年の差のことが頭をよぎったのは、最初だけだった。
別に、もう高校生なんだからいいじゃないか、という結論に至った。
そういったことに厳しい、教職だとか警察官だとかになるつもりもない。
むしろ、いずれ結婚したり子どもを作ったりすることを考えたら、男性側が年上のほうが何かと有利なはずだ。
そんなことまで考えて、自分の本気さ具合に呆れたりもした。
今まで付き合ってきた女性とは、結婚なんて想像もしたこともなかったのに。
つくづく、宮は特別らしいと思い知った。
宮は俺のことが好き。俺も宮のことが好き。
一見、何も問題はないように思える。
さっさと俺から告白でもすれば、宮は絶対に断らないとわかっていた。
けれど、俺の中で待ったをかける声がした。
宮は高校生で、しかも若干、箱入り娘。恋に恋するお年ごろだ。
そもそも俺への恋愛感情だって、最初のほうは刷り込みに近かったような気がする。
それが悪いとは言わない。嘘だってつき続ければ本当になるんだから、宮の気持ちを疑っているわけじゃない。
だったらなんなのか、というと。
このまま付き合ったとして、別れてしまう可能性はいかほどか、と考えたわけだ。
今の宮は、ちゃんと俺のことが好きだ。
それは、他でもない俺が一番感じている。
けれど、一年後は? その後は?
ずっと俺のことを好きでい続けてくれる確証は?
どれだけ考えても、そんなものはどこにもなかった。
子どもの憧れというものは、時に残酷だ。
ある日突然、夢から覚めたように、熱に浮かされていた心が冷める。
冷えきったココアには、なってほしくなかった。
だから俺は、どうしたら宮とずっと一緒にいられるのかを考えた。
そして、結論が出た。
宮のほうから告白してもらおう、と。
彼女から俺を求めた、という事実が欲しかった。
たとえば、宮が俺との関係を続けるか悩むことになった場合。
真面目な宮のことだから、自分から告白したという事実は抑止力になってくれるはずだ。
自分が好きになった人なんだから、とまた俺を見つめ直してくれるだろう。
俺は自分から告白するという選択肢を捨てた。
大丈夫、宮は俺のことが好きだ。
はっきりと言葉にしなくても、いくらでも気持ちを伝える手段はあるんだし。
俺に脈があるとわかれば、きっと宮のほうから告白してくれるはず。
そんなふうに、そのときは簡単に考えていた。
それが生殺しの日々の始まりとも知らずに。
就活には、これまで以上に力を入れた。
いずれ宮をもらうつもりなのに、就職浪人するわけにはいかない。
これから先ずっと、隣にいてもらうとしたら、宮以外には考えられなかった。
忙しくても宮の家に遊びに行くのはやめない。メールは前よりも頻繁にやりとりするようになった。俺からメールをする機会が増えたからだ。
メールだけじゃなく電話もして、時間を作ってたまにデートにも誘った。宮はきっと、単に遊びに連れて行ってもらっているだけだと思っているだろうけど。
そんなわかりやすい行動に出るようになったのにも、ちゃんと理由がある。
どうすれば宮のほうから告白してくれるか、俺なりに考えたわけだ。
宮が小学五年生のときからの付き合い。なのに一度も告白されたことはない。
たぶん、彼女なりに年齢のことを気にしているんだろう。自分はきっと対象外だ、と思っているんだろう。
なら、脈ありだと気づいてもらえるように行動すればいい。
こまめな連絡と、たまのデート。好意を示す言葉は隠さずわかりやすく。
それを続けていれば、宮もきっと勘づくはずだ。俺の想いに。
そして、脈ありだとわかれば、迷うことなく告白してくれるだろう。
俺はそう、疑っていなかった。
けど、俺が社会人となって、宮が受験勉強に負われるようになってからも、俺たちの関係は変わらなかった。
むしろ、さすがの俺もなれない新生活に忙しすぎて、宮の家に遊びに行く機会が減っていた。
宮も気を使っているのか、メールを送ってくる頻度が少なくなってきている気がする。
宮が俺のことを好きじゃなくなったわけじゃないのは、見ていればわかる。
たまに家を訪ねれば、キラキラと恋する女の子の顔で俺を見てくる。メールの文面からも、電話口の声からも気持ちは伝わってくる。
