「遠距離恋愛って難しいですよねぇ」
「そりゃあそうなんじゃない?」
私の独り言みたいなつぶやきに反応してくれたのは、この部屋の主の小隊長さん。
前は、二人きりになるのはよくない、とか言ってたくせに、今回は私が訪ねてきても何も言わない。
やっぱり前のは私をハメるための方便だったようです。くそう。
しかし話相手にはなってくれるみたいだから、意外と律儀というか、面倒見がいいというか。
別に聞き流してくれてもよかったんだけどね。
「しかも、この世界には携帯電話もパソコンもないし……」
「一応、連絡手段はあるけどね」
「それでも、毎日十通以上メールを送り合ったりとか、顔が見たいから写メ送ってーとか、できないわけなんですよ」
ぶっちゃけ私、恋人とそんなことしたことなかったけどね!
私の場合、過去のお付き合いは友だちの延長って感じのものが多かったんだよね。
だからあっさりさっぱりしていたというか。
……実のところ、毎日のように好きだって言うこと自体、初めてのことだったりする。
ところ変われば、じゃなくて相手が変われば、ってことなのかな。
隊長さん相手だと、言ってくれない分、私ががんばらなきゃ! って気になるから。
「よくわからないけど、君らしくなく弱気だね」
向かいに座っている小隊長さんが不思議そうな顔をして私を覗き込む。
おいおい小隊長さん、あなたは私をなんだと思ってるんですか。
そりゃあ私だって、弱気になるときくらいありますよ。
「だって、身体が離れちゃったら心も離れちゃうかもしれないじゃないですか。隊長さんは浮気をするような人じゃないけど、本気だったらありえるかも、みたいに思っちゃったりしちゃったり」
私に後見人がつくということと、いつかは都に行くということ。
後見人次第では、この砦で暮らせなくなる、ということ。
隊長さんから聞いた話は、理解できなかった難しいことを除くとこんな感じ。
もしこの砦にいられなくなったら、隊長さんと物理的に離れてしまう。
そうしたら、私には隊長さんが何をしているか、知るすべはなくなってしまうんだ。
私が見ていない間に隊長さんにどんな出会いがあるのか、考えたら不安にだってなるってもんです。
「隊長が飽きるよりは、君が愛想をつかすほうが可能性が高いかな」
小隊長さんの言葉に、私はむっとする。
私はそんなに簡単に心変わりするような人間に見えるのかな。……見えるのかもしれないけどさ。
「隊長さんはいい人ですよ」
めちゃくちゃ反論したかったけど、それくらいしか言うことができなかった。
でも、それだけで充分なような気もする。
隊長さんはいい人だ。
優しくて、生真面目で、誠実で、恥ずかしがり屋で。たまに暴走したりもするけど、そんなところもかわいい。
格好いいだけじゃなくてかわいさまで備えてるなんて、すごいよね! パーフェクトだよね!
「いい人ってのはいい恋人にはなりえないもんだよ。いい軍人は、さらにね」
「……何やら難しいことを言いますね」
そういうもんなんだろうか。私にはよくわからない。
いい軍人、かぁ。たしかに隊長さんはいい軍人なんだろう。
責任感があって、気迫があって。前に訓練してるところをちらっと見たけど、すごく強いみたいだし。
隊長として、申し分ない人なんだと思う。
ってことは、小隊長さんの言葉どおりなら隊長さんはいい恋人ではないってことになっちゃうけど。
いやいや、そんなことないよ。すごくいい恋人だよ。少なくとも私にとっては!
「君が不安に感じているのは、自分の気持ちに自信がないからなんじゃないかな。この先たとえば君が王都で暮らさなきゃならなくなったとして、距離に耐えられる? たぶん、隊長は仕事を放り出して君に会いに行ったりはしないよ」
「……もしもの話をしたって、しょうがないです」
ギクッとして、もごもごと小さな声で返しながらも私は視線をそらす。
そうだね、隊長さんは真面目だから、仕事はちゃんとこなす。決められてることを覆したりはしない。
この砦の人たちが住んでる場所に戻るのは、年に二回で、二回ともだいたい一ヶ月程度。
もし私が王都に住むことになったなら、隊長さんと会えるのは、その期間だけ。
……そんなんで、私は我慢できるんだろうか?
今と変わらない気持ちのままでいられるんだろうか?
