09:一緒のベッドでおやすみなさいをしました

 夕ご飯もとてもおいしかったです!
 固めのパンと木の実入りのパン。ビーフシチューに卵焼き、サラダにデザートには新鮮な果物。
 スプーンやフォークが一つずつしかないのを隊長さんは気にしていたみたいだけど、私は別に間接キスだとか気にしないし大丈夫。
 家族や友だちと、回し飲み回し食べを普通にしていたせいかな。
 果物は色も形も味もリンゴそのものだった。あれぇ、異世界なのに。やっぱり食文化はあんまり違いがないようだ。

 この国は基本パンと麺類が主食なんだって隊長さんに聞いた。
 けど、お米もないわけじゃないらしい。リゾットとかドリアみたいなのがあるみたい。
 私の国ではお米が主食だったんです! って言ったら、米が出る日もあるから楽しみにしておけ、って隊長さんが少し優しい顔で言ってくれた。
 お米が出るよりも使用人のみんなが帰ってくるほうが先かな。
 そしたら隊長さんに気を使われることなく、一人前をちゃんと食べられるんだ。

 そうそう、気になっていた料理を作っている人のことも聞きました。
 実は、元軍人の料理人が二人ほどいるらしい。
 第一線で戦えるほどじゃないけど、自分の身を守るくらいはできるからって、避難はしなかったんだとか。
 もちろんたった二人で軍隊全体のご飯を作れるわけもなく、持ち回りで隊員さんが手伝っているそうだ。
 野営とかすることもあるから、みんな簡単な料理くらいはできるのが普通なんだって。
 意外と女子力高いのか、軍人。やばいよ私、負けちゃうかも。

 そんな話を聞きながらご飯を食べて、食後は思い思いに過ごした。
 照明を一度消してもらって、ちゃんとつけられるかどうかも試した。
 原理はわからないけど、私の中に精霊がいるそうなので、精霊さんお願い! って内心で頼んでみたら、あっさりつきました。
 こんなに簡単でいいんだろうか。まあ私は楽できてうれしいけど。
 魔力があるとか言われたけど、精霊さんが代わりに使ってくれるなら、魔法を覚える機会があるのかわからないね。

 でもって、おやすみの時間となったわけなんですが。

「ベッドはお前が使え。俺はソファーで寝る」

 と、隊長さんがおっしゃるものだからさあ大変。

「そんな、部屋主差し置いてベッド使うなんてできませんよ! 私そんな恩知らずじゃありません!」

 これが私の主張。
 正しいよね。正しいはずだ。
 私は何一つとして間違ったことは言っていない。

「俺がいいと言っているんだ。遠慮する必要はない」
「遠慮します、させてください! 断固拒否します!」

 隊長さんの主張もさっきから変わることがない。
 レディーファーストとかそういう心理なのかもしれないけど、それが適応されるときとされないときとあると思うんだよね。
 隊長さんはこの砦を、ひいては国を守っている大事な身の上だ。
 休めるときにちゃんと休んでおかないといけない。

「私のほうが身体ちっちゃいですし、ソファー向きだと思うんですよ。隊長さんだって広いベッドでゆっくり寝たいでしょ?」
「それはお前にも言えることだ」
「むう。隊長さん、頑固です……」

 どちらも一歩も譲らない。
 おかしくないかな?
 だってここは隊長さんの寝床だし、私は降ってわいた居候だ。
 なのに、なんで私のことを優先しようとするの?

「隊長さんが優しいのはもう充分わかったので、おとなしくベッドで寝てください」
「……優しいとか、そういうことではなく」
「じゃあなんなんですか?」
「お前は女だろう」
「そんなの関係ありません。隊長さんはちゃんと休むべきです」

 やっぱり言うと思った!
 たしかに私は女だ。しかも、いざってとき自分の身すら守れない女。
 だからこそ、隊長さんにはきちんと睡眠を取ってもらわないといけない。
 たとえば、ありえないだろうけどこの部屋に魔物とかが入ってきたら、隊長さんは戦わなくちゃいけない。
 隊長さんのことだから私のことを見捨てたりもしないだろう。
 戦えない私よりも、隊長さんは自分のことを優先するべきなんだ。

 沈黙が続く。
 隊長さんも私も、かたくなになっているような気がする。
 最初に寝ようとしていた時間から、もう十分以上はゆうに経っている。
 二人して頑固なら、どこかに妥協点を見つける必要がある。

「もういっそのこと、一緒に寝ます? 昨日みたいに」

 私がそう言うと、隊長さんの眉間にふかーいしわが刻まれた。
 あ、昨日みたいにってのは失言だったかもしれない。
 昨日は一緒に寝たっていうか、寝たの意味が違うもんね。要深読みって感じで。
 でもまあそこは今は置いておいて。

「このままだといたずらに睡眠時間が短くなっていくだけな気がするんです。思いつきですけど、名案じゃないですか?」
「……お前はそれでいいのか?」
「いいも何も、私が提案したんですけど」

