9.お日さまはあたたかくてやさしいものです

 現実逃避ついでに、自分の背格好を確認してみよう。

 上は、紺色の地に白と水色の小花柄の布を前で重ね合わせて、黄色い帯で締めてる。たっぷりと広がった袖口や襟元からレースが覗く。
 帯から下は薄手でさらさらとした軽い質感の布が膝までおおってる。今は膝裏を支えるエリオさんの腕でまとめられてるけど、布がかさばってる気がする。普通に歩いたらひらひらして邪魔そうだなぁ。
 後ろ髪を一房つまむ。黒髪ストレート。体勢のせいで正確にはわからないけど、長さはたぶん腰に届くくらい。

 体型は、太ってはない、と思いたい。現在進行形で運ばれてるのに重かったら嫌だ。
 胸は…………なくはない、よ!
 ちょっと服と帯でつぶされてるだけだよ!
 ……自己弁護って、ちゃんと言葉を選ばないと自爆するよね。
 むなしい気持ちをやりすごしてから、目を閉じて小さく息をつく。

 うん。これが、私。

 すごく、不思議な感じ。
 自分じゃないようで、やっぱり自分。
 似合ってる気がしない女の子らしい服装も。手入れが大変そうな長い髪も。つるぺ……ひかえめな肉づきも。
 ちゃんと、自分の姿だって、違和感なく認めてる。
 鏡はないから確認できないけど、きっと顔を見ても同じ気持ちになるんだろうって予感がした。



「見えてきた」

 エリオさんの声に顔を上げる。
 周りは木が少なくなってきてて、ちょっと先に草の生えてない道があった。
 その道を視線でたどると、茶色い落ち着いた外観の大きなお屋敷。
 ……タクサスさん、お金持ちなんですね!

 ふ、と変なものが視界をよぎる。

 あれ? お屋敷を変な膜がおおってる?
 しゃぼん玉みたいにいろんな色が混じったマーブル模様の光の膜。
 それはお屋敷を中心にして、半球状に広がってる。

 緊張するような、気持ち悪いような、心がささくれ立つような。
 とにかく、すごく嫌な感じがした。
 思わずエリオさんの襟巻きをぎゅっとにぎる。
 エリオさんはしゃぼん玉も、私の手も気にしてないようで、歩くスピードは変わらない。
 近づいてくほど、嫌な感じもどんどん強くなってくる。

 タクサスさんに会うために、このお屋敷に入らないといけない。
 わかってても、行きたくないってごねたくなる。
 あと、だいたい五メートル。三メートル。一……。

 膜にふれる瞬間、すがるような思いでエリオさんを見上げる。
 バチッとしっかり目があって、私は驚いた。


 エリオさんの瞳、きんいろ……?


 何度も見てたはずなのに、どんな色だか知らなかった。色を、認識できてなかった。
 こんなにきれいな色だったんだ。
 はちみつ。マーマレード。レモンジュレ。山吹色のお菓子。
 うーん、違うなぁ。


 あたたかくて、やさしい――お日さまの色。


 恐怖とか、嫌な気分とか。
 お日さまの光に照らされて、全部消えていく。
 とたんにおそってくる脱力感。
 体の緊張がほぐれたからか、一気に眠くなってきた。

 重いまぶたのせいで見えなくなっていく金色を残念に思いながら。
 ふわふわする意識の中で、私は心から納得していた。




 エリオさんの笑顔や声に安心できたのは、お日さまだったからなんだね。



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