01:好きって言ってもらえませんでした

「私、隊長さんに好きって言われた覚えがありません!」

 ある日の昼休憩中、私はついに我慢できなくなって、そう隊長さんに言った。
 恋人になってからもう一ヶ月近く経っているのに、一度も、ただの一度も! 好きって言ってもらったことがないのです。
 放さないとか、俺のものだとか、そういう言葉はくれたけど。
 欲を言えば、もっとはっきりとした言葉が欲しかった。
 好きとか愛してるとか、つまりはわかりやすく愛をささやいてほしいのです、私は。

「……今さらか?」
「今さらってなんですか! 気持ちを伝えるのは大切なことなんですよ!」

 眉をひそめた隊長さんに、私は詰め寄る。
 言わなくても相手の考えていることがわかるツーカーの仲というのも憧れるものはあるけど、やっぱり基本は言葉で伝え合うことだと思う。
 何しろ私たちはまだ付き合い始めたばかり。今が一番アツアツな時期なはずだ。
 毎日好きと言ったっていいくらいなのに。
 実際、私はそれくらい言っているし。

「はっ、それとも実は身体だけの関係? 私ってただのセフレでした?」
「そんなわけがないだろう」

 あ、眉間にめちゃくちゃ深いしわが刻まれた。
 どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
 でも、ちゃんと否定してくれてよかった。さすがに、両思いだと思っていたのに実は片思いでした、はダメージが大きすぎる。
 真面目な隊長さんがセフレとか作れるわけないのはわかりきってることだけどね。

「じゃあ、どうして言ってくれないんですか?」

 私が聞いてみると、隊長さんは困ったような顔をした。

「言わなくても、伝わっていると思っていたが」

 まあ、たしかに隊長さんは言葉よりも態度で語るタイプだもんね。
 口下手というか、必要最低限しか話さないというか。
 そんなところも格好いいわけなんだけど。
 でもなぁ、それでもなぁ。

「わからないわけじゃないんですが、やっぱり言葉にしてほしいじゃないですか」

 私の言葉に、隊長さんはもっと困惑顔になった。
 困らせてしまっているのは悪いと思うけど、今回は私だって折れるわけにはいかない。
 恋人に好きって言ってほしい。
 それって、当然の欲求だと思うんだよね。
 隊長さんがそういうのが苦手なのはもちろんわかってる。
 それでも、たまにでもいいから言ってほしいって思うのは、いけないことじゃないはず。

「隊長さんは私に好きって言われると、うれしくないですか?」
「それは……」

 そう問いかけると、隊長さんは言葉を詰まらせた。
 うん、その反応だけでわかったよ。うれしいんだね、隊長さん。

「少しでもうれしいって思ってるなら、私を見習ってみてくださいよ」

 にっこり、私は笑ってみせる。
 自分で見習えっていうのも変な話かもしれない。
 でも、どうしても言ってほしいんだもん。
 これくらいはわがままになってもいいよね?

「お前みたいに軽々しく言えるか」
「え、ひどい! 全然軽々しくなんて言ってないですよ! これ以上ないくらい重たいですよ!」

 重さを示すみたいに、私は手を左右に広げた。
 あれ、これじゃ重さじゃなくて大きさかな。まあどっちでもいっか。

「そうは聞こえない」
「隊長さん、私の気持ち、まだ疑ってるんですか!?」

 ショックだ。思わず寝込みたくなるくらいにショックだ。
 ちなみに寝込むときは隊長さんも一緒でお願いします。
 それは最終的には寝込むんじゃなくて寝込みをおそうことになるだろう、というツッコミは求めていませんのであしからず。
 そしてその場合どちらがおそう側なのかというのはご想像にお任せします。

