あなたはこの物語をハッピーエンドにする、手っ取り早い方法を思いつきました。
それは、今この場にヒロインを呼び寄せてしまうこと。
元の物語からはだいぶ逸脱してしまいますが、すでにヒーローの行動というか考え方がずれているのです。
予定どおりに動いてくれないヒーローのせいということにしておきましょう。
姿を隠したまま、物語に干渉する力を使います。
家にいるヒロインを、城の前に移動。
力は正常に働き、あなたの視線の先、ヒーローと従者のすぐ傍にヒロインが現れました。
三人ともしばし沈黙します。固まっていると言ったほうが正しいかもしれません。
「へっ!? あ、あれ? ここどこ……? って、隊長さん!? な、なんでこんなところにいるんですか!」
ようやく我に返ったヒロインが、驚きの声を発します。
ずいぶんと間の抜けた反応に、ヒーローはため息をつきました。
「……それは俺の台詞だ。いきなり目の前に現れたのはお前のほうだろう」
「え、えええ!? 私、さっきまで普通にお掃除してたはずなんですけど。ここ、お城の前? あれれ〜?」
ヒロインはかなり混乱しているようです。
それもそうでしょう。誰だって一瞬でまったく違うところに移動していたら、驚くものです。
思考の操作をすることもできましたが、あまり好ましい方法ではありません。
とりあえず、再会さえしてしまえば物語はハッピーエンドへ向けて転がり出すはずです。
「探す手間が省けましたね」
「そういう問題か……?」
あっさりと現実を受け止める従者とは逆に、ヒーローは納得がいかない様子です。
ヒーローは生真面目な性格のようですから当然かもしれません。
「というか、私、いつもの格好なんですけど……! うきゃ〜! これは恥ずかしいっ!」
悲鳴を上げて逃げようとしたヒロインを、ヒーローはすかさずつかまえました。
それはもう、がっしりと。絶対に逃がしてなるものかとばかりに。
「……えーと、あの、隊長さん。できれば放していただきたいのですが」
「それは聞けない。どれだけ探したと思っているんだ」
「そ、それは、ご苦労をおかけしてしまったようで」
へこへことした対応をしながらも、ヒロインはヒーローの手から逃れようとしています。
早々にあきらめればいいのにとあなたは思いますが、そうもいかないのでしょう。
「だから、もう逃げるな」
「私、こんな格好で王子さまの前にいられるほど面の皮厚くないんですけど!」
「気にするほどひどくもない。どうしてもと言うなら、着替えはこちらで用意する」
「なんですかその金持ち発言! 鼻持ちならない!」
「王子だからな」
「そうなんですけど、そうなんですけど……!」
どちらも引かない言い合いは続きます。
いまだ混乱気味のヒロインと、すでに冷静さを取り戻しているヒーローでは、最初から勝敗は決しているように思えました。
「好きな女に何度も逃げられる身にもなってくれ」
「……隊長さん、ずるい」
必死な様子のヒーローの言葉が、琴線に触れるものだったのでしょう。
ヒロインはしおらしく顔を赤らめます。
あれだけ激しかった抵抗もピタリとやみました。
ヒーローは安堵のため息をついて、腕をつかんでいた手を離します。
そのままヒロインの手を取って、手の甲に口づけを落としました。
「もう逃がさない。ずっと傍にいてくれ」
ヒロインをしっかりと見つめながら、ヒーローはそう告げました。
この上なく真剣で、熱のこもった声音です。
聞いていて恥ずかしくなってくるほど情熱的な愛の言葉です。
すぐ近くで見ているのにまったく顔色を変えない従者を、あなたは尊敬したくなりました。
「は〜……わかりました、女は度胸ですもんね。王子妃だってなんだってやってやろうじゃないですか!」
「期待している」
やる気を燃やすヒロインに、ヒーローはわずかに笑みをこぼしました。
それはとても甘く、愛情にあふれたもので。
これからの二人の幸福を象徴するようなものに、あなたには見えました。
きっと、ヒロインさえいれば、ヒーローはずっとこんなふうに笑っていられるのだと、そう思いました。
そのためにヒーローはヒロインを探し、捕まえました。
これから二人は自分たちの幸福のために道を切り開いていくのでしょう。
「やる気があるのはいいことです。隊長と結婚するにはまず、礼儀作法全般を叩き込まないと」
「……ちょっとばかし逃げたくなりました」
「逃がさないからな」
「わ、わかってますよ! 言ってみただけです」
「とりあえず、城に戻りましょう」
「私も、ですか?」
「当然だろう」
「は〜い」
城へと戻っていく人影を眺めながら、あなたは微笑みます。
二人の未来を祝う気持ちで胸がいっぱいでした。
もう何も心配はいりません。
ハッピーエンドは約束されているのですから。