19:桜柄のアクセサリーを見つけました

 あまった時間は露店を見て回ろう、ということになりました。
 この周辺にはアクセサリーとか服とか、身につけるもの全般が売られている。
 露店はお店を出す許可をもらうときに、こういった売り物はこの辺で売ってね、とある程度分類分けされるらしい。
 だから、欲しいものが売ってるところだけ見ることができるんだって。
 スーパーでどこに何が売っているのか決まっているのと一緒だよね。わかりやすくて助かるね!

 もうそんなにお金も残ってないし、買うつもりはないけど、ウィンドウショッピングっていうのは楽しいものだ。
 キラキラしたビーズみたいなもので作られたネックレスやブレスレット。銀細工の指輪やイヤリング。原材料はわからないけど精巧なカメオ。色鮮やかな布で作られたコサージュ。
 見ているだけでわくわくしてくるよね!
 元から私はアクセサリー類がけっこう好きで、元の世界ではそれなりの数持っていたりした。
 高いものとか価値のあるものとかじゃなくていいんだよ。かわいかったり、きれいだったりするものを見ているのが好きなんです。

 私と隊長さんとで見て回っていると、彼女さんにどうですか、って声をかけられることも多かった。
 売り子さんは女性が多いんだけど、意外と男性もいた。
 アクセサリーをいくつもつけたチャラそうな男性を見ると、どこでも露店っていうのは変わらないんだなぁとか思えてくる。
 もちろん似合ってる人もいるけどね! つけすぎてると意味わからなくなるよね!
 なんだか、隊長さんみたいに飾り気のない人とは別次元に住んでるような男の人たちだ。隊長さんも片耳にだけピアスつけてるけどね。瞳の色と同じ石の、すごくシンプルなやつで、よく似合ってる。
 売り子さんの中にはすごく押しの強い人とかもいて、そういう人には隊長さんの必殺一睨みの出番だった。
 く〜っ、隊長さん、こんなときにも頼りになるぜ……!

 で、残り時間もあとわずか、となったところで、私はそれを見つけた。
 そこのお店はお花の柄の小物や、お花モチーフのアクセサリーを売っているお店だった。
 私の目は、そのお店の一つのアクセサリーに釘付けになった。
 元の世界ではありがちだった、薄紅色の、五花弁のお花。
 一瞬でテンションマックスになって、隊長さんの袖を引っ張った。

「隊長さん隊長さん、桜です! 桜柄です!」
「それがどうした」

 隊長さんは何をそんなに騒いでいるんだ、という顔をする。
 え、だって、これはテンション上がっちゃうのもしょうがなくないですか!?
 桜ですよ桜!! まさかこの世界でも目にすることができるとは思いませんでした!

「この世界にも桜ってあるんですね!」

 きゃっきゃとはしゃぎながら、そのアクセサリーに目を落とす。
 桜モチーフのペンダントは、銀の台座にピンク色の何かが流し込まれていた。ガラスか何かかな?
 切り込みの入った独特の花びらは、簡略化されていてもわかりやすい。
 そこの店員さんは他のお客さんを相手にしていたから、好きなだけ騒げる。もちろん営業妨害にはならないよう気をつけてるけどね。

「そんなに驚くようなことか? 花やら食べ物やら、ほとんど変わりがないと言っていたのはお前だろう」
「この花は特別ですよ。何しろ私の住んでた国を象徴する花ですから!」
「そうなのか」

 隊長さんはいまいちわかっていないみたいだけど、うなずいてくれた。
 私のテンションにはついていけないながらも、話を聞いてくれる気はあるらしい。
 優しいなぁ、隊長さん。
 ここで軽く流して終わりにしないあたり、ほんと隊長さんは面倒見がいい。
 今はそれに甘えて、好きなだけ話しちゃおうと思う。

「それにそれに! 私の花ですからね!」
「お前の花?」

 なんのことだ? と言いたげに隊長さんが眉をひそめる。
 あれ、これだけじゃわかりにくかったかな?

