幕切れ 最期に見えたのは

 時々、急に周囲の音が聞こえなくなることがあった。
 視界がかすれて、奇妙な浮遊感を覚えて。現実から隔離される。
 それはいつも数秒足らずのことで、他の人にはぼうっとしてるだけに見えるらしい。

 子どものころから続いていて、すでに慣れてしまってたから、特に気にしたことはなかった。
 疲れているのかなぁ。その程度ですましてた。



 わたしは、たしかに不用心だったかもしれません。

 だからってこれはないと思うのです、いらっしゃるかわからない神さま仏さま。



「――光里ひかりっ!!」

 遠くで友だちの叫び声がする。

 テスト前で憂鬱。駅前に新しくできたカフェに行ってみよう。数分前にはそんな普通の会話をしてた。
 交差点で信号待ちをしてるとき、急に話し声が聞こえなくなって。
 ああ、またか。って、わたしは落ち着いていて。

 気づいたときには、横断歩道のど真ん中。
 友だちの声に振り返ろうとしたわたしが見たのは、こっちに猛スピードで走ってくるシルバーの車。

 ……絶体絶命?

 感覚が完全に戻ってなかった身体は、言うことをきかない。
 これは無理だなぁ。わたしはぼんやりそう思った。



 最期に見えたのは、青信号。

 よかった、信号無視はしてなかったらしい。
 運転手側の過失だから、ちゃんと慰謝料ぶんどれるね。なんて、こんなときに何考えてるんだか。
 走馬灯のように過去の映像が駆けめぐる、とかいうこともなかった。

 すぐ近くで風を切る音。人の悲鳴。
 衝撃は、一瞬。

 あとはもう、何も聞こえなくなった。




 あの、いつもの浮遊感を、いつもより強く感じた。



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