秋も深まり、わたしは学校を卒業した。
収穫祭の前だからあわただしかったけど、式は滞りなくすんだ。
六年間通った学舎に別れを告げて、わたしはまた少し大人に近づいた。
収穫祭も終わって、平穏な日々。
わたしはアンに会いに街に来ていた。
会えないかなって、昨日アンに誘われたからだ。
二つ返事で約束をして、卒業式以来のアンと何を話そうかとうきうきしていた。
「こんにちは」
「エシィ! いらっしゃい!」
アンの家の定食屋に顔を出すと、配膳をしていたアンが笑顔を見せる。
くるくると動きまわるアンは慣れたもので、次々とお客さんをさばいていく。
わたしもそのままそこで昼食を食べる。今日は午前中だけでお手伝いは終わりだというアンと一緒に。
働くアンを見るのは初めてじゃないけど、やっぱり格好いいなと思う。
アンには兄と弟がいて、店は兄が継ぐことになっているらしい。
それでも自分も店を支えたい、とアンは言っていた。
その言葉どおり、アンは学校を卒業してから本格的に親に料理を習うことにしたらしい。
アンがこの定食屋の看板娘になる日も遠くはないのかもしれない。
今でも充分そんな感じだけどね。
お昼ご飯を食べて、これからどうしようか、となったとき。
「会ってほしい人がいるの」
アンは少し頬を染めつつそう言った。
わたしはそれだけで、何があったのか、誰に会ってほしいのかピンと来た。
指摘はせずに、わかった、と快諾してアンについていく。
ほど近いところにある、ほとんど林のような公園。
そこで先に待っていたのは、思っていたとおりの人物。
「イヴァン!」
アンが彼の名前を呼ぶと、その人はこちらに駆けてくる。
「や、エシィ」
「こんにちは、イヴァンくん」
春に学校でアンを追いかけていた男子。
あれから一ヶ月もすると少し落ち着いたものの、イヴァンくんは相変わらずアンにアタックし続けていた。
卒業式の終わったあとにも、久々に追いかけっこをしていたっけ。
たしか収穫祭を一緒に回ろうとか回らないだとかで。
「付き合うことになったの」
簡潔なアンの言葉に、やっぱり、とわたしは笑みを深くする。
ここにイヴァンくんがいることも、アンがイヴァンくんを呼び捨てにしていることも、そうじゃないと説明がつかない。
収穫祭を一緒に見て回ったんだろうか。それで仲が深まったんだろうか。
色々と聞きたいことはありつつ、とりあえずは。
「おめでとう! アンもやっと素直になったのね。イヴァンくん、アンのことをよろしくね」
「もちろん」
二人を祝福してから、アンとイヴァンくんにそれぞれ話しかける。
アンはほっとしたような顔をしていて、イヴァンくんはわたしの言葉に即座にうなずいた。
「アン、かわいいでしょ?」
「そりゃもう、めちゃくちゃかわいい」
こそこそ話をするように小声で、でもアンには聞こえる声で聞くと、イヴァンくんも乗ってくれた。
ただの冗談なんかじゃなく、心からそう思っているような、ゆるゆるの表情で。
わかってはいたけれど、イヴァンくんはアンにベタ惚れらしい。
半年も片思いしていた相手がやっと応えてくれたんだから、うれしくないはずもないか。
「なんなのあんたたち、なんで意気投合してるのさ!」
いきなり目の前で褒めちぎられたアンは、顔を真っ赤にして怒鳴る。
アン経由で知り合いだったし、同じクラスだったこともあって、話さない仲ではなかったけどそれだけ。
仲がいいという程ではなかったんだから、アンが納得できないのも当然だろう。
「だって、アンのことが好きな同志だもの」
「考えてみりゃそうだな」
わたしの言葉に、イヴァンくんも同意する。
どちらかというと社交的なわたしと、初対面の相手だろうと物怖じしないイヴァンくんの組み合わせで、ぎくしゃくするはずもない。
そこにアンという共通項まであれば、話題がないということもないし。
ちょっと思うことがあるとすれば、この三人だとわたしおじゃま虫じゃないかな、というくらいだ。
「あーもう、好きにして……」
アンはわたしたちの様子にぐったりと脱力した。
「ダメよアン。その台詞は危険。使うなら二人っきりのときにしないと」
「むしろ二人っきりのときに使うほうが危険だろ」
「アンが望んでるならいいんじゃないかな?」
「なんの話よ!」
茶化すわたしに、見当違いのツッコミを入れるイヴァンくん。
短気なアンは大声を上げるけど、そんなのに今さらビビったりはしない。
「アンとイヴァンくんは仲良しね、っていう話」
にっこり笑顔でわたしはそう告げた。
笑顔で煙に巻くのは得意だ。
「絶対違うでしょ」
「違うのか?」
「違わないから付き合うんじゃないの?」
「そ、それはそうだけど! もう! 話がころころ変わりすぎ!」
赤茶の髪をぐしゃっとして、アンはうなだれる。
付き合う、という単語に過剰に反応するアンは本当にかわいい。
イヴァンくんも同じようなことを思っているようで、頬がゆるんでいる。
好意を隠そうともしないイヴァンくんと、それにタジタジのアン。
主導権はほとんどイヴァンくんが握っているんだろうな。
「ふふ、からかってごめんなさい」
わたしは謝ってから、アンの肩を叩いて顔を上げさせる。
まだ赤みの残る顔のアンと、笑顔のイヴァンくんに向き直って、わたしは祝福の思いを込めた笑みを浮かべた。
「改めて、おめでとう。これからも大変なこともあるかもしれないけど、仲良くね?」
「う、うん」
「ああ」
恋人になるというのは、そこが終着点じゃない。
むしろそこから、始まるものだ。
ぶつかったり、離れたり。それでもお互いが好きなら、形を変えながらも一緒にいる道を選ぶ。
二人は、どうなるんだろうか。
いつか離れてしまうことがあるんだろうか。
それとも、何十年も先まで一緒に歩んでいくんだろうか。
まだ、成人もしていない子ども同士。
大人から見たらままごとのようなものなのかもしれない。
それでも、できることなら続いてほしいと。
ずっと未来まで二人がしあわせていてくれればと、わたしは願う。
「それと、言ってみたかった台詞があるのよね」
わたしはいたずらっ子のようにくすりと笑う。
なんだろう、と二人が身構える。
「イヴァンくん、アンを泣かせたら承知しないからね」
「……わかった」
真剣にうなずくイヴァンくんが、少し青ざめているように見えるのはきっと気のせいだ。
だって別に家の力を借りるつもりはないし。わたし個人にできることなんてたかが知れている。
でも、アンのことを傷つけたりしようものなら、本気で許さない。
わたしがいったい何をするのか、それはそのときになってみないとわからない。
だからそんな日が来なければいいな、と思うわけなんだけど。
たぶん、大丈夫だろうと、二人を見ていてわたしは思った。