なんの反応も示さないヒーローに、あなたはだんだんどうにでもなれという気分になってきました。
ヤケになった思考で、一番簡単な解決策を思いつきます。
ヒーローがどうにもならないのなら、もうヒロインを目覚めさせてしまおう、と。
今のヒーローには、ヒロインの声しか届かないだろうと思ってのことです。
だいぶ元の物語からは逸脱してしまいますが、この場合は致し方ないでしょう。
役目を果たそうとしないヒーローが悪いのだということにしておきます。
誰にも気取られないよう姿を隠し、物語の管理人の力を使って物語に干渉します。
ヒロインの目が覚めるように。
力は正常に働き、硬く閉じられていたヒロインのまぶたがゆっくりと開いていきます。
何にも反応しなかったヒーローは、その様子を凝視していました。
「ジル。……どうしたんですか、ジル?」
目を覚ましたヒロインは、不思議そうにヒーローを見上げます。
それだけヒーローはひどい顔をしていたのです。
「エス……テル……?」
「そうですよ。大丈夫ですか?」
棺から上体を起こし、ヒロインは彼の頬にそっと触れます。
ヒーローはまだ放心しているようでした。
それでも少しずつ、瞳に理性が戻ってきています。
「え、な……だって、さっきまで……」
「死にかけていましたね。ジルがキスしてくれたんじゃないんですか?」
「キス……?」
子どものように、ことりとヒーローは首をかしげます。
あなたはため息をつきたくなりました。
本当にこのヒーローは、自分が何をしなければならなかったのか、かけらもわかってはいなかったのです。
「ジル、本当に大丈夫ですか? これはそういうお話でしょう?」
「……ああ、そっか、すっかり忘れてた」
「忘れてたって、キスしなかったんですか? じゃあどうして目覚めたんでしょう」
「そんなことどうでもいい」
そう言うが早いか、ヒーローはヒロインをぎゅっと抱きしめました。
死の象徴である棺から引きずり出し、ヒロインがつぶれるんじゃないかと心配になるほど強く強く。
「っ……ジル! 小人たちが見てます!」
「小人たちの前でキスをする予定だったんだから、これくらいどうってことないよ」
「わたしは恥ずかしいです!」
ヒロインは腕の中から逃れようとしますが、ヒーローがそれを許すはずもありません。
腕の力はますます強くなっていっているように見えました。
そんな二人に、小人たちはやれやれといったふうに視線を交わし合いながら苦笑しました。
「私たちは先に小屋に戻っている」
「目に毒だからな」
「……はぁ」
「絵になりますね〜」
「ま、とりあえず起きてよかったよ」
「とっておきのご馳走を作っておくわね」
「がんばってね、エシィちゃん」
七人の小人は、口々に二人に声をかけてから、その場を去りました。
呆れている小人や、落ち込んでいる小人、にこにこしている小人など様々でしたが、みんな二人のしあわせを願っていることは一緒なのでしょう。
ヒロインは小さな声で「え、ちょっと待ってください、置いていかないで」なんて言っていましたが、誰も耳を貸したりはしませんでした。
だって、なんだかんだでヒロインも、ヒーローのことが好きなのですから。
「ほら、もう二人きりだよ。これで恥ずかしくないね」
「そんな、ちょ、ジル……っ」
文句を言おうとするヒロインの口を、ヒーローは自分の口でふさいでしまいます。
ヒロインは抵抗しようとしているのですが、大の男に敵うはずもありません。
ヒーローの服をぎゅっとつかむ手を見ると、本当に抵抗するつもりがあるのかどうかも、怪しいところではありますが。
「もっとエステルを感じさせて。生きてるんだって、ここにいるんだって、僕に教えて」
長いキスを終え、ヒーローはヒロインに切に訴えかけます。
ヒーローにとって、ヒロインのいない世界に意味などないのでしょう。
世界の中心を失っては、生きてはいけないのでしょう。
そうとわかる声音と、表情。
全身で愛を語りかけるヒーローに、ヒロインは顔を赤らめます。
「……もう、甘えん坊ですね、ジルベルトは」
仕方のない人だ、と言うようにヒロインは笑みをこぼします。
その声がとても甘やかで愛にあふれていることに、彼女は気づいていないようでした。
何はともあれ、これはまぎれもないハッピーエンドでしょう。
無理やり感はありますが、あなたはひとまず満足しました。
達成感を胸に、あなたはこの物語から立ち去ることにしました。
二人が末永くしあわせであるように、と願いながら。