05:これからのことを話し合いました

 立ち話もなんだということで、男の人は私に書机の椅子に座るよう促し、自分はベッドの端に腰かけた。
 そうして、これから使用人の人たちが帰ってくるまでどうするかを話し合う……というより、男の人の話を聞くことになった。

 まず差し迫った問題。私の服。
 これはとりあえず侍女の制服を借りることになった。
 ちょっと待ってろ、と言われて数分後には持ってきてくれましたよ。素早い。
 明日か明後日までには女物の服をどうにかして用意する、と言ってくれたけど、どうにかなるものなんだろうか。
 ご飯は一日二回、男の人の間食と偽って部屋に持ってきてもらうことになった。
 それでもお腹がすいたときは保存食があるからそれを食べていいとのこと。
 何があっても部屋を出ないこと。これは何度も念押しされた。そんなに部屋の外は危険地帯なんですか……。
 部屋から出ちゃダメって、行動範囲せますぎだよね。何して過ごせばいいんだろう?
 あと一週間くらいで女の人たちも帰ってくるから、それまでの辛抱だって。
 みんなが帰ってきたら、雇用契約を結んでくれるらしい。そしたら部屋も個室じゃないけどもらえるらしい。
 職まで斡旋してくれるなんて、至れり尽くせりじゃないですか。
 まあ働くのはとりあえずの処遇ってことで、この先どうするのかは国に話が通ってから決めるみたいなんだけどね。

「名前をまだ聞いていなかったな」

 男の人の言葉に、私は記憶をさかのぼってみる。
 おお、たしかに名乗ってなかった。
 それに男の人の名前も知らない。

「あ、桜です。水上桜」
「ミナカミサクラ?」

 男の人は眉をひそめて、区切るところがわからないとばかりにつなげてくり返す。
 なんだかちょっとかわいい。

「水上が名字で、桜が名前です。もしかしてこっちの世界って姓と名前が逆だったりするかな」
「普通は姓が後ろに来るな」
「やっぱり、西洋文化っぽいですもんねここ。お兄さんのお名前は?」

 この部屋や男の人の服装を見たかぎりでは、だけどね。
 実は和洋折衷な世界だったりしてもおもしろいかもしれない。
 まあ今はそんなことは関係ないので、男の人の名前を聞いてみる。
 教えて、くれるよね?

「グレイス・キィ・タイラルドだ。ほとんど名前で呼ばれることはないが」

 すぐに名乗ってくれた男の人に、私は密かにほっとした。
 グレイスが名前で、タイラルドが姓だよね、たぶん。キィってなんだろ?
 洗礼名だとか、母方の姓にしては短いような……。
 この世界の名前の方式みたいなのがわからないから、なんとも言えない。

「じゃあ、みんなにはなんて呼ばれてるんですか?」

 名前で呼ばれないってことは、他に呼び方があるんだよね。
 しかも、名前よりも定着しているってことだ。

「隊長、と」
「隊長さん……? 軍隊かなんかの人でしょうか」

 第一印象の軍人ぽいってやつ、もしかして大正解だった?

「第五師団隊長だ。第五師団は国の主要地域を守ったり、魔物の現れやすい地を固めていたりする」

 おお、なんだかすごく偉い人っぽい。
 第なん師団まであるんだろう。
 この国の常識みたいなものも、教えてもらわないといけないね。
 隊長さん、そんなに暇あるかな?
 この部屋から出ちゃダメってことは、他の人に聞くこともできないし。
 追々、になっちゃうんだろうな。

「で、ここは魔物の現れやすい場所なわけですね」
「そういうことだ」

 私の言葉に隊長さんはうなずく。
 魔物が町に行かないように砦があるって言っていたもんね。
 よくあるファンタジーと同じで、魔物っていうのは危険な生き物なんだろう。
 隊長さんたちはそれから国の民を守っているんだ。
 くぅ〜、格好いいぜ!