でも、それだけ。いまだに決定打はない。
ちなみに、隆弘には早々にバレた。
あれは宮への想いを自覚して、行動に移すようになって一ヶ月くらいしか経っていないときだった。
メールや電話はしているけれど、まだデートには誘っていない。
だというのに隆弘は、わざわざ一人暮らしの俺の家まで突撃してきた。
「おいこら弘樹。何うちの妹に色目使ってんだよ」
「え〜、色目なんて使ってるかな?」
「使ってる、バレバレだ。おとなしく白状しろ」
隆弘は、持ってきていた俺の好きな日本酒の瓶を、ドンと音を立てて床に置いた。冷たい顔立ちだから、迫力がある。
シスコンを敵に回すのは厄介だから、できることなら秘密にしておきたかったんだけれど。
シスコンだからこそ、無理な話だったか。
「しょうがないなぁ。本気だから許してよ」
「お前の本気ってどんなもんだよ。信用できねぇ」
ひどい言われようだ。
別に俺が女性に対してつらく当たったことなんてなかっただろうに。
それほど真剣には見えなかったということなんだろうか。
宮への想いと比べてしまえば、たしかに見劣りしてしまうのは否定できない。
「隆弘に邪魔されようと口説くけどね。できれば身内は味方につけておきたいなぁ」
そのほうが色々と助かるのはわかりきっている。
家に遊びに行く都合上、隆弘が協力してくれれば自由が利く。
たとえば、遊びに行く日に出かけておいてもらって、宮と二人きりにしてもらったりとか。
シスコンの隆弘に望むことではないかもしれない、とも思うものの。
「宮乃はやらん」
「父親かよ」
俺は思わずツッコミを入れてしまった。
「うるさい! 宮乃が女ったらしのお前の毒牙にかかるとか、許せるか!」
「たらした記憶はないんだけど」
「そうだな、勝手に寄ってきてたな」
「二股かけたことも、浮気したことないし。けっこう善良じゃない、俺?」
「付き合ったり別れたりのスパンは短かったし、手を出すのも早かったけどな」
よく知っているじゃないか、我が友よ。
こういうときばかりは、友人という関係がマイナスに働いた。
隆弘は俺の所業を事細かく聞き知っているのだ。
どうしたもんだか、と少し悩んで、結局素直に伝えることにした。
「宮ちゃんにはそんなことしないよ」
「どーだか」
隆弘は胡乱な目で俺を見てくる。
この野郎、頭っから信じてないな?
もしくは、シスコンだからこそ信じたくないのか。
そんな事情、俺が知ったことじゃない。
「隆弘、俺、本当に本気だからね」
眼鏡の奥の瞳を覗き込む。
宮と同じ、日本人らしい真っ黒の瞳。
髪質とか、口元とか。宮と似ている隆弘を見ていると、つながりを持っていることが羨ましく思えた。
もちろん兄妹になんかなりたくはないけれど。禁断の関係というものに惹かれたりはしない。
つまりはそんなものにすら羨望を感じるほどに、俺は宮のことが好きだということ。
隆弘はあからさまに眉をひそめて、それからはぁ〜と大きなため息をついた。
「……こんなんに目をつけられて、宮乃が哀れだ」
「そう? うれしいんじゃないかな、宮ちゃんは」
何しろ、俺のことが好きなんだから。
そう自信満々の表情で言えば、隆弘は頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。
「だから複雑なんだろー、ちくしょう」
気持ちはわからなくもない。
あんなにかわいい妹がいたなら、俺だってシスコンになる。
隆弘の愛はいまいち伝わっていないというか、本人が巧妙に隠しているけれど。
「宮乃を不幸にしたら許さねぇからな」
「もちろん」
それは隆弘なりの許しの言葉なんだろう。
俺は力強くうなずいて見せた。
隆弘はまだおもしろくなさそうな顔をしていたけれど、そんなところも彼らしい。
そのあと二人で飲み交わすことになり、俺は隆弘の愚痴なのか宮への愛の言葉なのか悩むような話をたくさん聞かされた。
隆弘の絡み酒はたまにうざったい。
でも、今回ばかりは致し方ないと思うことにした。
宮への想いを許容してもらったのだから、これくらいは甘んじて受けるべきなんだろう、と。