隊長さんはそれから、私をあからさまに避けることだけはやめてくれた。
でも、ぎこちなさはいまだ健在。
部屋に行くと困ったような顔をするし、好きだと告げるとしかめっ面になる。
触れないどころか、半径一メートル以内には近づかないという徹底ぶり。
そこまでされると、私も絡みにくいわけで。
自然と隊長さんの私室に遊びに行く回数は減っていった。
このままでいい、なんて思っているわけじゃない。
でも、しょうがないじゃないか。
あんなにわかりやすく拒絶されて、どうやって近づけばいいっていうんだ。
信じてくれないのは、私の性格や今までの言動のせいでもあるのかもしれない。
それなら、私は少しずつ少しずつ、信頼関係を築いていくしかない。
いつか、隊長さんが私の言葉を信じてくれるように。
……けっこうつらいんだけどね、この状況。
とはいえ、顔を合わせれば世間話には付き合ってくれるだけ、避けられるよりはまだマシ。
大切にしたいとか言われたし、好意は持たれているほうなんだと思う。
恋愛感情なのかどうかは、わからないけど。
なんとなく生殺しのような、そんな毎日。
変化は、唐突に訪れた。
その日は朝からなんだか身体がだるくて、仕事に身が入らなかった。
指示を出されても一回言われただけじゃ理解できなかったり。
仕事中だっていうのにぼんやりしちゃって手が止まったり。
動くのもなんだかつらくて、何度か転びそうになったりした。
それでもなんとかお昼の休憩時間になって、私は隊長さんの私室を目指した。
なぜだか無性に、隊長さんに会いたかった。
ううん、会わなきゃいけないような、そんな気がしていた。
最近の隊長さんは、休憩時間にも部屋にいるとはかぎらない。
でも、私は他に隊長さんがいるところを知らない。
執務室に突撃をかませるほど、厚かましくはないのです。
少しでも会える可能性がある場所に行くしか、今の私にはできない。
一歩一歩と隊長さんの部屋に近づく。
その足取りは、すれ違う人の反応を見るに、かなり危なっかしいものなのかもしれない。
頭がぼんやりとして、足が床についている感覚も薄くなってくる。
身体がぽかぽかとあたたかいような、むしろ今すぐ服を脱ぎたいくらいに暑いような。
思いっきり、体調不良だなぁ。
私はどこか他人事のようにそう思った。
「たいちょ〜……」
ノックもする気力もなく、私は隊長さんの私室に倒れ込むように入った。
隊長さんが目を丸くしているのが、うっすらと見える。
「どうした?」
隊長さんがあわてて駆け寄ってきて、でも、私の二歩前くらいで止まる。
それが悲しくて、私は自分から隊長さんの胸に飛び込んだ。
いつもなら避けられたかもしれないけど、今の私の様子のおかしさに、隊長さんも気づいたんだろう。
ふらふらしていたから、支えたほうがいいと思ったのかもしれない。
「身体が、熱いんです」
言いながら、私は隊長さんに身を寄せる。
布越しに伝わる、私よりも低い体温が気持ちいい。
ずっとこうしていられたらいいのに。
「熱があるのか?」
隊長さんは私を支えながら、首に触れる。
ゾワッとして。私は身体を震わせる。
くすぐったいとか、そんな生やさしいものじゃなかった。
そう、言うなれば……快感。
「熱いな」
隊長さんの言葉に、そうか、首で熱を計っているのか、と遅まきながら気づいた。
太い血管のあるところだから、額よりも正確だって聞いたことがあったような。
「もっとさわってください」
私はそう言って隊長さんを見上げた。
隊長さんが驚いたような顔をして、それからだんだんと苦々しい表情になっていくのを、私はぼんやりと眺めた。
さわってくれないのかな、隊長さん。
すっごく気持ちがいいのに。
「お前な……」
「ひゃっ!」
首筋を指がなぞっていく。
ぞわぞわして、立っているのもつらいくらい。
隊長さんにもたれかかるようにしてバランスを取る。
太くてガサガサとした指が、鎖骨に触れる。
腰を支えているだけの腕にすら反応してしまう。
元から具合が悪くて呼吸が浅かったけど、今はもっと呼吸が乱れていた。
ああ、私、感じているんだ。
どこかでそう納得する自分がいる。
おかしいな、いつもはこれくらいじゃここまでならないはずなのに。
媚薬でも飲んじゃったんじゃないかってくらいの反応だ。
欲求不満なのかな、私。
「まったく、お前はどれだけ俺の忍耐力を試せば気がすむんだ」
隊長さんのため息が、かすかに耳をくすぐる。
それだけでも変な気分になってくるんだから、本格的に私はおかしいのかもしれない。
困らせているのは、わかっている。
でも、隊長さんが好きだっていう感情と、隊長さんにさわってほしいっていう欲求は、どうにもできないんだ。
「そんなつもり、ないです」
「ああ、そうだったな。お前はただ気持ちよくなりたいだけか」
忍耐力を試しているんじゃない。思ったことを素直に言っただけ。
なのに隊長さんはそんなひどいことを言う。
違うんだよ隊長さん。誰だっていいわけじゃないんだよ。
「エッチな子みたいに言わないでください〜」
「違うのか?」
「うう、否定できない……」
そりゃあまあ、気持ちいいことは好きだって思う。
誰だってそれは一緒なんじゃないかな。違うのかな?
