人肌寂しい夜は、隊長さんの部屋にお泊まりする。
男と女で、しかも恋人同士。
それで何も起こらないわけがない。
穏やかな夜もないとは言わないけど、激しい夜にしたくなる日だってある。
夏の夜は、あつい。
お互いの熱を感じながら、さらに高めあって。
違う色のガラスが溶けて混じり合うように、同じ物体になってしまえればいい、なんて。
そんなことを思うくらいに。
激しかった行為も終わって、呼吸も落ち着いてきて。
ゆっくりになってきた隊長さんの心音を聞いてまどろんでいたら、隊長さんが身体を起こした。
きっとシャワーを浴びに行くんだろう。
いつもなら、私も一緒に、ってなるんだけど。
今日はちょっと違う気分だ。
「もうしないんですか?」
私の言葉に、隊長さんは私を見下ろした。
薄暗い視界でもわかる、訝しげな顔をしている。
「誘っているのか?」
「誘ったら、乗ってくれますか?」
問いに、問いを重ねる。
ああ、隊長さんの眉間のしわが増えてしまった。
怒っているわけではないと思う。
困ってるのかな? それとも不思議がってる?
言葉が足りなかったかな。
「あのですね。もうちょっと、隊長さんを感じていたいなぁって、思って」
ピアスのついた左耳にそっと触れながら、視線には甘えを込めて、誘惑してみる。
ピクッとかすかに反応する隊長さんに私は笑みを深める。
隊長さんは、私のおねだりに弱い。
私の意志を尊重してくれているのか、基本的に私の欲求を通してくれる。
それはベッドの上でも同じこと。
一部、やらせてくれないこともあるけどね!
「……まったく」
隊長さんは言葉と共にため息を吐く。
呆れられちゃった、かな?
女のほうから誘って、はしたないと思われた?
でも、そんなの今さらだ。
私から誘うのなんてそんなにめずらしいことじゃないし。
それくらいで嫌になるくらいなら、最初から隊長さんは私と付き合ったりしなかった。
隊長さんの「まったく」は、まんざらでもない、って意味だ。
「ふ……っん……」
上から被さってきた隊長さんの口づけに応える。
ぬるりと入り込んできた舌を、上唇と下唇で挟みながら、吸う。
舌の裏を舐められて、思わず跳ねた肩を、隊長さんは大きな手でなでる。
それすらもゆるい快感として身体が受け取るのは、さっきまでの激しい交わりの残滓のせいだろう。
「……お前は、甘いな。どこもかしこも」
唇がわずかに離れ、吐息混じりのつぶやきが、産毛をなぞる。
ダークブルーの瞳には、荒々しい熱が再び灯っていた。
それがうれしくてにっこり笑うと、隊長さんはまた口づけをくれた。
夜はまだ明けない。
* * * *
「大丈夫か」
「だーいじょうぶです」
心配そうに尋ねる隊長さんに、私は夢見心地で返事をする。
意識は半分、夢の中。
何度も果てを見て、気持ちよすぎてつらいって思ったのは一度や二度じゃなくて。
どうやら私は隊長さんのタガを外させちゃったらしいと気づいたころには、もう遅くて。
終わったころにはへとへとで、隊長さんにお風呂までつれてってもらって、ふらふらな私の代わりに隊長さんがほとんど洗ってくれて。
換えられたシーツにくるまれ、今度こそはおやすみなさい、だ。
腕枕をしてくれながら、私の髪を梳く隊長さんの手が優しくて、今すぐにでも眠ってしまいそう。
でも、まだちょっと、眠るのがもったいないなっていう気もする。
熱の余韻を楽しんでいたいのかもしれない。
「うふふ、しあわせです〜」
「……そうか」
ぐりぐりと隊長さんの腕に頭を押しつけると、隊長さんはかすかな笑みをこぼした。
髪を梳く手は一定のリズムを刻んでいて、子守歌のよう。
まるで、寝ろ、と言っているみたいだ。
素直に寝かしつけられるのは、ちょっとばかし悔しい。