 ダメだったらそもそも提案したりしない。
 隊長さんの睡眠時間を守るためにはこうするのが一番かなって思っただけのこと。

「……わかった」

 隊長さんがうなずくまで、一分以上はかかった気がする。
 ねばるな隊長さん。でもこれで私の勝ちだよね。
 ふふんって勝ち誇ったように笑ってみせたら、隊長さんの眉間のしわがさらに一本増えた。

 一緒にベッドに入って、横になる。
 とはいってもベッドは恐ろしく広いから、私と隊長さんの間には、人がもう一人横になれるくらいのスペースがあいている。
 体温とか全然伝わってこないもんね。このベッドやっぱりキングサイズだろうか。
 でも、さすがに息遣いは聞こえてくる。
 隣に寝てるんだよね、隊長さん。
 まだ、起きてるよね?

「ええと……しないんですか?」

 何か声をかけてみようか、と思って出てきた言葉はそんなものだった。
 あ、隊長さんがむせた。
 ゴホゴホとけっこう派手に音が聞こえるけど、大丈夫だろうか。

「……何を言っている」
「や、だって初対面でいただかれちゃいましたし。そういうことなのかなぁなんて」

 地をはうような低い声に、私は言い分を口にする。
 男の人っていうのは、据え膳はおいしくいただくものなんじゃないのかな。
 部屋から出ちゃいけないっていうのも、そういう目的だからなのかとか思ったりしなかったり。
 あれ? もしかして、ただの勘違い?

「お前の意志ではなかったんだろう」

 隊長さんは深いため息を吐く。
 照明を消した部屋でも、窓から入ってくる月明かりや星明かりで、隣に寝る人の様子がかすかにうかがえる。

「まあそうなんですけど。すごく気持ちよかったので別にいいかなーって思ったりしなかったり」

 私はそういう方面の経験は少なくはなかった。それでも、今までで一番気持ちよかった。
 隊長さんは好みのイケメンだし、いい人だっていうのももう知ってるし。
 したいのかと言われると、そういうわけじゃないんだけど、そうなってもいいかなとは思っていた。

「あ、隊長さんの好みじゃないって言うならしょうがないですね、すみません」
「そうじゃないが……」

 隊長さんにも人を選ぶ権利はあるよね、と謝ると、ひかえめな否定が返ってくる。
 だったらなんなんだろう。
 そういうことをするよりも早く寝たい、とか?
 考えてみれば、睡眠時間を減らさないようにって一緒に寝ることになったんだから、それでくんずほぐれつなことになっちゃったら本末転倒か。

「もう少し、自分を大切にしろ。俺に言えた義理ではないだろうが」

 隊長さんの手が伸びてきて、私の頭をぽんぽんと二回なでた。
 その手つきがあまりにも優しくて、私は何も言えなくなってしまった。
 じゃあ、本当に。
 彼は善意だけで、この部屋を出るなって言ったんだ。

 自分を大切にしろ、なんて、今まで言われたことはなかった。
 大切にしていないつもりはなかったし、私の周りにはそこまで潔癖な人っていなかったし。
 私は私のしたいようにしているだけなんだから、それでいいって。
 自分も友だちも、そんなふうに思っていた。
 隊長さんみたいに、心配してくれる人はいなかった。

「……隊長さん、いい人ですね」

 特に意識せずに、私はそうこぼしていた。
 心からそう思っての言葉だった。

「本当にいい人なら初対面の女を抱いたりはしない」

 やっぱり気にしてるんだ、そこ。
 私は思わず笑い声をもらしてしまった。
 土下座までして謝ってくれたんだから、もう忘れちゃっていいのに。
 でも、真面目な隊長さんはきっとずっと気にするんだろうなぁ。
 簡単に想像がついて、さらに笑いが止まらなくなった。

「そこは、ほら、人間誰だってちょっとばかしハメを外しちゃうことはありますよ」

 私なんていつもハメを外してばっかりだけどね。
 だから別に隊長さんが悪い大人なわけじゃないと思う。

「お前は、変わっているな」
「あ〜、わりと言われ慣れてます、それ」

 変わってるとか、変とか、面白いねとか。
 それって褒めてないよね絶対、って言われるたびに思うんですが。
 私としては普通にしてるつもりなんだけどね。
 多数の人にとっての普通とずれているってことなのかな。

「もう抱かない。だから安心して寝ろ」

 隊長さんの声は落ち着いていて、はっきりとしていて。
 本当にそのつもりなんだって、すごくよくわかるものだった。
 安心していいのか、私は少しだけ悩む。
 隊長さんを信じていないから、とかではなくて。

「ありゃりゃ、残念です……」

 その私の言葉は、隊長さんには冗談にしか聞こえなかっただろう。
 もちろん、そのままの意味ってわけでもない。
 でも。


 本当に、ちょっとばかし、残念だなぁって思っていたりした。



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