06:謎の声に訳のわからないことを言われました

 隊長さんが部屋を出て行ってから、十分くらいあとにご飯が応接室のほうに置かれた。
 とはいっても直接見たわけじゃない。
 物音でそう判断して、音がしなくなってから確認したらテーブルの上にサンドイッチがあったというわけ。
 なるべく寝室から出ないようにと言われているので、お行儀は悪いかもしれないけど、トレイごと寝室に持ってきて、書机に座って食べた。
 お肉とチーズのサンドイッチと、ポテトサラダみたいなものをはさんだサンドイッチ。それにサラダとコンソメ味っぽいスープ。
 食材とか調味料とか調理法とか、私のいた世界とそんなに変わりないのかな。
 たぶん、醤油とか味噌はないような気がするけど。
 空腹は最大の調味料、ということで、おいしくいただきました。

 食べながら思ったんだけど、このご飯って誰が作ったんだろう?
 今現在、戦えない人は全員避難しているって、隊長さんは言っていたはず。
 なら料理人はどうしているのか。もしかして隊員さんの自作?
 それとも戦える料理人がいるのかな。何それすごい。

 ご飯を食べてから一時間ほどの間、腹筋やら背筋やら身体をひねりながらのウォーキングやら、とにかく身体を動かした。
 なぜかって?
 そんなの決まってるじゃないですか、太らないためです!
 だってね、部屋から出ちゃダメってことは、強制的に引きこもりってことなんです。
 食べるだけで動かなかったら、そりゃあ太るに決まってます。
 少しでもカロリー消費するために、室内でできる運動をすることにしたわけです。

 ほどよく汗をかいたので、運動のあとに軽くシャワーを浴びた。
 お風呂には好きなときに入ってもいいと、ちゃんと了承はもらっている。
 お風呂大好きな日本人だからね! そこは抜かせなかったんだよね!
 夜にも入るつもりでいるので、本当にかる〜く流しただけ。五分で出ました。

 お風呂から出たら、書机の本立てに置かれている本を一つ取って、ペラペラと見てみた。
 部屋の中では好きに過ごしていいと言われた。
 それは部屋の中のものを好きに見てもさわってもいいってことらしい。
 ってことは隊長さん、見られて困るようなものを私室に置いてないってことなんだね。
 すごいなぁ、普通の青少年だったらそうはいかないだろうに。
 それとも隊長さんって青少年って年でもないのかな? いくつなんだろう?

 手に取った本は、どうやら怪我の種類別の応急手当ての仕方なんかが書いてあるものだった。
 図説もあるし、自動翻訳のおかげかもしれないけど、けっこうわかりやすい。
 そういえば教育学部に進んだ子が一通り覚えさせられたって聞いたな。具体的には聞いてないけど、養護教諭でも目指していたんだろうか。
 医学系は、時代によって移り変わりが激しい気がする。
 もしもこの世界が私のいた世界よりも文明がだいぶ遅れているなら、ここに載っている内容が間違っている可能性もあるんだよね。
 こんなことになるなら、少しは調べておけばよかったかなぁ。

《ダイジョーブ、ダイジョーブ》

 クスクス、という幼い笑い声とともに、そんな声が聞こえてきた。
 え、と思って顔を本から上げてみるけど、そこには誰もいない。
 当然だ。だってここは隊長さんの部屋で、今は私しかいないんだから。
 でも、それなら今の声はいったい……?

 今の笑い声、聞き覚えがある気がする。
 いつだったっけ……。
 う〜む、と頭をひねっていると、今度は耳元で笑い声がした。

「ええい、姿を現せ!」

 私がそう叫ぶと、笑い声はさらに大きくなった。
 音に表すなら、キャハハハ、といった感じ。
 いる。確実に誰かしらがいる。
 どこにいるのか、姿は見えないけど、これはきっと空耳じゃない。

《ダ〜レだ!》
「わかるかっ!」

 思わずつっこむと、笑い声は拡散した。
 いや、意味わかんないかもしれないけど、私にもよくわかんないんだよ。
 笑い声がいろんなところから聞こえてくるんだ。
 え、一人じゃないの? それとも高速で移動してるの?

「……誰? というか、何?」

 姿が見えないのに声だけするってことは、少なくとも人じゃないんだと思う。
 考えたくないけど、ゆ……幽霊?

《ボクはオーフィシディエンオール》
「オーフィシデ……ええと?」
《好きに呼んでくれていいよ》

 長ったらしい名前を一回で覚えられなかった私に、子どもの声は言う。
 というか、名乗ってほしかったわけじゃないんだけども。

「じゃあ、オフィで」

 まあいっか、と思ってあだ名をつける。
 人の名前を覚えるのは得意だから、もう一回言ってくれればいけると思うんだけどね。
 長ったらしすぎる名前を呼ぶのも面倒だもんね。

《オフィ、オフィ、ボクはオフィ!》
「うんうん、わかったわかった」
《ふふふふ〜ん♪》

 声はすごくご機嫌みたいだ。
 聞いててこっちもうれしくなるくらいなんだけど、ごまかされちゃいけない。

「で、君はなんなわけ?」
《ボク? ボクは精霊だよ!》

 へ〜、ビックリだ。
 隊長さんが異世界人のことを精霊の客人って呼んでたから、存在はしているんだろうと思ってたけど。
 想像と、実際に会ってみるのとじゃ全然違うよね。
 精霊ってこんなにかしましいものなんだね。

「精霊かぁ、ファンタジーだね。その精霊さんが私になんの用かな?」

 わざわざ会いに来たってことは、用事があるんだろう。
 いまだに姿を見せてくれないけど。
 精霊ってどんな背格好なんだろうか。やっぱりちっちゃいのかな?

《キミの中の子に会いに来ただけだよ。ちゃんと溶け込めたみたいだね!》
「私の中……? 溶け込めた……?」

 何を言っているのかわからなくて、私は首をかしげる。
 私の中の子って、何かが私の中にいるってこと?
 溶け込むって、一体化したってこと?
 え、何が? すごく気持ち悪いんだけど!

《じゃあね!》

 最期にそう言い残して、笑い声は急速に遠ざかっていく。

「あ、ちょっと!」

 待って……と言う間もなかった。
 もうあの子どもの笑い声はしない。
 きっと声の届かない場所まで離れてしまったんだろう。
 精霊って自由奔放な生き物なんだね。

「……結局、なんだったの?」

 つぶやいたところで、答えてくれる人はすでになく。
 はてなマークばかりをそこら中に飛ばす。
 耳に残るような、不思議な笑い声が今も響いているような気がする。
 あ、そっか、とそこで私はようやく思い出した。


 そういえば、異世界トリップする直前にも似たような笑い声を聞いたんだ、と。



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