収められていない。
笑っているアケヒは普段以上に格好いいと思う。荒々しい印象がやわらいで、親しみやすく感じる。
とはいえ笑われているルミとしてはおもしろくないのは当然だ。
「お酒は? アケヒ、お酒は好きなんじゃないの?」
話を変えようと、ルミは問いかける。
アケヒは外に食べに来るといつもお酒を飲む。ルミは未成年だからと付き合わないが、毎回飲むということは好きだということなんじゃないだろうか。
「そりゃ、人並みにはな」
「でも、家では飲まないよね」
外ではよく飲むのに、家でお酒を飲んでいた記憶はない。
もしかして、家にはルミがいるからと遠慮しているんだろうか。そうだったら申し訳ない。
「酒ってのは外で飲むもんだ。
家で一人で飲んだって楽しくねぇだろ」
アケヒの答えに、ルミはなぜだか腹が立った。
「一人じゃないじゃない。
あたしがいるんだから」
気づいたら、ルミはそう口にしていた。
一人と言われては黙ってはいられなかった。
アケヒが問うような視線を向けてくる。
なんだか恥ずかしくなってきて、ルミはうつむきながらパフェを一口食べる。
甘くておいしいベリーのパフェなのに、さっきよりも味を感じなかった。
「あ、あたしはお酒飲まないから、そういう意味では一人だけど……。
お酌くらいはできるよ?」
言い訳するように、アケヒのほうは見ずに言葉を重ねた。
どうして自分はこんなに必死に家で飲むように勧めているんだろうか。
外に出る機会は、多いほうがいい。
アケヒが家で飲むようになったら、今まで以上に引きこもり生活になってしまうかもしれないのに。
でも、一人だなんてアケヒが言うから。
ルミはいてもいなくても同じ存在なのかと、悔しくなってしまって。
自分にも、アケヒにとって居心地のいい空間を作れるんだと、そう思いたくて。
それが、どういう感情から来ているのかは、わからなかったけれど。
「……あー、そっか、そうだよな」
言われて初めて気がついた、とばかりにアケヒは小さな声でつぶやきをこぼす。
ちらりと見てみると、アケヒはどこか決まり悪そうな顔をしていた。
「じゃあ、一本買って帰るか。
つまみも用意してくれるんだよな」
ボリボリ、と頭を掻きながら、アケヒは言った。
ルミに向けられた視線に、なぜか、心が浮き立った。
よくわからないけれど、自分が認められたような気がして、すごくうれしい。
「うん、がんばる」
腕によりをかけて作ろう。
アケヒのことだから、おいしいとは言ってくれないかもしれないけれど。
それでもきっと、いつもどおり残さず食べてくれるだろうから。
おつまみ用のレシピを探さないと、とルミはやる気を出した。