ハッピーエンドになりたくないのか、とあなたは問いかけました。
まだ眠っていてほしいだなんて、まさかヒーローが言うとは思っていなかったのです。
ヒーローはヒロインを助けるもの。例外はありますが、どの物語でもほとんどがそうでした。
ヒロインを目覚めさせなければ、ハッピーエンドにはなりません。
つまり、ヒーロー自身がハッピーエンドになる邪魔をしているということになります。
こんなおかしなことがあるものなのでしょうか。
「おもしろいことを言うね。ハッピーエンドになりたくない人なんているのかな?」
ヒーローはのんびりとした笑みを浮かべて、逆に問いかけてきました。
その笑みからは感情が読み取れず、あなたは困惑します。
ハッピーエンドになりたくない人はいないだろう、とあなたは思っていました。
けれど、あなたからすると、このヒーローはそれに該当するように見えるのです。
あなたはどう答えればいいのか悩み、結局何も言うことはできませんでした。
「誰から見てもハッピーエンドだと言えるような物語って、どんなものだろうね」
ヒーローはあなたから視線を外し、ヒロインを見下ろしながらそう言います。
ヒロインにささやきかけるような優しい声。
誰が見てもハッピーエンドの物語。
それはやはり、めでたしめでたし、で終わらせられるような物語でしょう。
あなたが目指しているハッピーエンドとは、まさにそういったものです。
読んでいて思わず笑みがこぼれてしまうような、しあわせをおすそわけしてもらえるような、そんなお話。
もちろんバッドエンドの話が悪いわけではありません。泣けるような話も必要なことはあるでしょう。
それと同じように、笑顔になりたいときに読めるような話も必要というだけのこと。
本当に、読んだ人全員がハッピーエンドだと感じる話というのは、もしかしたらないのかもしれません。
それでも、そんなお話を目指すことはいくらでもできるのです。
「君にも色々と考えはあるんだろうけどね。君にとってのハッピーエンドを、俺に押しつけないでもらいたいんだ」
ちらり、とこちらを見て、ヒーローはため息混じりに言いました。
その口調には呆れのようなものが含まれていました。
あなたはむっとしながらも、どういうことだ、と尋ねます。
「俺は、俺にとってのハッピーエンドを迎えたいんだ。そのために、タイミングを計ってる。そのことで君に文句を言われる筋合いはないよ。だって、これは俺とこの子の物語なんだから」
ヒーローは思っていた以上に頑なです。
自分の中に、確固たるものを持っているのです。
あなたはあきらめの念がわいてくるのを感じました。
きっとこのヒーローは、彼が一番いいと思ったタイミングでヒロインを起こすでしょう。
まだその時ではない、というだけで。
それならば、どれだけ遅くなったとしてもハッピーエンドにはなるのです。
多少時間はかかりますが、ハッピーエンドになるのならそれでいいのではないかと思えてきました。
「何をしにきたのかはわからないけど、骨折り損だったね。ご愁傷さま」
いちいち人の神経を逆なでするような物言いをするヒーローに、あなたはあきらめのため息をつきました。
彼はきっと、ヒロインと二人きりのところを邪魔したあなたのことを、敵と見なしているのです。
そんな状態で、あなたの言うことを聞こうとするはずがありません。
もう何を言ったところで無駄なのだ、と悟ってしまいました。
あなたはこの物語を放置することに決めました。
ヒーローのしたいようにさせてみよう、と思ったのです。
それでハッピーエンドが迎えられるならよし。もしもいつまで経ってもハッピーエンドにならなければ、その時にまた介入すればいいのです。
去る前に、あなたはヒーローに向かって言いました。
時間がかかってもいいから、必ずヒロインを目覚めさせてやってほしい。
二人のしあわせを願っている、と。
「大丈夫、約束するよ。ちゃんと起こすし、ちゃんとしあわせになる」
彼の言葉にとりあえずは安心し、あなたはその物語から帰還しました。
この物語が、一日も早くハッピーエンドを迎えられることを、願いながら。