次の日の、お昼の休憩時間。
相談がある、と小隊長さんに言ったら、じゃあ外に出ようか、と誘われた。
いわく、もう隊長さんの恋人なんだから、他の男と部屋で二人きりになっちゃダメでしょ、とのこと。
それもそうか、と私は納得して、小隊長さんについていった。
小隊長さんが足を向けた先は、中央棟の目の前にある中庭。
なるほど、ここなら廊下を通る人から見えるから、何かあってもすぐにわかる。
もちろん小隊長さんが何かするとは全然思っていないけどね。
ハニーナちゃんのこともあるし、小隊長さんって私のこと、珍獣程度にしか見ていないもんね。
「隊長さんが好きって言ってくれません」
さっそく、私は相談内容を口にした。
好きって言ってほしいと詰め寄ったのは、昨日のこと。
どうしてだかはわからないけど、隊長さんは好きとも愛してるとも言ってくれなかった。
そりゃあ、隊長さんがそういうのが苦手だっていうのは重々承知しているけども。
恋人からの愛の言葉が欲しいっていう乙女心は理解してもらいたい。
「だからさ、どうして君はオレんとこに愚痴りに来るのかな」
そう言って、小隊長さんはわざとらしくため息をつく。
愚痴じゃないもん、相談だもん。
そう思いつつも、誰かに聞いてほしいだけだったっていうのもたしかだったりする。
「だって、他に話せる人いないんですもん」
「同性のお友だちを作りましょうね」
「しっつれーな! ちゃんといますよお友だち!」
エルミアさんとか、ハニーナちゃんとか!
厨房の人たちともけっこう仲良しだし!
そんな寂しい子みたいな言い方しないでください!
「じゃあどうしてそっちに話さないのさ」
「だって隊長さんのことですよ? 使用人さんたちに話したらイメージ崩しちゃうじゃないですか」
使用人さんや厨房の人たちは、そんなに隊長さんと接する機会はないだろうからね。
その点小隊長さんだったら、むしろ私よりも隊長さんのことをよく知っているだろうし。
今さら何を聞かされたって幻滅したりはしないと思ったわけです。
これでもちゃんと相談相手は考えて選んでるんですよ。
「今さらだと思うけどねぇ。君のことはほとんど愛人ってことで通ってるし」
「そこらへん、ちゃんと訂正したいんですけどね。愛人じゃなくて恋人だって」
なんでなのか、今もまだ私は隊長さんの愛人ということになっているらしい。
仲のいい使用人の人たちや厨房の人たちは、私からちゃんと話したから本当のところを知っているけど。
小隊長さんが言うように、他の人は誤解したままみたいだ。
一人一人に言って回ることもできないし、どうやったら訂正できるのか、今のところこれといった解決策は思いつかない。
「好きって言ってもらえないのに?」
その的確な指摘に、う、と私は声を詰まらせた。
小隊長さん、なかなか痛いとこ突きますね。
「……隊長さんは恥ずかしがり屋なんです」
「うわぁ、似合わない」
まあ似合わないと私も思うけど! でも本当なんだから!
いまだに私が好きって言うたびにちょっと照れるし。キスしたりすると逆襲されるけど。
照れてる隊長さんはすごくかわいいんだからね。似合わないけど、似合ってないんだけど、かわいいんだよ!
「信じてませんね! 隊長さんは言ってくれないだけで、私のこと好きだって思ってますよ」
隊長さんの想いは、態度や言葉の端々から感じる。
私は間違いなく隊長さんに愛されている。
それはちゃんとわかっているつもりだ。
どうして好きって言ってくれないんだろう、っていうのは不思議で、不安というか不満だったりするけど。
「自信満々だね。何か根拠でもあるの?」
根拠と来ましたか。
態度とかは実際に見てみなきゃわからないだろうし、説明のしようがない。
ああ、だったらあれはどうかな。
「好きじゃなきゃ、その場のノリだったとしても『嫁に来るか』なんて言いませんよ」
想いが通じ合った次の日の朝。
隊長さんが冗談混じりにこぼした言葉を、私はちゃんと覚えているのです。
冗談でもうれしかったしね。
隊長さんらしくなくて、そのときはすごく動揺しちゃったけど。
あとで何度も何度も思い返して、うへへって思い出し笑いをしちゃったりして。
……エルミアさんに頭は大丈夫か心配されたりしたっけ。
「へ〜、そんなこと言ったんだ隊長」
小隊長さんは感心したような声をもらす。
ふふふ、やっと信じてもらえましたか?
「それに、すっごく優しいです! あ、優しいのはいつもですけど、私には特に優しいんです。あとは目ですよね。私を見る目が、なんかこう、好き好きオーラが出てるんですよ!」
「いまいち想像つかないね。隊長って基本仏頂面じゃん? だからわかりにくいんだよねー」
たしかに、隊長さんって仏頂面なことが多いよね。
でも、表情がやわらかくなったりだとか、笑顔を見せてくれることもそれなりにある。
「えーと、たしかにあんまり表情は変わんないですけど。けっこう素直というか、なんとなくわかるような気がしません?」
言葉が足りない代わりに、表情が雄弁というか。
本当にかすかな変化だったりするから、見逃さないようにするのは大変なんだけどね。
「へ〜、愛人ちゃんにはそう見えてるんだ。それとも愛人ちゃんの前だとやっぱり違うのかな」
「どうなんでしょう? 私にもよくわかりません」
私の見ている隊長さんと、小隊長さんの見ている隊長さんとが違うのかどうかは、私は小隊長さんじゃないからわからない。
私の前での隊長さんも、基本は仏頂面だし、感情表現は苦手だ。
でも、この世界に来てからずいぶんとお世話になったわけで、ちゃんと見ていればわかることというのも増えてきた。
最近では仏頂面の種類なんてものも判別可能になってきているしね。
小隊長さんだって、私よりも付き合いが長いんだから、隊長さんの表情を読むくらいできそうなものなのにな。
「オレたちの大切な隊長だからね。本気なのかどうかはちゃんと見定めたいんだ。じゃなきゃ愛人ちゃんへの接し方にも困るでしょ」
その言葉の意味は半分も理解できなかった。
本気かどうかがわからないと、どうして接し方に困るんだろう?