「早速だが、俺はこれから仕事に行かないといけない」

 そう言って隊長さんはベッドから立ち上がる。
 つられて私も椅子から腰を上げた。

「あ、そっか、隊長さんなんだからお仕事いっぱいありますよね」

 そのことに思い至らなかった自分が情けない。こういうところは社会を知らない学生だからなんだろうな。
 これからしばらくはここにお世話になることになるみたいだし、この世界のことをもっと知っていかないと。
 ……今のところ、隊長さんに教えてもらうしかないんだけどね。

「それほどでもないが……午後にまた一度戻ってくる。何度も言うようだが、部屋からは絶対に出るな。身の保障ができかねる」

 心配症だなぁ、隊長さん。なんだかお姉ちゃんとお兄ちゃんを思い出す。
 それとも何回も言わないといけないくらい、私が危なっかしく見えるんだろうか。

「わかりました。私のために時間使わせちゃってすみません」
「いや、気にするな。食事は隣の部屋に持ってこさせるから、好きなときに食べろ」

 ご飯ご飯っ!
 実は私、朝からガッツリ食べる派だから、けっこうお腹すいてたんだよね。
 昨日はお風呂入る前にご飯食べたけど、ベッドの上であれだけ身体動かしたしね!
 うん、卑猥でごめん!

「……素直だな」

 ご飯を喜んでいたのが顔に出ていたのか、ふっ、と隊長さんはかすかに笑みをこぼした。
 ズキューンって、胸だか心だかを撃ち抜かれたような気がする。
 イケメンはどんな顔してもイケメンだけど、やっぱり笑顔の破壊力はすごいね!
 強面が和らいで、灰色の瞳にね、あたたかみが生まれてね!
 美形って、時として罪だと思いますっ!

「では、もう行く」

 隊長さんはそう言い残して、寝室を出て行ってしまう。
 あわててついていって、扉が閉まらないよう手で押さえる。

「あのっ」

 部屋の外に続く扉を開こうとする隊長さんに待ったをかける。
 まだ、ちゃんと言えてなかったから。

「これからお世話になります!」

 私は勢いよく頭を下げた。
 九十度どころか、百二十度くらいだったかもしれない。
 だってさ、私を部屋に置いておくのって、隊長さんに利益ないよね。
 邪魔者が増えるんだよ。生きてるんだから置物みたいに放置することもできないんだよ。
 私にできることなんて、夜のお相手くらいなもの。
 それだって今は女の人がいないから無理なだけで、いつもならイケメンな隊長さんのことだから、いくらだって選びたい放題だろうし。
 私を心配して、部屋から出るなって言ってくれているんだってわかる。
 だから私も、誠意を見せないといけないって思ったんだ。

「隊長さんにとってはお邪魔虫だと思いますけど、できるだけ迷惑かけないようにがんばります。もし私にできることがあったら、なんでも言ってくださいね!」

 顔を上げて、私は言う。
 できることって、なんだろう。
 背中を流したりだとか、マッサージだとか?
 大人のマッサージはたぶんつたないと思いますが、それでもよろしければ。
 ……下ネタばかりでごめんなさい! 真面目にしてるの苦手なんです!

「俺のことは気にするな。昨日の詫びだと思ってくれればいい」
「詫び?」

 苦笑しながらそう言った隊長さんに、私は思わず聞き返した。
 昨日のって、えーと、もしかしておいしくいただかれちゃったこと?
 別にそれって、私も楽しませてもらったというか、気持ちよくさせてもらっちゃったから、詫びる必要なんてこれっぽっちもないと思うんだけど。
 土下座されたときにちゃんと言ったはずなのに、隊長さんはまだ気にしていたらしい。
 ちゃらんぽらんな私と違って、誠実なんだね。

「そういうことだから」
「あ、はい、いってらっしゃい」

 それ以上引き止めるわけにもいかず、私は隊長さんを見送る。
 隊長さんはかなりの真面目さんのようだ。
 昨日はほとんど話すこともなくおそわれちゃったから、わからなかったけど。
 これなら、あのときにちゃんと話そうとしていたら、聞いてくれたかもしれないね。
 そのほうが隊長さんも何も気にする必要がなくなって、よかったのかも。


 今となっては、後悔先に立たず、なんだけどね。



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