これを運命と呼べるなら

 小学生のとき、いつも楽しそうに笑っていたあなたに、どんなことにも全力で取り組むあなたに、密かにあこがれていました。
 なんて言ったら、境くんはどう思うんだろう。
 冗談なんじゃって疑うかな。何言ってるのって笑うかな。ううん、境くんはそういう人じゃない。
 少しくらいは、喜んでくれたらいいな。
 でも、そんなこと、内弁慶な私には言えるわけないんだけど。


「二人は、境くんとずっと同じ学校だったのよね」

 お昼休み、友だちとお弁当を食べながら、私はなんの気なしに話を振った。境くんが購買にパンを買いに行っているから話せる内容だった。
 私の小学生のときからのお友だち、夕花ちゃんとかすみちゃん。
 二人とも、私が父親の仕事の都合で引っ越してからも、電話をくれたり手紙をくれたりした、大切な友だち。
 今回、私が帰ってくることを、誰よりも喜んでくれた二人でもある。
 高校をこの学校に決めたのは、実のところ二人がここを受験するから、というのが一番の理由だった。
 その二人は、中学校は境くんと同じ地元の中学校に行ったはずだ。

「なんでそんな境くんのことを気にしてるの?」
「……恋、とか?」
「そ、そんなんじゃなくって……からかわないでよ」

 二人に……というより正確にはかすみちゃんにからかわれて、顔が熱くなってくる。
 本当に、そんなんじゃないのに。
 小学校の卒業式のときに、元気で、って言ってくれて。
 高校の入学式で、誰よりも最初に私のことを見つけてくれたから。
 ちょっと、気になるだけ。それだけだ。

「境くん、ねぇ。私、ちょうど中三のときに同じクラスだったんだけどね。境くんは、この学校に受かったことが奇跡だって、みんなに言われてたよ」
「やっぱり、勉強は今もあんまり好きじゃないんだ」
「そうみたい。部活バカだよ」
「そうなんだ……」

 夕花ちゃんの話を聞いて、うらやましくなった。
 あこがれの境くんと、ずっと一緒にいたんだなと思ったら、ちょっとだけ。
 境くんが勉強が好きじゃないのは知っていた。小学生のときからそうだったから。
 でも、部活は違う。
 六年生のときは同じ料理クラブだった。休み時間はいつも外で遊んでいたけど、別にバスケがすごい好きっていうわけじゃなかった。
 境くんがバスケにハマったのは、中学生になってから。
 その、私の知らない境くんを知っている二人が、うらやましい。

「一気に背が伸びたくらいから、急に女子にキャーキャー言われるようになったけど。中身は小学のときから変わってないね」
「そ、そう、なんだ……」

 それは、喜んでいいのか、心配したほうがいいのか。
 境くんが、あのころと変わらずクラスのムードメーカー的存在なのは、見ていればわかる。
 あのころと変わらずなんにでも一生懸命で、あのころと変わらず優しいことも。
 でも、たしかに、背が伸びてすごく格好良くなったなぁ、と見ていると思う。別人みたいになってしまった。
 それだけ、時間が流れている、ということだ。

「リンゴちゃん、大丈夫?」

 かすみちゃんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
 ちなみにリンゴというのは私のあだ名。名前がりんこだから、リンゴ。そのまんま。

「あ、本当に、恋とかそういうんじゃないんだよ?」

 だいじょうぶ、と言うように私は笑って手を振った。
 ちゃんと笑えているかは、正直、あんまり自信がなかった。

「そう、なの? でも、むしろ逆なんじゃないかなって、わたしは思うんだけども」
「逆……?」
「どういうこと?」

 かすみちゃんの言葉に、私と夕花ちゃんは首をかしげる。

「これは、わたしから言っちゃいけないだろうから。今は、内緒ね」

 ふふ、と笑いながら、かすみちゃんは人差し指を立てた。
 内緒……かぁ。なんなんだろう。
 境くんのことなら、なんでも知りたい、とか。そんなふうに思っちゃう自分がいたりするんだけれども。
 それがどうしてなのかは、今はまだ、気づかないふり。
 三年ぶりの再会を、運命かも、なんて。
 そう浮き足立つ心からも、目をそらした。



「なあ、志月。今日の放課後、バスケ部の練習見に来ないか!」

 そんなことを言われたのは、梅雨入りしてすぐのこと。
 いつも以上に明るい表情で、いつも以上に元気のいい声で、境くんは私にそんな提案をした。

「え、なんで?」
「志月に応援してもらいたいから!」

 にっこにっこ。見ているこっちまで笑いたくなってくるような、満面の笑顔。
 そんな顔で言われたら、断りづらいじゃないか。
 説明不足だ、ということに遅まきながら気づいたらしく、境くんは説明を再開した。

「一年生はまだ、ほとんど基礎連しかしないんだけどさ。それだけじゃつまんないだろって、部長が部員をいくつかのチームに分けて、練習試合させてくれることになってさ! もしかしたらそれで監督の目に留まることもあるかもしれないし、俺、めっちゃやる気満々なんだ!」

 うん、それは見ればわかります。
 境くんは、基本的にいつもやる気に満ちあふれている。勉強はあんまり好きじゃないけど、それ以外では。
 そんな境くんに、私は小学生の時、密かにパワーをもらっていたりして。
 だから、誘われて嫌な感じはしなかった。