「とりあえず、座れ」
隊長さんは私を支えたまま、ソファーまで連れて行ってくれる。
ソファーに座って一息ついてから、私は首をかしげる。
「むしろベッドじゃないんですか?」
「……俺の理性がもたない」
隊長さんなら、酔った私を眠らせてくれたように、ベッドに運びそうなものなのに。
そう思って聞いてみると、しかめっ面のまま隊長さんは言った。
いいのに、理性なんてもたなくても。
一緒に寝れば、この具合の悪さもどうでもよくなってくれそうなのに。
もちろん“一緒に寝る”は要深読みですよ。
隊長さんは私の首やあごをさわったり、脈を計ったり、目を覗き込んだりする。
触れられるたびにドキドキするし、ざわざわする。
全身が性感帯になったみたいに、気持ちよすぎて身体が過剰反応をする。
嬌声みたいなものが出そうになるし、だんだんと身体に力が入らなくなっていく。
「具合が悪いわけではないようだな。何か変なものでも食べたのか、精霊の客人特有のものか」
「出されたものしか食べてませんよう……」
そう答えながら、私は目の前に膝をついている隊長さんにもたれかかった。
熱くて熱くて仕方がない。
隊長さんに触れてほしいって、全身が訴えているみたいだ。
「隊長さん、さわって」
耳元でささやくと、隊長さんはぴくりと身体を震わせた。
「これ以上は歯止めが利かなくなる」
「歯止めなんて利かなくっていいんです」
「抱かないと言っただろう」
「そんなの無視しちゃってください」
私の言葉に、隊長さんは深く長いため息を吐く。
それから急に抱き上げられて、私は目が回ってしまった。
視界が元に戻ったときには、ベッドの上。
え、マジで理性がぶっ飛んだ? 色仕掛け成功?
うれしいようなビックリしたような気持ちを持て余していると、隊長さんは私に布団をかけた。
……ん? 寝かしに入ってないか?
「おとなしくしておけ」
ぽんぽん、と隊長さんの手のひらが頭に降ってくる。
それはどう考えても、色気のあるものではなくて。
子どもを寝かしつけるような、優しいぬくもり。
「たいちょーさんの意気地なし」
布団を口元まで引き上げて、私はそう言ってしまった。
こんなに好きなのに、隊長さんはわかってくれない。
身体だけの関係から始まったって、私は別にいいって言っているのに。
それとも、いつかは好きになってほしいっていう下心に気づいているから、こういう対応なのかな。
望み薄、なのかな。
ああもう、身体は熱いし隊長さんは優しいだけだし、泣きたくなってきちゃったよ。
「午後は休め。使用人頭には俺から言っておく」
言いながら私の頭をなでる、優しい手。
最近はずっと、半径一メートル以内には近づいてこなかったのに。
あれですか。私が具合が悪いから、今は特別大サービス中なんですか。
体調が元通りになったら、またさわってくれなくなるんですか。
だったら私は、具合が悪いままでいい。
手を出してくれないのは不満だけど、距離を取られるのはもっと嫌。
お願い、隊長さん。私を拒絶しないでよ。