何やら難しいこと考えてるんですね、小隊長さん。
「本気ですよ、めちゃめちゃ本気です! 愛し合っちゃってますから!」
ぎゅっと握りこぶしを作って、私は力説した。
そもそも隊長さんが生半可な気持ちでお付き合いしたりするわけがない。
私が好きだって言っても、なかなか信じてくれなかった人だよ?
身体だけじゃ嫌だって、ずっと私のことを拒んでいた人だよ?
あの真面目で誠実で堅物な隊長さんが、私を恋人にしたっていうこと自体が、隊長さんの本気具合を示していると思う。
「あはは、答えてくれてありがと。でもあいにくと、自己申告じゃあ信憑性は薄いんだよね〜」
「じゃあどうすればいいんですか!」
本気かどうかなんて、自己申告以外にどうしろっていうんだか。
統計でも取ればいいの? 何を? どうやって?
別に小隊長さんに信じてもらわなくても困らないけどさ。
どうせならわかってもらいたかったりする。隊長さんと私のラブラブっぷりを!
「だから、協力してもらおうと思って」
「協力?」
訳がわからなくて、私は首をかしげる。
小隊長さんはニコニコと一見無害そうな笑みを浮かべている。
「ナイスタイミング」
ふと、私から視線を外してあさっての方向を見て、小隊長さんはそう小さくつぶやいた。
ナイスタイミングって、何が?
不思議に思って、小隊長さんが見ていた方向に目をやろうとして。
小隊長さんから視線をそらした、その隙をつかれて。
ぐい、と後頭部を引き寄せられたかと思うと、小隊長さんに、唇のすぐ横の頬にキスされた。
「な……な……」
何するんですか! と怒鳴りつけてやろうと思った。
でも、怒鳴りつけようと思った相手は、気づいたらすっ飛んでっていた。
いや、比喩とかじゃなくてですね。
なんかいきなり、本当にメートル単位ですっ飛びましてね。
というか、隊長さんに殴られて、すっ飛ばされた、と言うのが正しいですね。
いたんですね、隊長さん。
でもって、このタイミングってことは、当然、見てましたよね。
「た、隊長さん……」
声をかけると、隊長さんがゆっくりと振り向いた。
怖い、怖すぎる。目がギラギラしてる。
いつもの仏頂面がかわいく見えちゃいそうなくらいに、怒りと憤りと不機嫌さと、他にもなんか色々足したような表情。
この怒り顔には、般若も仁王像もなまはげも敵わなそうだ。
隊長さんは何も言わずに、私に手を伸ばしてきた。
条件反射的に逃げ腰になっちゃったけど、当然怒り心頭の隊長さんから逃げられるはずもなく。
ひょい、と軽く持ち上げられてしまった。
って、荷物担ぎですか!
「隊長さん、これ体勢きついです!」
隊長さんの背中を叩いて抗議しても、下ろしてくれることはなく。
私が走るのと同じくらいの速度で、ずんずんと隊長さんは移動する。
小隊長さん、放置でいいのかな。あれは絶対に怪我したと思うんだけど。
そんなことを考えているうちに隊長さんの部屋についていた。
苛立ちをぶつけるように大きな音を立てて扉が開かれ、勢いを殺すことなく私はベッドの上に投げ出された。
やわらかいから痛くないけど、気分的には痛い!
変だよ隊長さん。こんな乱暴な扱いなんて、最初の夜ですらしなかったのに。
困惑している私の上に、隊長さんがのしかかってくる。
あれ、これってもしかして、そういう流れですか?
ちょっと待って、その前にたぶん誤解しているだろうから、説明しないと!
「あれは……」
キスじゃなかったんです! いや、キスはキスかもしれないけど、ぎりぎり唇じゃなかったんです! あれをキスとは私は認めない!
とは、残念ながら言わせてもらえなかった。
「言い訳は聞かない。油断していたお前も悪い」
「ちがっ……んっ」
私の言葉を奪うように、隊長さんはキスをしてきた。
キスをしながら、手早く服を脱がされる。破かれるんじゃないかっていうくらいに乱雑に。
私の意思なんて関係ないとばかりに、隊長さんは無遠慮に私の身体を蹂躙していく。
触れ方がいつもよりも乱暴で、でも傷つけないようぎりぎりのところで自制しているのが伝わってきた。
強制的に高められていく熱がつらくて、それでも逃げたいとは思わなかった。
唇が腫れそうなくらい、数えきれないほどキスをされた。
噛みつくような荒々しいキスに、呼吸も唾液も全部飲み込まれた。
本気で怒っているんだ、ってようやく理解して、私の目からは悲しいからなのか生理的なものなのかわからない涙がぼろぼろとこぼれた。
でも、本当に泣きたいのはきっと隊長さんのほうだ。
だから私は、何度も何度も、好きだってうわ言のようにくり返した。
少しでも隊長さんの心が和らいでくれるように。
優しくはなくて、激しいばかりの交わりだったけど、愛されているんだってことだけは、充分に伝わってきた。