そんな不安があることを、見事に言い当てられてしまった。
遠距離恋愛なんてしたことない。でも、遠距離を理由に破局したカップルは元いた世界で見たことがある。
「ありえる話をしてるんだけどな。君は精霊の客人なんだし」
「後見人なんていりません」
「それは無理だよ。絶対に」
小隊長さんははっきりとそう言いきった。
わかってる。隊長さんだってそう言っていた。いつかは都に行くことになるって。
都に行って、後見人をつけてもらう。
それは、もう決定事項なんだろう。
膝の上で両手を強く握り込む。
私には、この国の決まりに口を出す権利はない。
「隊長が後見人になれれば一番なんだけどね。そううまくいくかなぁ」
小隊長さんの思いもよらなかった言葉に、私は顔を上げる。
隊長さんが、後見人?
「……そっか。隊長さんが後見人とか、考えてもみませんでした」
「マジで? 隊長はそのつもりでいると思うよ」
小隊長さんはきょとんとした顔でそう言う。
そうなのかな? それならうれしいけど。
隊長さんが後見人になってくれたら、今までどおりここで暮らしていくことができるだろうし。
今だって隊長さんが保護者みたいなものなんだから、特に何が変わるってわけでもないし。
もしかして、それが一番の解決策なんじゃないかな。
「恋人が後見人とか、ありなんですか?」
「ぶっちゃけ、歴史的にわりとよくある。北の皇妃はたしか相手の母親だったけど。それも皇帝が頼んだって言うしねぇ」
「お約束すぎて興味津々なんですが、もっと詳しく」
「こらこら、今はその話じゃないでしょ。まあ北の皇妃はフィクション混じりでよければ小説になってるから、探してみれば」
ちぇ〜、ケチ。ちゃんと教えてくれたっていいじゃないか。
というかすごいな北の皇妃さま、半ノンフィクションの小説になるとか、波瀾万丈な人生歩んでますね!
私なんかよりもよっぽど王道な異世界トリップを経験したようです。
うらやましいとは思わないけどね。むしろ大変でしたねって肩をぽんぽんしたくなる。
よかった、私が飛んだ先が隊長さんの部屋で。
……や、あんまりよくはなかったのかもしれないけどね。特に隊長さん的には。
「オレも詳しくは知らないけどね。後見人ってのはちゃんと審査が必要なものなんだよ」
ふむ、考えてみれば当然のことかな。
後見人が必要な人を、適当な人に任せることなんてできないだろうし。特に精霊の客人っていうのは住んでた世界すら違うんだから。
王族だか議員さんだかは知らないけど、上のほうの人たちが候補を出して、そこから決めたりするんだろうな。
「審査基準は?」
「勝手な憶測にすぎないけど、階級とか、仕事とか、人となりとかかな」
まあ、そんなところだろうね。
憶測とはいえ、私にも納得のいく答えだった。
「隊長はいざってとき、職務を優先せざるをえない。だから後見人に相応しいかというと、微妙なところだよね」
何を考えているのか読めない笑顔で、小隊長さんはそう告げた。
あまり難しいことのわからない私にも、反論はできそうになかった。
そのとおりだって、思ってしまったから。
隊長さんが後見人になってくれたなら、すべて丸く収まるって思ったけど。
どうやら、そう簡単なことでもないようです。
「人となりは、問題ないですよね」
隊長さんの性格なら、一人の人間を任せても大丈夫だと判断されるだろう。
実際、この砦でなんの問題もなく暮らしていけているわけだし。
それはもちろんみなさんが受け入れてくれたからでもあるけど、一番は隊長さんのおかげだと思う。
最初の一週間とちょっとの間かくまってくれたり、私がここで働けるよう便宜を図ってくれたり、働き出してからも気を配ってもらった。
隊長さんなくして今の私はいないのですよ!
「たぶんね。階級にいたっては、むしろ都合がいいくらいなんだけど」
「貴族だから?」
「というか……って、ああ、知らないんだ」
小隊長さんは目をぱちぱちとさせて、それからニヤ〜っと意地悪そうな笑みを浮かべた。
なんですかその顔は! 嫌な予感がビシバシとします!
「知らないって、何をですか」
「内緒。いつか教えてもらえるんじゃない?」
聞いてみても適当にはぐらかされてしまった。
気になる、すごく気になる。
小隊長さんは何を言いかけたんだろう?
隊長さんのことで、まだ私が知らないことがあるってことなのかな。
そんなの、きっといくらでもある。
だって、私はまだこの世界に来て三ヶ月も経っていなくて。
まだまだ、この世界の住人としては駆け出しもいいところなんだから。
……色々と、悩みはつきそうにありません。