「志月が応援してくれるなら、俺、もっともっと、めちゃくちゃがんばれるよ! だから、このとーり!」
「そ、そんなに言うなら……」

 私が見ていることで、境くんが実力を発揮できるって言うなら、まあ、いいかなって。
 勢いに押されてうなずいちゃったんだけれども。
 放課後になってすぐに体育館に行って、境くんがそこから見ていてと言った二階に上って。
 しばらく待っているうちに増える観客に、私は後悔した。

 多い、多いよ。観客がすごく多いよ。
 考えてみれば当然のことだ。この高校はバスケの強豪校。バスケ部の練習試合なんて、観客であふれ返るのは自明の理じゃないか。
 なんでそこまで考えが至らなかったんだろう、私。
 多すぎる観客と、観客が発する熱気に、私は足がすくんだ。
 早くから待っていたから、なんとか最前列から見ることはできているけれど。
 周りのテンションについていけずに、ここに私がいていいんだろうか、という気になってくる。

 でも、境くんと約束したし。
 とりあえず少しだけでも見ていよう、と私はコートに注目する。
 バスケ部の人たちは一所に集まっていて、監督の話を聞いているみたいだった。
 背が高い境くんは目立つと思っていたけど、バスケ部の中だとそこまで飛び抜けて高いというほどでもなかった。
 それでも、私の目はしっかりと境くんを見つける。それがなんでなのかは、わからない。

 やがて練習試合が始まって、観客は一気に大盛り上がり。
 私は後ろから押されつつも、なんとか境くんを目で追った。
 境くんは、ちょうどいい具合に、私の目の前のコートで試合をするみたいだった。
 ホイッスルが鳴って、境くんはすぐにボールを追いかける。
 バスケに詳しくない私でも、みんなが強いことはよくわかった。動きに無駄がなかった。

 境くんは二年生のチームと戦っているようで、すぐにポイント差が開いていく。
 それでもあきらめることなく、境くんはボールを取りに行く。
 走っても走っても、ボールは取れない。逆に、先輩にボールを取られることもあった。
 汗だくになりながらも、境くんは立ち止まらない。
 小学生のころや、最近よく見ていた笑顔じゃなく、真剣な顔で、一心にボールを追いかける。
 もう、いいんじゃない? そこまでがんばらなくてもいいんじゃない?
 そんなふうに思ってしまうのは、私が運動音痴だからだろう。
 ダメ、なんだ。境くんは真剣勝負をしているんだから。
 立ち止まったら、そこですべて終わってしまうんだ。

「……! やった!」

 私は思わずガッツポーズをしていた。
 境くん側のチームが、先輩からボールを取った。
 境くんは相手のゴールの前まで走る。こっちにパスしろ、と必死に手をあげてアピールしている。
 ボールパス、成功。境くんがボールを取った!

「境くん、いっけー!」

 気づいたら、声を張り上げていた。
 私の声に押されるように、境くんはジャンプして、ボールカットしようとする手を避けながらシュートを決めた。

「ナイスシュート!」

 声がいくつもかぶった。観客はみんな境くんを見ていた。
 境くんが、こっちを向く。たぶん、その目は私を映している。
 彼の人差し指が、まっすぐ、私を指した。
 瞬間、心臓まで一突きにされたみたいに感じた。

「最後までそこから見ててよ!」

 真剣な表情。真剣な声。
 私に向けられた、真剣なまなざし。
 足が、メデューサに睨みつけられたみたいに、動かなくなった。
 境くんは、石化の魔法も使えたのか。
 試合に、境くんに釘づけになった私に、もうここから立ち去るという選択肢は残されていなかった。

 結局、試合は大差をつけて境くんのチームは負けてしまった。
 試合終了のホイッスルが鳴る瞬間まで、境くんはボールにかじりついていた。
 たとえ負けでも、すごく、ものすっごく格好良かった。

「境くん、お疲れさま!」

 私の声に、境くんはパッと振り返った。
 黄色い歓声が響いていて、私の大きくもない声なんてコートには届いていなさそうなのに。
 境くんは、簡単に私を見つけてしまう。
 私が、コート上を走り回る境くんを見失わなかったように。

 目が合った境くんは、ニカッと明るく、豪快に笑った。
「負けちゃった」、と。
「すげー悔しい!」、と。
「ちゃんと、最後まで見ていてくれてありがとう」、と。
 全部混じったような笑顔で。
 悔しそうなのに晴れやかな、境くんらしい、でも始めて見る気もする笑み。
 ズドン、とそれは胸に一直線に飛んできた。

 ああ、私、恋に落ちてしまった。
 ただのあこがれだって、ずっとそういうことにしておきたかったのに。
 もう、気づかないふりはできない。
 私、境くんが好きなんだ。

 もしかしたら、もっとずっと前から。
 小学生のころから、境くんのことが好きだったのかもしれない。
 卒業式のあの日、元気で、って言われて、よくある言葉なのにすごくうれしかったのは。
 好きな人からもらったものだから、だったのかもしれない。
 気づくのに、何年もかかってしまったけれど。



 これを運命だと呼べるなら。
 神さまお願いします。この恋を、叶えてください。



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