「……疑っているわけではないが」
「わけではないが?」
「お前はもう少し、足りるということを覚えろ」

 はぁ、と隊長さんはため息をつく。
 よくはわからないけど、私は隊長さんを疲れさせているらしい。

「むむ、何やら難しげなことをおっしゃる」

 足りるってなんだ。余るってことか。何が?
 隊長さんへの想いなら満ちあふれすぎて余ってますが。
 そういうことじゃないんだよね、たぶん。

「ただ言えばいいというわけじゃない、ということだ」

 険しい表情で隊長さんは言う。
 つまり、言いすぎ、ってことなのかな。
 気持ちなんて、どれだけ言葉にしたって全部伝えきれるわけじゃないんだから、足りることなんてないと私は思うんだけど。
 どうやら隊長さんは、私とは違う考えを持っているようです。
 たしかに、隊長さんは一言一言が重いよね。重量級だよね。

「でも、言ってくれないよりはいいと思うんですよね〜、私としては」
「……」

 当てつけのような言葉に、隊長さんはむっつりと黙り込む。
 そんなに言いたくないんだろうか。
 想いを伝えるのって、そんなに難しいことじゃないのにな。
 ただ、素直に言葉にするだけだ。

「じゃあ、改めて。隊長さん、大好きです!」

 私はお手本を見せようと、笑顔でそう告げた。
 ほら、こうやって。
 想いは簡単に口からこぼれ落ちる。
 もう隊長さんは聞き飽きたかもしれないけど、私は言い飽きることはない。
 好きだから、好きって言う。
 私にとってはそれが普通で、自然なんだ。

「軽く聞こえるのは気のせいか」
「気のせいです! めちゃくちゃ重たいですよ!」

 失礼だなぁ、隊長さん。
 私の隊長さんへの想いが軽いわけがないじゃないか。

「……ある意味、お前らしいか」

 隊長さんはまたため息をついて、そう言った。
 何が私らしいんだろうか。よくわからない。
 まあでも、私は私だからね。私以外にはなれないからね。
 私が私らしいのは当然なんじゃないかな。

「ほらほら、お次は隊長さんの番ですよ〜」

 にまにまと笑いながら私は隊長さんの顔を覗き込む。
 私が言ったんだから、隊長さんも言わないと。
 そんな約束はしてないけどね。それこそお約束というやつでしょ。

「……」
「……」

 隊長さんは黙ったまま私を見下ろす。
 私もつられて無言で隊長さんを見上げる。
 にらめっこなら負けませんよ!

「……残念ながら、もう仕事の時間だ」

 目を伏せて、隊長さんは話は終わりだとばかりに言った。

「たった一言じゃないですか! 一秒で言えちゃいますよ!」

 逃がしませんよ!
 私の横を通り抜けようとした隊長さんの腕をつかんで引き止める。
 好きだって、そう一言言ってくれるだけでいい。
 そしたら私は一週間くらい上機嫌で過ごせる。
 隊長さんも、気持ちを伝え合うことの重要性を認識できるはず。
 ほら、いいことだらけじゃないか。
 口下手だから、って理由だけじゃ許してあげません。

「お前もそろそろ仕事に戻れ」

 ぽんぽん、と隊長さんは私の頭をなでた。
 その手は優しくて、逆らいがたくて。
 思わず、つかんでいた手を離してしまった。

「ちぇ〜。隊長さん、ひどいや」

 それでも、気が収まらなかった私は文句をたれる。
 結局、隊長さんは言ってくれなかった。
 隊長さんの言うようにそろそろ仕事が始まる時間になるし、今、隊長さんに好きだと言わせるのは無理だとわかってしまった。
 わかっても、納得はできるはずもない。不満も不満、大不満だ。
 たった、一言でいいのに。
 私と同じくらい、とまでは言わないから、せめて十回に一回くらいは、好きを返してくれたら。
 そうしたら、私は満足できるのに。

 隊長さんが好きだと言ってくれない。
 それは、私が想うほどには、隊長さんは私のことが好きじゃないから、なんだろうか。
 そういうわけじゃないって、態度は語っているけれど。
 言葉で伝えてくれないと、不安にもなるのです。


 隊長さん、私のことが好きだって、言ってください。



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