08:照明がつかなくて困っちゃいました

 それから隊長さんは仕事に戻って、私はまた部屋に一人残された。
 隊長さんが本を数冊持ってきてくれていたので、今度はそれで暇をつぶすことができた。
 物語的なものよりも実用的なもののほうが多かったけど、善意でしてくれたことに文句は言うまい。
 でもひかえめにリクエストだけはしておいた。
 隊長さんは特に気にした様子もなく、わかったとだけ答えてくれた。
 優しいです隊長さん。素敵です隊長さん。

 部屋に一人っきりなので、お行儀悪くベッドで横になりながら本を読む。
 ここは隊長さんのベッドで、昨日あはんうふんなことをいたしちゃった場所ではあるんだけど。
 どうやら私には乙女回路は搭載されていないらしく、キャッ恥ずかしい! なんてなったりはしない。
 女子力低いのかな、私。由々しき事態だ。
 でも、いちいち恥ずかしがっていたら、この部屋で暮らすことなんてできないじゃないか。
 だからこれでいいんだ、と開き直ってみる。

 二冊目を読んでいる途中で、日が暮れてきた。
 外が暗くなってきて、窓から光が入らなくなってきた。
 電気をつけなきゃ、と当然のように思って、そして気づいた。
 ……どうやって電気つけるんだろう。
 明かりは天井に大きくて平べったい円形のものと、壁に二つ間接照明っぽいものがある。
 でも、電気のスイッチらしきものはどこにも見当たらない。

「……もしかして、魔法とか?」

 その可能性はなくはない、というよりもけっこう高いんじゃないかな。
 そういえば昨日隊長さんが部屋に入ってくるとき、スイッチをつけるような動作がなかった気がする。
 隊長さんが部屋に入ってきて少しして、ひとりでについたように見えた。
 昨日は遠隔操作か何かかと思ったけど、手にもスイッチは持っていなかったし。
 何やら雲行きが怪しくなってきたぞ?

 もし、電気をつけるのに魔法を使わないといけないなら、私は電気をつけることすら人任せにしないといけないんだろうか。
 異世界トリップのお約束としては、ありえないくらいの魔力を持っていたりするものだけど。
 隊長さんは特にそういったことは言っていなかったし、自分に魔力があるのかどうかわからない。
 仮に魔力を持っていたとしても、使い方もわからないしね。
 これって、積んでない?

 意味もなくうんうんうなっている間に、部屋はどんどん暗くなっていく。
 脳内で自動翻訳されるために、直接文字を読み取っているわけじゃないとはいえ、こんな暗い部屋で本を見ていたら目を悪くする。
 あと数十分もすれば真っ暗になっちゃうだろうし。
 部屋が暗いと、できることはほとんどなくなる。

 ……よし、寝よう!
 さほど考えることなく、私はそう決定を下した。
 寝るっていっても、本当に眠るわけじゃない。そんなことしたら夜に寝れなくなるからね。
 ごろごろ横になって、ぐうたら過ごそうってわけだ。
 やることがないんだからしょうがない。しょうがないってことにしておく。
 べ、別に何かするのが面倒だなんて、思ってたりしないんだから!
 ツンデレ風に言ってみました。ツッコミがいないと寂しいね。

 どのくらいそうしていたんだろう。
 窓の外がすっかり真っ暗になってから、さらに一時間は経ったかもしれない。
 遠くで扉を開く音がして、私は目を開いた。
 いや、寝てはいませんよ、寝ては。
 ちょっと横になって目をつぶっていただけですよ。
 本当なんですってば。

 扉はどうやら廊下とつながっている応接室のほうのだったようで、部屋はまだ暗いまま。
 隊長さんが帰ってきたんだろうか、と思っていると、すぐに寝室のドアが開く。

「……寝ているのか?」

 隊長さんの声に反応したように、部屋が明るくなる。
 ほんと、どういう仕組みなんだろう、これ。

「起きてますよ〜。やることないのでごろごろしてただけです」
「のんきだな」

 身体を起こしながら私が答えると、隊長さんはため息をついた。
 呆れられた、かな?
 私が真面目な人間じゃないことはすでに隊長さんもわかっていると思っていたんだけども。

「隊長さん、照明ってどうやってつけるんですか?」

 わからないことは聞くしかない。
 ということで私は早速隊長さんに質問した。
 明かりは毎日必要になるものだもんね。

「それは、魔力を……そうか、お前の世界には魔法がないんだったな」
「ってことはやっぱり魔法使うんですね」

 私はがっくりと肩を落とした。
 この世界には魔力を持っていない人っていうのはいないんだろうか。
 もしいたらその人は明かりもつけられなくなるわけだから、たぶんいないんだろう。
 隊長さんの反応からして、この砦限定のことでもないみたいだし。

「だから部屋が暗かったのか」
「そのとおりです。困ったなぁ、私、一人じゃなんにもできないんですね」

 納得したように言う隊長さんに、私は力なくそう返すしかない。

「お前からも魔力は感じるが、すぐに使えるようになるかはわからない」
「ファンタジーひゃっほーいって喜びたいところなんですが、このタイミングで言われると正直微妙です」

 魔力があるっていうのは、魔法が使える可能性があるってことだし、そりゃあうれしいよ?
 でもさ、今すぐ必要なのに、可能性だけの話をされても困っちゃうよね。
 これからどうすればいいんだろう?

