34:原因不明の体調不良に見舞われました

 隊長さんはそれから、私をあからさまに避けることだけはやめてくれた。
 でも、ぎこちなさはいまだ健在。
 部屋に行くと困ったような顔をするし、好きだと告げるとしかめっ面になる。
 触れないどころか、半径一メートル以内には近づかないという徹底ぶり。
 そこまでされると、私も絡みにくいわけで。
 自然と隊長さんの私室に遊びに行く回数は減っていった。

 このままでいい、なんて思っているわけじゃない。
 でも、しょうがないじゃないか。
 あんなにわかりやすく拒絶されて、どうやって近づけばいいっていうんだ。
 信じてくれないのは、私の性格や今までの言動のせいでもあるのかもしれない。
 それなら、私は少しずつ少しずつ、信頼関係を築いていくしかない。
 いつか、隊長さんが私の言葉を信じてくれるように。

 ……けっこうつらいんだけどね、この状況。
 とはいえ、顔を合わせれば世間話には付き合ってくれるだけ、避けられるよりはまだマシ。
 大切にしたいとか言われたし、好意は持たれているほうなんだと思う。
 恋愛感情なのかどうかは、わからないけど。
 なんとなく生殺しのような、そんな毎日。

 変化は、唐突に訪れた。



 その日は朝からなんだか身体がだるくて、仕事に身が入らなかった。
 指示を出されても一回言われただけじゃ理解できなかったり。
 仕事中だっていうのにぼんやりしちゃって手が止まったり。
 動くのもなんだかつらくて、何度か転びそうになったりした。

 それでもなんとかお昼の休憩時間になって、私は隊長さんの私室を目指した。
 なぜだか無性に、隊長さんに会いたかった。
 ううん、会わなきゃいけないような、そんな気がしていた。
 最近の隊長さんは、休憩時間にも部屋にいるとはかぎらない。
 でも、私は他に隊長さんがいるところを知らない。
 執務室に突撃をかませるほど、厚かましくはないのです。
 少しでも会える可能性がある場所に行くしか、今の私にはできない。

 一歩一歩と隊長さんの部屋に近づく。
 その足取りは、すれ違う人の反応を見るに、かなり危なっかしいものなのかもしれない。
 頭がぼんやりとして、足が床についている感覚も薄くなってくる。
 身体がぽかぽかとあたたかいような、むしろ今すぐ服を脱ぎたいくらいに暑いような。
 思いっきり、体調不良だなぁ。
 私はどこか他人事のようにそう思った。

「たいちょ〜……」

 ノックもする気力もなく、私は隊長さんの私室に倒れ込むように入った。
 隊長さんが目を丸くしているのが、うっすらと見える。

「どうした?」

 隊長さんがあわてて駆け寄ってきて、でも、私の二歩前くらいで止まる。
 それが悲しくて、私は自分から隊長さんの胸に飛び込んだ。
 いつもなら避けられたかもしれないけど、今の私の様子のおかしさに、隊長さんも気づいたんだろう。
 ふらふらしていたから、支えたほうがいいと思ったのかもしれない。

「身体が、熱いんです」

 言いながら、私は隊長さんに身を寄せる。
 布越しに伝わる、私よりも低い体温が気持ちいい。
 ずっとこうしていられたらいいのに。

「熱があるのか?」

 隊長さんは私を支えながら、首に触れる。
 ゾワッとして。私は身体を震わせる。
 くすぐったいとか、そんな生やさしいものじゃなかった。
 そう、言うなれば……快感。

「熱いな」

 隊長さんの言葉に、そうか、首で熱を計っているのか、と遅まきながら気づいた。
 太い血管のあるところだから、額よりも正確だって聞いたことがあったような。

「もっとさわってください」

 私はそう言って隊長さんを見上げた。
 隊長さんが驚いたような顔をして、それからだんだんと苦々しい表情になっていくのを、私はぼんやりと眺めた。
 さわってくれないのかな、隊長さん。
 すっごく気持ちがいいのに。

「お前な……」
「ひゃっ!」

 首筋を指がなぞっていく。
 ぞわぞわして、立っているのもつらいくらい。
 隊長さんにもたれかかるようにしてバランスを取る。
 太くてガサガサとした指が、鎖骨に触れる。
 腰を支えているだけの腕にすら反応してしまう。
 元から具合が悪くて呼吸が浅かったけど、今はもっと呼吸が乱れていた。
 ああ、私、感じているんだ。
 どこかでそう納得する自分がいる。

