24.異世界ってなんのことでしょうか

 話を聞き終わるころにはごはんは全部おなかの中で、食後にアイスティーなんてもらっちゃったりしていました。
 このアイスティーもエリオさんの魔法で目の前に出てきましたよ。やっぱり便利ですね。
 お砂糖は入っていなくて、冷えてはいるんだけど冷たすぎず、おなかに優しい温度。
 デザートみたいなフルーティーな香りに思わずほんわり気持ちが和みます。

「……あの、質問してもいいですか?」

 っとと、和んでる暇はなかったんですよ!
 今、エリオさんの話を聞いてて、すごく気になったことがあるんです。
 どうぞ、と笑顔で促すエリオさんに、遠慮なく質問しなくては。


「落ち人って誰のことですか? 異世界って?
 ……私は、ここの世界の人間じゃないんですか?」


 エリオさんの説明はこういうものでした。

 まず、私が森で聞いた話のおさらいと詳細。
 この森で見つかった、どこのものかわからない指輪と靴とぬいぐるみと小鳥。
 それはエリオさんいわく、異世界のもので間違いないらしく。
 同じように昨日落ちてきた私も、同じ異世界から来たんだろうと推測している。

 もうこの時点でツッコミ入れたくてしょうがなかったんです。
 でも、話をさえぎるのはよくないかなぁと、もしかしたらあとで説明してくれるかもしれないしと、もやもやしつつ続きを聞いていました。

 で、異世界からの来訪者を、落ち人と呼ぶのだとか。
 落ち人は珍しいけれど、歴史を紐解けばそれなりにいるから、異世界のことについてだいぶ資料が残っているそうで。
 私の身についている常識や生活習慣から、どの世界からの落ち人かが特定できる可能性がある。
 もし特定できれば万々歳。特定できなくても異世界の情報は無駄にはならない。
 そのため、私にタクサスさんの作った山のような質問に答えてほしい。

 ということだそうです。
 ……ええ、最後まで異世界やら落ち人やらに関する補足説明はありませんでしたよ。


 さて、どういうことか教えてくださいエリオさん。
 と意気込んで挙手して質問した私に、エリオさんはぽかーんとした顔をしてます。

「エリオさん?」
「……え?」

 ぽかーんとした顔のまま、エリオさんは間の抜けた声をもらす。
 え? って私のほうが言いたいんですがっ!
 エリオさんは頭の回転が速いと思ってたんですが、意外と不測の事態には弱いんでしょうか?
 うーん、そんな感じもしないから、単純に今は頭は動いてるけど身体がついていってないってことなのかな。

「ごめん。えっと、その、言ってなかったっけ?」

 すごく、いっぱいいっぱいな感ただようエリオさんに、私はうなずく。
 何を言ってなかったのかもわからないくらいには、言われてないと思います。
 いえ、もう今は一応はわかってますよ。この世界の人間じゃないってことですよね。
 全然、想像もしてなかったけど、異世界から落ちてきたってことですよね。
 まだエリオさんしか会ってないけど、ここに生きてる人たちと、違うってことなんですよね。

 異世界って言われても、ピンと来ない。
 それだけこの世界と似てるところってことなのかもしれないけど。

 なんとなくアンニュイな気分になって、手に持ってるカップの中身を眺める。
 クリームダウンしていない、透明できれいな紅茶色。
 陽の光の下では明るかったエリオさんの髪の色は、今はこの紅茶くらい落ち着いた色をしている。
 金魚みたいって、今思うと失礼だったかな。
 口に出してないからセーフということにしておこう。

「……その、ごめんね。
 オレの中で当たり前なことになっちゃってたから、うっかり説明し忘れてたみたいで……ごめん」

 ごめん、ってこれで三回です。
 ものすごく本気で謝っているのがわかって、逆にこっちが申し訳ない気分になる。
 しょんぼりしてる大型犬みたいでなんだかかわいいなぁ、と思っちゃったことは内緒だ。

 違う世界の人間かどうかなんて些細なことなのかもしれない。
 どっちにしろ記憶がないから、この世界の人間だったとしても頼れる人はわからないし、地理だってわからない。
 同じまっさら状態から始まるなら、異世界だとか落ち人だとか、関係ないんじゃないかな。
 ビクビクして先に進めないより、なんとかなるさってポジティブでいたほうが、ずっといい。

「大丈夫です、ちょっと驚いちゃっただけなので。
 他に話し忘れてることはありませんか?」

 顔を上げて、にっこり。
 何をするにも笑顔は基本ですよね。
 森でエリオさんの笑顔に安心できたことを思い出して、私もちょっとでもエリオさんにお返しです。

「ない、と思う。
 ……こんな大きなこと忘れてたオレが言っても、信用ないだろうけど」
「そんなことないです」

 苦笑するエリオさんは、本当に気にしているらしい。
 自分にとって当たり前なことを、他の人に言い忘れちゃうってことは、そんなに珍しくもないと思う。
 保護者とかって立場としては、まず最初に説明しないといけないことだったのかな。
 私が大丈夫って言っても、まだ謝り足りなさそうなエリオさんは、それだけ責任感が強いんだろう。

「タクサスさんの質問に、答えればいいんですよね」

 気にしないでっていうのが無理なら、少しでも気が紛れるように、話を進めちゃいましょう。
 ということで私から話を戻しました。

「あ、うん。いいかな?」
「もちろんです。むしろそれくらいでいいのかなって思っちゃうんですが」
「それくらい、じゃすまないよ。
 たぶんすごい数の質問に答えてもらうことになるから」
「……それは、楽しみなような怖いような」
「あはは、無理はさせないようちゃんと気をつけるよ」

 話が弾んでくると、だいぶエリオさんの表情も和らいできた。
 うん、やっぱりこのほうがいいな。
 お日さまの色の瞳もさっきよりきれいに輝いているように見える。

 ぽかぽかあたたかい日射しを投げかけてくる、春のお日さまみたいなエリオさんの瞳。
 エリオさんは全体的に容姿が整っているけれど、何よりその瞳の色がすごくきれい。
 明るい笑顔のときが一番、瞳の色もきらきらしている。
 一言で表すなら、笑顔が似合う、ってことだ。
 だから、どうせなら明るい表情を見ていたいと思うのです。




 太陽の光は命を育むものです。

 だから、こんなにほっとするんでしょうか?



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