12.あなたのための

 だいたい週に一度のペースでハルウの城に行って、魔力の扱い方を習う。
 行きと帰りはもちろんアケヒと一緒。
 夜は、迎えに来たアケヒと二人、ハルウの家で夕食をごちそうになる。
 ルミの作る家庭料理とはレベルが違う料理に、ルミは密かに落ち込んでいた。

 ハルウの城で出される料理は、ハルウの親の代から仕えているという料理人が作っている。
 数年前からは、ミンメイというメイドも料理を手伝っているらしい。
 メイドのミンメイ。実は彼女は、人間だ。
 偶然魔界に落ちてきて、そこが運よくハルウの城の庭だったためハルウに保護され、以来メイドとして働いているのだとか。
 もっと驚くことに、ミンメイはハルウの伴侶でもある。
 小柄で笑顔のかわいらしいミンメイと、絶世の美貌のハルウは、ちぐはぐなようでいて隣にいるととても自然に見えた。
 うらやましい、という思いがルミの心のうちに生まれるくらいに。
 自分も、アケヒの隣に並ぶにふさわしい女性になりたかった。
 それはもちろん、料理という面も含めて。



「プロ相手に張り合うなんて、意味ないってわかってるけど、ショック」

 家に帰って一息ついてから、ルミはそうこぼした。
 ハルウの城の料理人は、百年以上の料理人としての経験があるらしい。
 それに敵うわけがないというのは、ルミだって理解している。
 けれど感情というものはそう簡単に納得してくれるものではなく。
 家庭料理の域を出ない自分の料理と、どうしても比べてしまう。
 好きな人の口に入るものだから、余計に気になるのだ。

「ま、たしかにダンナんとこの飯はうまいよな」

 なんてことないアケヒの同意の言葉に、ルミは盛大にショックを受けた。
 それこそ、ハルウの城の料理を食べたとき以上の。
 思わず、ぱかりと口を開いたまま固まってしまった。

「アケヒがうまいって言った……」
「は? そりゃ、うまいもんはうまいって言うだろ」

 何を言っているんだ、とばかりにアケヒは眉をひそめる。
 それなら、ルミの作ったご飯はおいしくはないということになってしまう。

「あたしのご飯は一度だっておいしいって言ってくれたことないのに」

 ルミは唇をとがらせる。
 たしかに料理人の作ったものと比べれば明らかに見劣りするし、絶賛するほどの味ではないことは自分でもわかっている。
 それでも、料理の本を見て研究したり、アケヒの好みをリサーチしたりと、工夫しているのに。
 少しくらいはむくわれてくれてもいいんじゃないだろうか。
 そう思ってしまう時点で、見返りを求めていることになってしまうのだけれど。
 それでもルミはおいしいと言ってほしかった。
 ルミ自身じゃなくていい。料理だけでいいから、アケヒに認めてほしかった。

「あー、別に、オマエの飯も……悪かねぇよ」

 あさっての方向を向きながら、アケヒは言葉をにごす。
 そんなにルミの料理は褒めづらいものなんだろうか。

「悪くないって、褒め言葉じゃない」

 出した声は刺々しいものになった。
 今、自分がどんな顔をしているのか、見たくない。
 きっと、すごく醜い顔をしている。
 むっつりと不機嫌そうな表情で、不満を口にするルミ。
 かわいくないな、と自分でも思う。
 けれど、どうにもできない。
 ルミはいつだってアケヒに認めてもらいたくて、アケヒに少しでも好きになってもらいたくて。
 心の中はそんなことばかりで、理性なんて利きはしない。

 アケヒはガシガシと頭を掻いた。
 困っているのか、面倒くさがっているのか。きっとそのどちらもだ。
 眉間のしわの深さに、ルミは怯みそうになる。
 嫌われてしまわないかと、不安になる。

「オマエの飯さ、少しずつ味つけ変わってきてるだろ。
 甘い味つけのものより、ちっと辛めのものが増えたりってふうに、オレ好みに」

 口を開いたアケヒは、唐突にルミの料理の味つけの話をしだした。
 アケヒがどんなものが好きでどんなものは微妙なのか、彼の食べっぷりを見ながらルミはいつも探っている。
 辛い味つけのものが増えたのは、その結果だった。
 たしかにアケヒの言うとおりだけれど、それがどうしたんだろうか。

「そういうの、オレのためだけに用意された飯って感じがして……悪くない」

 どこかためらいながらも告げられた言葉は、遠回しだけれどルミの料理を肯定するもの。
 複雑な色を宿したアイスブルーの瞳が、ルミを映す。
 わかってくれていた。
 ちゃんと、アケヒのための努力を、見ていてくれていた。
 じんわりと、あたたかなものが胸に広がっていく。

「また、悪くないって言うし……」

 本当はうれしかったけれど、素直になれないルミはそう文句をこぼす。
 ああ、本当に自分はかわいくない。

「これ以上何を言えばいいってんだよ」

 は〜、とアケヒはこれ見よがしにため息をつく。
 あまり面倒だとは思われたくないけれど、もう少し、欲張ってもいいだろうか。

「あたしのご飯、おいしい?」

 思いきってルミは尋ねてみた。
 はっきりとした言葉が欲しかった。
 たった一言でいいから、言ってもらいたかった。
 それだけでルミはしあわせいっぱいになれるだろうから。

「……ったく、うまいよ。
 正直、好みで言うならオマエの飯のほうが好きだ」

 アケヒはあきらめたような苦笑を浮かべながら、そう言ってくれた。
 最高の褒め言葉だと思った。
 比べられて喜ぶというのは、性根が悪い気もするけれど。
 うれしいと思ってしまうのは仕方がないだろう。

「へへ、うれしい」

 へにゃり、と思わず笑み崩れる。
 好きな人に認めてもらうというのは、こんなにうれしいことなのか。
 こんなに、心が満たされるものなのか。
 今なら空も飛べてしまいそうだ。
 それくらい気持ちが晴れやかで、身体がふわふわと軽い。

「アケヒのためだよ。
 全部、アケヒのため」

 心のままに、ルミはそう言葉にした。
 あふれ出してしまいそうな想いは、まだ伝えることはできないけれど。
 気持ちの欠片くらいは、届けばいいと思った。

「……そーかよ」

 アケヒはそっぽを向いてしまった。
 照れたのだろうか。嫌がられていないならいい。

 好きと告げる代わりに、もっともっと、料理作りをがんばろう。
 ルミがアケヒのためにできることは、それくらいだから。
 うまいと、好きだと言ってくれた、その気持ちに応えられるように。
 精いっぱいの想いを、料理に込めて。
 それをおいしそうに食べてもらえれば、ルミはそれだけでしあわせだ。


 明日は何を作ろうか、と。
 浮き立つ心は、なかなか鎮まることがなかった。



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