「次からは身のうちの精霊に頼むといい。お前の代わりに魔法を使ってくれるだろう」

 うなだれていた私に、隊長さんは不思議なことを言い出した。

「みのうち? 私の中に精霊がいるってことですか?」
「ああ、気配を感じる」

 さらっと言ってるけど、すごいな隊長さん。そんなことわかるんだ。
 そういえば、今日会った精霊とやらが、「キミの中の子に会いに来た」とかなんとか言ってたような。
 ってことはつまり、そういうことなのか。

「そっか、中にいるのって精霊なんだ。中に入れちゃうものなんですね」
「言葉が通じているのもその精霊のおかげだろう。話している言語はどうやら違うようだからな」

 こんなところで自動翻訳の仕組みが発覚です。
 同じ言葉を話しているのかどうかなんて、口の動きを見れば一発だもんね。
 たしかに隊長さんが話してるのは日本語ではないみたいだし。
 お互い普通にしゃべっていて、それを精霊さんが翻訳してくれているんだろう。
 なんて便利なんだ、精霊さん。

「異世界トリップのお約束、自動翻訳ですね」
「お約束かどうかは知らないが」
「ごめんなさい、軽く流してください」

 フィクションを読まない隊長さんに通じないのは当然だ。
 隊長さんが大真面目に言うものだから、自分が不真面目な人間みたいに思えてくるじゃないか。
 まあ真面目ではないのは確実だけどね。どちらかと言えば不真面目だけどね。

「客人が精霊の護り人だというのは本当なんだな。人の身に宿るなどあまり聞かない」
「へー、つまりは特別待遇なわけですね。すごいなぁ異世界トリップヒロイン」

 手続きすれば後見人をつけてくれることといい、この世界は異世界人に優しくできてるよね。
 異世界人の私としてはそのほうが助かるから万々歳なわけだけど。

「精霊の客人は別に女性とはかぎらないが」
「ああ、男の人だと、勇者さま〜って崇められたりするのがお約束ですよね」
「勇者か……そんな伝説もないわけではないな」
「やっぱあるんだ……」

 異世界人には特に役目はないって教えてもらったけど、過去にはそういう偉業をなした人もいるわけか。
 だからこの世界は異世界人に優しいのかもしれないね。
 国とか世界にとってプラスになることをしてくれるかもしれないから、とか。
 うわ、ありそうで嫌だな。
 それを期待されてるなら、私は応えられそうにないしなぁ。

「何百年も昔の話だ。実話かどうかも怪しい」
「勇者自体は本当にいたとしても、好き勝手に脚色されてたりしそうですね」

 何百年も前っていうと、私の世界での戦国時代とかとおんなじ感じかな。
 戦国時代を元にしたものって、ドラマに映画に小説に漫画にって多岐に渡ってる。
 中には、これは嘘だろ〜っていう逸話とかもあったりして。
 創作として見るんなら面白いんだけどね。

「その勇者の伝説を元にした小説も持ってきた。何かの参考になればと思ってな」

 そう言って隊長さんは手にしていた紙袋を私に渡してきた。
 中には本が五冊ほど入っていた。

「わぁ、ありがとうございます!」

 冒険活劇! そこに恋愛が絡んでるといいな!
 参考に、なんて考える隊長さんは本当に真面目だよね。
 単純に楽しんじゃいそうな自分がいますよっと。
 何はともあれ、感謝感謝。

「夕食は普段よりも多い量を部屋に持ってきてもらうようにした。皿を分けることはできないから面倒だが、一緒に食べよう」
「ご飯! 言われたらお腹すいてきました!」

 私はピョンとベッドから跳ねるように下りた。
 もう七時近いし、いい時間帯だよね。
 油断したら今にもお腹がぐうって鳴っちゃいそうだ。

「届けられるまで俺はあちらの部屋で仕事をしている。何かあったら呼べ」
「仕事、持って帰ってきたんですね」

 まだ終わりじゃなかったんだ、お仕事。
 やっぱり忙しいのかな、隊長さん。
 忙しいのに私のために本を持ってきてくれたりだとか、ほんとに優しいよね。
 私のことで色々とわずらわせちゃっていて、申し訳ないな。

「いつものことだ。急ぎのものでもないから気にするな」

 そう言う隊長さんは本当に何も気にしていなさそうに見えた。
 隊長さん、お仕事が好きなんだろうか。
 いかにも真面目な隊長さんらしいね。

「無理はしないでくださいね」

 私に言えることなんてそれくらいだ。
 隊長さんはこう言ったところで、手を抜いたりはしないんだろうけどね。

「……ああ」

 隊長さんは少しだけ表情を和らげた。
 笑顔ってほどでもないんだけど、優しい表情。
 そういうのを見分けられるようになったくらいには、隊長さんのことを理解できてきているってことなのかな。
 何しろ一糸まとわぬ姿で交わっちゃった仲ですし?


 ……ごめんなさい、下ネタはちょっとひかえます。



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