でも、その手から逃れようという気はまったくもってない。
「たいちょーさん、だいすきです」
まどろむように瞳を閉じたまま、なんの気負いもなく、私は告げる。
もう、告白するのが挨拶みたいになってる。
言っても言っても、まだ言い足りない気がして。
全部の想いを伝えるには、あとどれだけ好きって言えばいいんだろう。
「ああ、俺もだ」
優しい声が、鼓膜を揺らす。
隊長さんのあの強面から出たとは思えない、あたたかくてやわらかい声音。
それだけで、隊長さんがどれだけ私のことを好きなのかってことが伝わってくる。
前にもらった愛の言葉と同じくらい。もしかしたら、それ以上に。
声は、態度は、雄弁で。
好きって、言ってもらわなくっても本当はわかってる。
ずっと、わかってた。
隊長さんはきっと、私が思っている以上に、私のことを想ってくれている。
私が百回好きって言うよりも、隊長さんの微笑み一つのほうが、ずっとずっと重い。
それは私の気持ちが軽いわけじゃなくて、言うなれば濃度の問題。
隊長さんは真面目で実直だから、決して嘘をつかない。
言葉も、態度でも。
「だいすきな人に好きって思ってもらえてるのって、とてもしあわせですね」
「そうだな」
「だいすきな人に求めてもらえると、それだけで、ここにいていいんだって思えます」
片思いは楽しいけど、楽しいだけだ。
両思いじゃないと味わえない気持ちがたくさんある。
同じだけの好きを返してもらえる幸福って、なんだか奇跡みたいで。
自分をその場に縫い止めてくれるような、強い引力がある。
「わたし、隊長さんに抱かれるの、すごーく好きです」
私の髪を梳いていた手が、少しの間止まった。
私は気にせずに言葉を続ける。
「大きな波におそわれて、なんにも考えられなくなって。頭の中、全部隊長さんでいっぱいになって。好きな人のことしか考えられなくなるのって、すごく、すごくしあわせです」
隊長さんでいっぱいになりたいとき、私は隊長さんが欲しくなる。
今もまだ、そのしあわせな余韻に浸っている。
隊長さん以外のことは全部どこかにいってしまっている。
これでいいのかなぁっていう少しの罪悪感と、これでいいんだっていう大きな安心感。
隊長さんが好き。好き。すごく好き。大好き。
そんな気持ちだけが、ふわりふわりと浮いては消えていく。
「何か、考えたくないことでもあるのか?」
「どうなんでしょう? 考えたくないことは、考えたくないからいつも考えません。だから、わかんない」
昔から、私の頭は難しいことを考えるのに向いてなかった。
あんまりマイナスな方面に頭を働かせるのが好きじゃなかったし。
たいていのことは、まあいっか、ですませちゃうし。
今もそう。
隊長さんでいっぱいになった頭と心。
他のもののことは? まあ、今はいいよ。
なんにも考えないで、心地よさに身を任せていよう。
「……もう寝ろ」
ぽんぽん、と隊長さんの手が私の後頭部を優しく叩く。
そうだね、もうそろそろ夜明け近いもんね。
隊長さんも私も仕事があるんだし、ちゃんと寝ないとね。
「ふぁい」
あくびなのか返事なのか、よくわからない声で私は答える。
さすがに……眠い。
寝るのがもったいない、とか言ってられないくらい眠い。
まぶたは重たくて、もう一ミリも持ち上がらない。
「おやすみ」
その声と一緒に、額にやわらかな感触。
たぶんキスしてくれたんだろうけど、もうそれを確認することすらできない。
いつもだったらキスし返すのに、そんな気力もないし。
おやすみ、って言うこともできずに、私は深い眠りに落ちていった。
だから、隊長さんが私のことをどんな目で見ていたのかなんて、私は全然気づかなかったんだ。