18:オブラートに包み忘れちゃいました

 異世界生活七日目。とはいっても一日目は夜だけだったんですが、まあそこはいいとして。

「ねえねえ愛人ちゃん、オレとイイコトしませんか〜?」

 毎日のように訪ねてくるこの万年発情期男をどうにかしてくれませんかね。
 ここは隊長さんの部屋の応接室のほう。小隊長さんを寝室に入れるわけにはいかない。
 厄介なことに、小隊長さんは本人不在のときでもこの部屋に入っていい許可をもらっているんだそうだ。
 私の服をそろえてくれたりと恩もあるから、無下にもできない。
 だからこうして、応接室で顔を合わせることになってしまう。
 愛人ちゃんって愛称はもう確定しちゃっているんだね。

「隊長さんより上手でドノーマルなプレイなら小指の爪の先くらいは考えます!」

 とはいっても私もやられてばかりじゃないけどね。
 しっかりと言い返しますよ、ええ。
 冗談だとわかっていながらも警戒心も一応は持っておきます。
 ほら、男の人は嫌いじゃなければ寝れるって言うから。

「あれ、もしかしてオレって嫌われてる? 悲しいなぁ」
「嫌ってはないです。ぶっちゃけて言うなら隊長さんのほうが好みってだけで」

 キラキラしいイケメンは好みから外れる。
 やっぱり隊長さんみたいな男くささがないとね!

「うわー、はっきり言うな〜」

 小隊長さんは明るく笑い飛ばす。
 なぜかはわからないけれど、私が何かを言うたびに小隊長さんはよく笑う。
 笑わせているんじゃなくて、笑われているんだろうけど。
 小隊長さんの笑いのツボが謎だ。
 日本のお笑い番組とか見ちゃったら、笑い死にするんじゃないかな。なんてわりと本気で思う。

「でも、隊長って怖くない? 顔はたしかにいいけどさ」

 緑色の瞳をくりっとさせて、小隊長さんはそんなことを言った。
 顔がいいってあなたが言うと、嫌味に聞こえますよ。

「怖くないですよ。すっごーく優しいです」

 私は手を広げて隊長さんがどのくらい優しいのかを表現する。
 一昨日なんて、頭なでて慰めてくれたんだよ。あれ、初心な子だったら落ちててもおかしくないよね。

「あ〜、なんか愛人ちゃんには甘いよねぇ隊長。やっぱ愛人だから?」
「しつれーです! 隊長は私にだけ優しいわけじゃないです!」
「あははっ、失礼なのそっちなんだ」

 残念なことだけど、隊長さんは私のことを特別扱いしてくれているわけじゃないと思う。
 私に優しいのは、隊長さんが元々優しいから。
 それと、私に対して負い目があるからだ。
 気にすることなんてないのにね。真面目だからしょうがないのかな。

「隊長の強面に怯まないなんてめずらしいな〜。まあ、クールで素敵、っていうお嬢さん方も多いけどね」

 やっぱりモテるのか、隊長さん。
 そりゃあそうだよねぇ、あんなにイケメンなんだし。
 モテるはモテるけど、顔の怖さで損もしている感じなのかな。
 小隊長さんみたいな愛想は皆無だもんね、隊長さんは。

「強面……はたしかに、そうなんだけど。やっぱり怖くはないです」

 一般的には、怖い顔なんだろうなぁっていうのはわかる。
 でも、私はそれを怖いとは感じなくなっていた。
 この一週間近く隊長さんと接してきて、隊長さんのことを理解してきているというのも大きいのかもしれない。
 何を考えているのかがわかれば、怖さなんてどこかに行ってしまう。
 隊長さんだって、ちゃんと血の通っている一人の人間で。
 顔は怖いけど優しくて誠実で、当人が気にしなくてもいいって言っているのにずっと罪悪感を持っているような人。
 理不尽なことで怒ったり、手を上げたりってことは、隊長さんは絶対にしない。
 そう知っているから、怖がる必要がないんだ。

「隊長、基本無表情でしょ。だから氷の第五師団隊長とか言われてたりするんだよ」
「そのまんますぎませんか!?」
「こういうネーミングはそのままのほうが覚えやすいでしょ」
「そういう問題……?」

 なんだか中二病っぽいような……いやいや、中二病にしてはひねりが足りないかな。
 凍氷の、とか、氷獄の、とか。中二病っていうのはそのくらいじゃないとね。

「話がずれてきてるから戻そっか。愛人ちゃんは隊長のこと、ちょびっとも怖くないの?」
「ちょびっとも怖くないです!」

 私は元気よく断言した。
 思いっきり怖い顔されると謝りたくなっちゃうけど、それだって条件反射的なもので、怖いからっていうのとはちょっと違う。

「へ〜、案外お似合いなのかもね、隊長と君」

 小隊長さんは感心したみたいにうんうんとうなずく。

「えー、隊長さんの隣にいたら私、よくて引き立て役にしかなりませんよ」

 平均よりはかわいいほうだと思っているんだけど、私は美女でも美少女でもない。
 美形の隊長さんと並んでお似合いってことはないだろう。
 あれだ。現代日本だと、街とか歩いてるときに「あのカップル、釣り合ってないよね」とか言われちゃうレベル。

「引き立て役って、普通同性じゃない?」
「そういうものですか?」
「たぶんね」

 そう小隊長さんは言うけど、どうなんだろう、実際のところ。
 女性が男性の、男性が女性の引き立て役になることだってあると思うんだけどな。
 まあ別にどっちでもいいけどね。

「じゃあ、小隊長さんは隊長さんにも負けない美形なのでよかったですね。私の好みからはちょっとばかし外れますが」
「ほんっとはっきり言うよね」

 小隊長さんは苦笑をこぼす。
 最初から言ってるじゃないか、隊長さんのほうが好みだって。
 今さら今さら。

「正直者なのは私の数少ない長所なので!」

 元の世界では、そこもあんたの残念なところの一つだよね、と言われたことがあったけど。
 正直者っていうのは悪いことなんかじゃないはず。
 少なくとも嘘つきよりはいいじゃないか!
 嘘つきを目の前にしているものだから、余計にそう思う。

「おもしろいのも長所の一つじゃないかな」
「褒めてるように聞こえませんよ、それ」
「褒めてる褒めてる」

 小隊長さんのその言葉はものすごく嘘くさい響きがあった。
 ここ数日話をしていて、小隊長さんの性格もだいたいわかってきた。
 基本、ノリが軽い。ついでに尻も軽い。
 おもしろいものが好きみたいで、私のことをかまってくるけど、それは好意とかそういったたぐいのものなんかじゃない。
 誤解を恐れずに表現するなら、捨て猫を興味本位につつくみたいな、そんなノリ。
 異世界人で隊長さんしか頼る人のいない私は、小隊長さんから見たら捨て猫みたいなものなんだろう。

「小隊長さんの言葉って軽く聞こえますね」
「ひ、ひっど〜……」

 小隊長さんは傷ついたような顔をしたけど、やっぱりわざとらしく見える。
 本当は傷ついてなんていないんだろうね。
 不真面目なところは私にそっくりだけど、小隊長さんは相当の食わせ者だと思うよ。


 ああ、癒しが……隊長さんが欲しいです……。



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