靴を忘れていった客人の物語
http://sky.geocities.jp/koinokagi/zakka
 あなたは最善の策を選び取るために考え込みます。
 なるべく物語の展開の方向性を変えることなく、ハッピーエンドへと導ければ、それが一番いいのです。
 そうして、あなたは考えつきました。
 すぐさまそれを実行するために、あなたは二人の前に姿を現しました。

「誰だ」

 急に現れたあなたに、ヒーローは厳しい視線を向けてきます。警戒しているのでしょう。
 自分は怪しい者ではない、ただの魔法使いだと答えます。
 先ほどの話を少し聞いてしまったのだけれど、人探しをしているのならよい考えがあります、と。
 ガラスの靴というものは特別で、魔法がかかっているのです。
 持ち主にしか履けないから、充分探すための手がかりになるでしょう。そう話しました。

 ヒーローはあなたの言葉を鵜呑みにはせず、疑いを隠さないしかめっ面をしています。
 もちろん、ガラスの靴に持ち主にしか履けない魔法がかかっているというのは真っ赤な嘘でした。魔法がかかっていないからこそ、ガラスの靴は十二時を過ぎてもヒーローの手元に残ったのですから。
 けれど、嘘も方便です。物語を正常に進行させるための嘘なら、あなたはいくらでもつくことができます。
 それにあなたは、嘘を真実にする力を持っています。
 彼の持つガラスの靴を履ける人物を、あとでこっそり限定しておけばいいのです。
 物語の管理人にはその程度のことは朝飯前でした。

「ミルト、お前はどう思う」

 ヒーローは後ろにいた従者に尋ねます。
 気配を消しているのか存在感の薄い従者は、あなたに対してそれほど警戒していないようです。
 もしくは、警戒を悟らせないだけの余裕があるのかもしれません。
 やる気のなさそうなぼんやりした男にしか見えませんが、王子の従者をしているのですから、きっとやり手なのでしょう。

「まあ、こんな怪しい人の言葉を信じるのは癪ですが、一理ありますね」

 従者は面倒くさそうな表情を崩さないまま、そう答えました。
 どうでもいいからさっさとこの茶番を終わらせてほしい、という彼の思いが伝わってくるようでした。

「いいですか、隊長。物語には、こういう展開になった場合、こうすれば、こういう結果になる、というセオリーがあります。お約束や王道なんて言い換えもできますね。この場合、ガラスの靴を使って持ち主を探し当てるのは、セオリーに当たります。お約束は、破られないからこそお約束と呼ばれるんです」
「そういうものなのか」

 次々と吐き出される言葉の数々に、ヒーローは勢いに押され気味です。
 従者はあなたよりもよっぽど口がうまいようです。

「はい。ですから、さっさとお触れを出して、ガラスの靴の主を探しに行きましょう」

 ニッコリ、と笑って従者は話を終えました。
 ヒーローの片思いの女性を探すのに飽き飽きしていたのでしょう。
 さっさと終わらせてほしいのだと、その笑顔は告げています。

「……お前がそこまで言うなら、試してみる価値はあるかもしれない」

 ヒーローは一つうなずき、結論を出しました。
 あなたはほっと胸をなで下ろします。
 これでこの物語はハッピーエンドへと向かうでしょう。

「一応、礼を言っておこう」

 ちらりとあなたに視線を送り、ヒーローは言いました。
 あなたは、礼に及ぶようなことは何もしていません、と微笑みを返します。
 事実、あなたはただこの物語をハッピーエンドにしたかっただけ。
 それはあなたの義務であり責務です。そして、権利でもありました。
 自らが望んでやっているのですから、礼を言われるようなことではないのです。

 城へと戻っていく二人が見えなくなるまで、あなたは見つめ続けていました。
 それからすぐに、物語の管理人の力を使って、ガラスの靴を限定的な物にします。
 魔法がかかっているのだと思わせられるように、ヒロインと同じ靴のサイズの人が履こうとしたら、ひとりでに逃げ出すようにしました。
 きっとそれを見たヒーローは、あの強面に驚きの表情を浮かべるのでしょう。
 想像すると、少し愉快な気持ちになれました。

 城を見上げながら、あなたは自然と微笑みを浮かべていました。
 もう、大丈夫。この物語はハッピーエンドを迎えられる。
 そんな確信があなたにはありました。
 あとは、ハッピーエンドまでの道のりを見守るだけです。
 ハッピーエンドを喜んでくれる人がいる限り、あなたはこの責務を放棄しようとは思わないのでした。




「お触れは聞いていますね? この靴がぴったりあう女性を探しているんです」
「は、はい……じゃあ一応、試してみましょうか」
「この前も思ったけど、王子って顔怖いわね」
「しっ、聞こえてしまいますお姉さま」
「お二人ともあわないようですね。この家に他に若い女性はいますか?」
「えーっと……どうしようか、ハニーナ。サクラを王子の前に出して、何か問題起こされたら困るわよね」
「でも、嘘をつくわけにもいきませんよ」
「うきゃあ!!」
「……サクラ、何してんの?」
「えーと、盗み聞きしてました、てへ」
「お前は……」
「違います、初対面です! 私に王子さまのお妃さまとか無理ですから!!」
「と、当人はおっしゃってますが、特徴は一致するようですね」
「どう見ても彼女だ」
「違いますってばー!」
「そこまで言うなら、靴を履いてみろ」
「うぐぐ……」
「あ、ぴったりですね。おめでとーございます」
「やっと見つけたぞ。もう逃がさないからな」
「必死な隊長さんも格好いい……。わかりましたよ、覚悟決めました。王子妃だってなんだって、やってやれないことはないですよね!」
「案外、向いていると思うぞ」




 パスワードその3「g」


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