 おかしいな、いつもはこれくらいじゃここまでならないはずなのに。
 媚薬でも飲んじゃったんじゃないかってくらいの反応だ。
 欲求不満なのかな、私。

「まったく、お前はどれだけ俺の忍耐力を試せば気がすむんだ」

 隊長さんのため息が、かすかに耳をくすぐる。
 それだけでも変な気分になってくるんだから、本格的に私はおかしいのかもしれない。
 困らせているのは、わかっている。
 でも、隊長さんが好きだっていう感情と、隊長さんにさわってほしいっていう欲求は、どうにもできないんだ。

「そんなつもり、ないです」
「ああ、そうだったな。お前はただ気持ちよくなりたいだけか」

 忍耐力を試しているんじゃない。思ったことを素直に言っただけ。
 なのに隊長さんはそんなひどいことを言う。
 違うんだよ隊長さん。誰だっていいわけじゃないんだよ。

「エッチな子みたいに言わないでください〜」
「違うのか?」
「うう、否定できない……」

 そりゃあまあ、気持ちいいことは好きだって思う。
 誰だってそれは一緒なんじゃないかな。違うのかな?

「とりあえず、座れ」

 隊長さんは私を支えたまま、ソファーまで連れて行ってくれる。
 ソファーに座って一息ついてから、私は首をかしげる。

「むしろベッドじゃないんですか?」
「……俺の理性がもたない」

 隊長さんなら、酔った私を眠らせてくれたように、ベッドに運びそうなものなのに。
 そう思って聞いてみると、しかめっ面のまま隊長さんは言った。
 いいのに、理性なんてもたなくても。
 一緒に寝れば、この具合の悪さもどうでもよくなってくれそうなのに。
 もちろん“一緒に寝る”は要深読みですよ。

 隊長さんは私の首やあごをさわったり、脈を計ったり、目を覗き込んだりする。
 触れられるたびにドキドキするし、ざわざわする。
 全身が性感帯になったみたいに、気持ちよすぎて身体が過剰反応をする。
 嬌声みたいなものが出そうになるし、だんだんと身体に力が入らなくなっていく。

「具合が悪いわけではないようだな。何か変なものでも食べたのか、精霊の客人特有のものか」
「出されたものしか食べてませんよう……」

 そう答えながら、私は目の前に膝をついている隊長さんにもたれかかった。
 熱くて熱くて仕方がない。
 隊長さんに触れてほしいって、全身が訴えているみたいだ。

「隊長さん、さわって」

 耳元でささやくと、隊長さんはぴくりと身体を震わせた。

「これ以上は歯止めが利かなくなる」
「歯止めなんて利かなくっていいんです」
「抱かないと言っただろう」
「そんなの無視しちゃってください」

 私の言葉に、隊長さんは深く長いため息を吐く。
 それから急に抱き上げられて、私は目が回ってしまった。
 視界が元に戻ったときには、ベッドの上。
 え、マジで理性がぶっ飛んだ? 色仕掛け成功?
 うれしいようなビックリしたような気持ちを持て余していると、隊長さんは私に布団をかけた。
 ……ん? 寝かしに入ってないか?

「おとなしくしておけ」

 ぽんぽん、と隊長さんの手のひらが頭に降ってくる。
 それはどう考えても、色気のあるものではなくて。
 子どもを寝かしつけるような、優しいぬくもり。

「たいちょーさんの意気地なし」

 布団を口元まで引き上げて、私はそう言ってしまった。
 こんなに好きなのに、隊長さんはわかってくれない。
 身体だけの関係から始まったって、私は別にいいって言っているのに。
 それとも、いつかは好きになってほしいっていう下心に気づいているから、こういう対応なのかな。
 望み薄、なのかな。
 ああもう、身体は熱いし隊長さんは優しいだけだし、泣きたくなってきちゃったよ。

「午後は休め。使用人頭には俺から言っておく」

 言いながら私の頭をなでる、優しい手。
 最近はずっと、半径一メートル以内には近づいてこなかったのに。
 あれですか。私が具合が悪いから、今は特別大サービス中なんですか。
 体調が元通りになったら、またさわってくれなくなるんですか。
 だったら私は、具合が悪いままでいい。
 手を出してくれないのは不満だけど、距離を取られるのはもっと嫌。


 お願い、隊長さん。私を拒絶しないでよ。



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