リンゴの毒に倒れた星の物語
http://sky.geocities.jp/koinokagi/zakka
 なんの反応も示さないヒーローに、どうにか話を聞いてもらわなければなりません。
 考えた末に、あなたは一芝居打つことにしました。
 死んだように眠るヒロインにキスをするふりをしようと思ったのです。
 こんなになるほどにヒロインのことが好きなのですから、何かしらのアクションは起こすでしょう。
 嘘も方便、ふりだって方便です。

 早速、あなたはヒーローの目の前で、見せつけるようにキスをしようとしました。
 ゆっくりとヒロインに顔を近づけていくあなたに、小人たちも騒ぎます。
 早く反応してくれ、と願っていると、空気が変わった気配がしました。
 ガンッ、という音と共に、頭に衝撃が走ります。
 あなたは勢い余って地面に倒れ込みました。
 痛む頭を押さえながら顔だけ上げると、ヒーローが氷点下のまなざしであなたを見下ろしていました。

「何をしようとしていたの」

 氷柱のように冷たく鋭い声に、あなたは息を飲みます。
 冷静に考えれば物語の管理人であるあなたのほうが立場的にも力的にも上です。
 けれどそんなことは関係なく、純粋に恐ろしさを感じさせるものが、彼にはありました。
 ヒーローの手には、腰から下げていたはずの剣が握られています。どうやら剣の鞘で殴られたようです。それは痛いのも当然です。

「僕以外がエステルに触れるなんて、許さない」

 何も言えずにいたあなたに、低く小さく、けれど不思議と響く声で、ヒーローは言います。
 少しでも不審な真似をすれば、すぐにでもその剣で真っ二つにされてしまいそうな雰囲気です。
 あなたはまず、深呼吸をして息を整えます。
 ここでヒーローに押し負けてしまってはいけません。
 どうにかこちらのペースに話を持っていかなければいけないのです。
 予想外の痛みは伴いましたが、ヒーローを現実に呼び戻すことには成功しました。
 今のヒーローに話を聞くだけの余裕があるのかは、試してみなければわかりません。

 キスをしないことにはヒロインは目覚めない。
 ヒーローがキスをしないから、代わりにキスをしようと思った。
 あなたの偽りの弁解に、ヒーローはきつく睨み据えてきます。

「エステルに触れていいのは僕だけだ」

 それなら早くキスをすればいい。
 そうすれば、この物語はハッピーエンドとなるのだから。
 ヒーローはあなたの言葉を聞いて、何度も目をぱちぱちとさせました。
 キスをすればいいという至極簡単なことすら、頭から抜けていたのでしょう。
 それだけヒロインが倒れたことが衝撃だったのでしょうが、少し間抜けなように思えます。

「……そっか。どうして忘れていたんだろう」

 ヒーローはそう独り言のようにこぼすと、眠るヒロインのすぐ横に腰を下ろします。
 もうあなたのことなど見えてはいないようでした。
 ヒロインが中心に世界が回っているらしい彼に振り回されてばかりです。
 それでも、無事にハッピーエンドを迎えられそうなのですから、よしとしましょう。

「エステル。今、起こしてあげる」

 ヒーローは優しく語りかけると、ヒロインの唇にキスを落としました。
 あなたの役割はこれで終わりです。
 これ以上ここにいては、物語の邪魔になってしまいます。
 ヒロインの目がゆっくりと開かれていくのを確認して、あなたは物語から帰還しました。

 どうか、もうヒーローがあんな抜け殻のようにはならないように。
 二人が末永くしあわせでいられるように、と願いながら。




「あれ……ジル?」
「うん、エステル」
「……どうしてわたしは外で寝ていたんでしょうか」
「覚えていないの?」
「……ああ、そうでした、思い出しました」
「よかった、エステルが目覚めて」
「もう、ジルったら。泣かないでください。大丈夫だとわかっていたはずでしょう」
「そんなの、目の前で倒れられたら何も考えられなかったよ。また失うんだ、って絶望した」
「大丈夫ですよ、わたしはずっと傍にいますから」
「傍にいて、エステル。エステルがいないと僕は生きていけない」
「まったく、駄目な人ですね」
「そうだよ、僕はエステルがいないと駄目なんだ」
「……それを、少しうれしいと感じてしまうわたしも、駄目ですね」
「エステルは駄目なんかじゃない」
「駄目なんですよ。ジルにはわたしだけなんて言わず、もっと欲張ってもらわないと」
「エステルの全部が欲しいっていうのは、欲張りなんじゃないかな」
「そんなの、とっくに全部あなたのものですよ、ジルベルト」




 パスワードその2「g」


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