「桜ですよ、桜。あ、それともこっちだと違う名前なのかな?」
「たしかにこれは桜の花だが、それがどうした」
「どうしたって、桜だから、私の名前と一緒じゃないですか」
「一緒? どういうことだ」

 あれ? あれれれ?
 なんだか雲行きが怪しい。

「どういうことも何も、桜とサクラですよ?」
「桜とお前の名前に何かつながりがあるのか?」

 まったくもってわからない、といった様子で隊長さんは聞いてくる。
 本当の、本当に、わからないらしい。
 さくらとさくら。
 そうやって同じ言葉を並べたにも関わらず。
 桜の花と、私の名前。隊長さんはそう別々に認識した。
 そこで、私はようやく気がついた。

「……あ、そっか」

 私は間の抜けた声をもらす。
 気づくのが遅すぎたくらいだ。
 私の中には精霊がいて、精霊のおかげで言葉が通じるようになっている。
 私の言葉は自動的にこの世界の言語に翻訳されていて、他の人たちの言葉は日本語に翻訳されて私の耳に届く。
 だから、桜の花と、私の名前は、別物なんだ。
 この世界の人たちにとっては。

「……そっかぁ」

 どうしよう、ダメだ、笑みが崩れる。
 隊長さんに心配かけてしまう。
 一瞬わき上がってきた泣きたい衝動を、私は必死にこらえた。

「サクラ?」

 そう、隊長さんは私の名前を呼ぶ。
 サクラ、とその口は動いている。
 でも、違う。
 隊長さんにとっては、サクラは、桜じゃない。

「隊長さん、この花の名前は?」
「桜だが……」

 私が問いかけると、訝しそうにしながらも即座に答えてくれた。
 サクラ、じゃない。
 口の動き方が、違う。
 この世界の言葉では、桜の花は『サクラ』じゃないんだ。
 精霊のおかげで自動翻訳されていて、私の耳には『桜』と聞こえるけど、実際には違う名前のお花なんだ。
 桜が、英語ではチェリーツリーやチェリーブロッサムと言うのと同じこと。
 元の世界では当たり前だった、私の名前の意味を知っている人は、この世界にはどこにもいない。
 この世界には、『サクラ』という言葉は存在しない。
 そっかぁ……しょうがないなぁ……。
 わかっていたんだけど、これはちょっと、つらいかもしれない。

「あのですね、この花は、私の世界では、私の名前と同じ名前なんです。でも、こっちの世界だと違う名前なんですね」
「……ああ、そういうことか」

 私の説明に、隊長さんもやっと合点がいったようだ。
 さっきまでの私の説明は不親切すぎたもんね。
 日本語が通じるの前提だったから。
 そんなの、通じるわけがないって、わかっていたはずなのに忘れていた。
 今まで普通に意思の疎通ができていたから。
 同じじゃないんだって、違うんだって……忘れちゃいけないことを、忘れていた。

「同じ花なのに、名前が違うなんて変な感じですね。実物を見てないから、まったく一緒なのかはわかりませんけど」

 あははは、と私は笑う。ちゃんと笑えていると信じたい。
 私には、この世界の桜が、花木なのかどうかもわからない。
 元の世界の桜とまったくおんなじものなのか、保証なんてどこにもない。
 同じでも、違っていても、どっちでもいい。
 どっちにしろ、『サクラ』じゃないことには変わりないんだから。

「欲しいなら買ってやる」

 桜のペンダントを示して、隊長さんは言う。
 私を見下ろすダークブルーの瞳は、気遣わしげに見えた。

「ううん、いりません」

 私はふるふると首を横に振る。
 元々、隊長さんに何かを買ってもらおうなんて思っていなかったし。
 物より思い出。無理を言って付き合ってもらって、楽しいデートができたから、それだけで充分だ。
 桜のモチーフのペンダントはかわいいけれど、それを見ると……思い出してしまいそうだから。
 嫌なことを、考えてしまいそうだから。
 欲しいけど、欲しくない。
 そんなことは、隊長さんには言えないけど。


 お願いだから、気づかないで。
 私が今、傷ついているんだって、普段から私を大切にしてくれる隊長さんには一番、知られたくなかった。



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