三幕 早くお嫁さんにして

 雲ひとつない快晴。絶好のガーデンパーティー日和と言っていい。
 この国ではどこの家もガーデンパーティーを開いて四季折々の花を愛でる。そこは時には情報交換の場にもなる。
 貴族、商人、家同士のつながりのある人から、子どもの学友まで。招待客は特に身分にこだわることなく歓談に時を過ごす。
 本日のガーデンパーティーの主催は、卿家フルスラウト。通称フルス家は、リーヴ家とも縁が深い。
 その縁はこれからさらに深まっていくことだろう。

「まるで花の精のようだね」

 リーヴ家よりもあとからやってきたルイスは、私の髪に飾られているバラの生花を見てそう褒めてくれた。
 同じガーデンパーティーに出席する際、以前は家まで迎えに来てくれることも多かった。
 けれどここ最近はルイスが常に時間に追われているため、私のほうから断り、お互い家族と共に参加するようになった。
 会場に行けばこうして会えるし、ルイスは必ず私との時間を作ってくれるのだ。
 移動時間での語らいも好きだったけれど、彼のためを思えば、あまりわがままも言っていられない。

「ありがとう、姉さまたちとお揃いなの」
「カナが白、エレが赤にニーナがピンクか。みんなよく似合ってる」

 少し離れたところにいる姉二人に目を向けて、ルイスは微笑む。
 その瞳を私だけに向けてほしい、なんて思ってしまうわがままな心に気づかれないよう、私も同じ方向を見る。
 上の姉、カンナ姉さまは夫と一緒にフルス家のご当主様とお話をしていた。
 下の姉のエレナ姉さまは、フルス家の嫡男と二人きりで、丸テーブルを囲んで楽しそうにお茶をしていた。

「ルーの顔がゆるんでいるね。最近は頻繁に顔を合わせているだろうに」
「エレナ姉さまもいつも以上に笑顔が輝いているわ」
「遠くから見ているだけでもあてられそうだ」

 エレナ姉さまと、フルス家の嫡男ルーク義兄さま。
 仲睦まじい婚約者同士の姿に、私とルイスはくすくすと笑ってしまう。
 二年前に婚約発表をした二人だけれど、こうして人前でわかりやすく甘い空気を放出するようになったのは、つい最近のことだ。
 いったいどんな心境の変化があったのか。
 二年前にはすでに想い合ってはいたはずだから、何かしらのすれ違いがあったのかもしれない。
 心からの笑みを浮かべる姉さまを見て、私もしあわせな気持ちになった。

「もうじきか」

 その言葉が何を指しているのか、もちろん私はよく知っていた。
 義兄さまとエレナ姉さまの結婚のことだ。
 式は春の終わりに執り行う。一年も前から準備していて、最近は両家とも特に忙しかった。
 まだ細かいあれこれは残っているけれど、私にできることは少なくて、あとは当日を待つばかり。
 儀式の会場となるフルス家は、義兄さまを含めまだまだ忙しいはずだ。
 現に、フルス家でガーデンパーティーが開かれる頻度は減っている。本音を言えば結婚式の準備に集中したいところなのだろうけれど、付き合いがある以上はそうもいかないのかもしれない。
 姉さまとの語らいで少しでも気分転換ができればいいのだけど。

「エレナ姉さまね、義兄さまに恋をしたのがバラの季節だから、バラが咲いている時期に結婚したかったんですって」

 ここだけの話だというように、声をひそめて内緒話をした。
 これは婚約者本人にも教えていない事実だそうだ。素直じゃないところのあるエレナ姉さまらしい。
 ルイスならおもしろがって広めることはない。信頼しているというよりも、そう理解していた。

「なるほど、エレも意外と乙女なんだね」
「不思議なことにこだわるわよね。私なら、いつでもルイスに恋をしているから、どの季節でも大丈夫よ」
「かわいいことを言うね、ニーナは」

 ふふっと笑みをこぼすルイスは、照れることもなく、ただ穏やかな表情のままで。
 予想はしていたけれど、もう少し違う反応をしてくれてもいいじゃない、と文句を言いたくなってしまう。
 どの季節でも大丈夫、とは、いつでも結婚できる、という意味だ。
 それは、少しでも早く結婚したい、という意味も含んでいるのだと、ルイスなら当然気づいているはずなのに。
 あたたかな気持ちで満たされていた心に、とたんに影が落ちる。

「……私、本気よ」
「知っているよ」

 本当だろうか。婚約者の言葉を疑ってしまう自分が嫌で、でも、どうにもならない。
 ルイスは優しくて誠実な人だ。私はそれを誰よりも知っている。
 なのに、どうして、かわされている、なんて思ってしまうんだろう。

「わ、私、エレナ姉さまに花冠をもらうわ。いい、のよね?」

 婚姻の儀で花嫁の頭を飾る花冠。それは特別な理由がない限りは、両親がその日のために祝福を込めて手製する。
 そして、それは式の最後で、次に花嫁になるだろう女性に渡される。
 私はずっと、花冠が欲しかった。
 いつか、そう遠くないいつか、ルイスと結婚できるんだと、誰かに保証してもらいたかった。

「もちろんだよ。どうしてそんなことを聞くんだい?」

 心底不思議そうな様子で、ルイスは尋ねてくる。
 どうしてって、だって、あなたが。
 そんな優しい目で、優しいだけの目で、私を見るから。

「る、ルイスは……」

――本当に、私と結婚する気が、あるの?

 もしも否定されたら泣いてしまいそうで、問いは喉の奥でつっかえた。
 不自然に言葉を途切れさせてしまった私は、気を張り詰めたままルイスを見つめることしかできない。

「……ニーナ」

 はぁ、というため息に苛立ちを感じ取り、私は身体を震わせる。
 困らせた? 呆れられた? ……嫌われた?
 悪い方向にばかり思考が巡る。

「そんな目で、見ないで」

 ルイスは私から視線をそらして、そう言った。
 いつも私に甘い彼にはめずらしく、本気で困ったような声で。
 その衝撃を言葉に表すことはできない。
 私は、ルイスを好きだという目をしていたはずだ。
 ルイスに愛を乞う目をしていたはずだ。
 それが、彼にとっては、わずらわしいものでしかなかったらしい。

「ごめん、なさい……」

 声が、震える。
 少しでも気を抜けば涙がこぼれてしまいそうだ。
 私は乱れそうになる呼吸を整えることだけを意識した。
 知りたくなんて、なかった。
 いつかは想いを返してくれるかもしれないと、切なくも甘い夢に浸っていたかった。
 ルイスは、私の想いを、望んでいない。
 きっと最初から、彼にとって、私は、女じゃなかった。

 ルイスにとって、私の告白は。
 妹のような存在の、かわいいわがままと、同じだった?
 ルイスはずっと。昔も、今も。
 妹に甘い兄として、私に付き合っていただけだった?

 おねがい、と。早くお嫁さんにして、と。
 そう、ねだればいいんだろうか。
 おねがい、と言えば必ず叶えてくれた。
 まるで魔法の言葉のようだった。
 でも、その魔法にも限界というものはあるんだろう。

 おねがい、ルイス。
 妹ではなく、一人の女として、私を愛して。

 本当に叶えてほしいおねがいは、きっと、口にしたところで――



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