07:いつもと違う誕生日プレゼント

 誕生日パーティーは、思っていた以上に豪華なものだった。
 ケーキ屋で売っていそうなきれいなフルーツタルトが出てきたり、クリスマスに食べるような大きなチキンが出てきたり。
 クリームたっぷりのケーキよりも、タルトやパイが好き。牛肉や豚肉より鶏肉が一番好き。
 さすが、長い付き合いだけあって、伯母さんは私の好みをよくわかっていた。
 いつもよりも少し早く帰ってきた伯父さんも祝ってくれて、二人からの誕生日プレゼントにと、夏まで着れそうなカーディガンを贈ってくれた。
 浅い緑色のカーディガンはさわやかで甘すぎず、私好みのデザインだった。
 みんなで談笑しながらごちそうを食べて、楽しい時間はあっというまに過ぎていった。



 食事のあとにお風呂にも入って、部屋に引き上げて。
 それから恒例となった報告会のために、季人の部屋を訪れた。

「ということで、攻略対象に祝われちゃったよ」

 今日の朝に起きたことを話して、そうしめくくる。
 花園さんが私の誕生日を知っていたのは、本当に予想外だった。
 それを、ちょうど教室にいた桜木ハルに見られて、便乗とばかりに祝われたことも。
 桜木ハルの中では私は、クラスメイト以上友だち未満くらいの立ち位置にいるんだろうから、誕生日を知って祝わないという選択肢はなかったんだろう。むしろ彼なら赤の他人だろうと、おめでとうと言いそうだ。

「うーん、イベントかどうか、微妙なところだね」

 季人は苦笑しながらそう言った。
 微妙、か。
 祝われる=イベント、というわけではないのかな?

「桜木ハルの好感度は今どのくらい?」
「通常のままだよ。まあ、桜木ハルは初期値が高いし、好感度が下がる機会が少ないから、いつ微笑みマークになってもおかしくないけど」

 季人の答えに、私は腕組みをしてうーんとうなり声を上げた。
 好感度が七段階のマークでしかわからないのは少々厄介だ。
 たとえば好感度の最高値が100だったとして、だいたい14刻み。13も違えばだいぶ違うだろうに、マークは変わらない。
 ゲームをプレイしていた人は、もっと詳細な数値が知りたいとは思わなかったんだろうか。
 まあ、今私が文句を言ったところで、どうにかなるようなことでもないんだけども。

「誕生日イベントってどういうものだったの?」

 まずはそれを知らなければ、今回のことがイベントだったのかもわからない。
 ベッドの上で隣に座っている季人を見上げて、問いかけた。

「まず、前提として、プレイヤーキャラの誕生日は最初に選べるんだ。でも、ゲームの期間が十ヶ月とちょっとだから、誕生日によってはゲーム中じゃないこともある。それに、期間中でも咲姫がそうなように、四月とかだと好感度が足りなくてイベントが起きない。だからたいてい、期間の中盤くらいの二学期に設定する人が多かったよ」

 すらすらと、カンペでも持っているかのように季人は語る。いつも思うけれど、よくそれだけのことを覚えていられるものだ。
 誕生日が選べるのは、一年近く期間のあるゲームならよくあることかもしれない。
 パズルゲームくらいしか普段やらない私には、友だちに聞いたことがある情報でしか判断できないけれど。

「イベントは二種類あって、好感度が微笑みか笑顔だと、おめでとうって言ってくれるだけ。ポ顔状態だと、プレゼントをくれる。プレゼントはアクセサリーや身につけられるもので、くれたキャラとのデートのときにそれをつけていくと、服装判定と同じで短い会話があって、好感度が上がるんだ」

 つまり、プレイヤーキャラの誕生日イベントは好感度という変数によって分岐するイベントらしい。
 好感度が通常以下だった場合は発生せず、微笑み以上でノーマルイベント、最高のポ顔だとベストイベント、といったところだろうか。
 というか、すごいな。そのイベントだけで終わらずに、使えるアイテムまでゲットできるなんて。
 そういうのって普通なんだろうか。乙女ゲームをプレイしたことのない私にはわからない。
 過去、乙女ゲームが好きな友だちの話をもっと真面目に聞いておけばよかったと、最近はよく思う。

「それじゃあ、プレイヤーがそのプレゼントを欲しがるのも当然だね」

 季人が言ったように、『恋花』にはデート時に服装判定というものがある。
 服装はキャラごとに好みがあって、嫌いなタイプの服装でデートに行くと好感度が下がってしまうらしい。
 アクセサリーをつけていくと、服装判定で『自分の贈ったものを身につけてもらえている』と判定されるということか。
 もらったアクセサリーをつけていくだけでその心配がないのなら、誰だってプレゼントを狙うだろう。
 誕生日を中盤に持っていく人が多かったのは、目当てのキャラに確実にプレゼントをもらうためなんじゃないだろうか。
 ゲーム後半にしてたくさんのキャラからもらうのも手だろうけど、後半だともらったところでデートできる回数が限られ、使える機会が少なくなる。だから中盤が狙いどころなんだ。

 なるほど、みんなよく考えている。
 乙女ゲームといえども、合理的な思考が必要なところはパズルゲームと似ていると言えなくもない。
 落としゲーと落ちゲー。ジャンル名も似ていることだしね。ってこれは関係ないか。

「今回の場合は、桜木ハルは咲姫の誕生日を知らなかったわけだから、微笑み状態のときのイベントともまた違うね。でも、同じようなものなのかな」

 口元に手をやって考え込む季人。
 恋花というゲームを知っていても、現実との違いはどうやったって出てくるものなんだろう。
 そこをどう解釈するかは、私たち次第といったところか。

「どうなんだろ? イベントじゃないといいんだけど」
「まあ、もしイベントだったとしても、プレイヤーキャラの誕生日イベント自体に好感度上昇はないはずだから安心してよ」
「そうなんだ。ならいっか」

 笑顔を見せる季人に、私はほっとして息をついた。
 イベント自体できることなら避けたいものだけど、もう起きてしまったものはどうにもできない。
 もしあれがイベントだったとしても、好感度が上がらなかったのならまあよしとしよう。
 イベントじゃないなら万々歳なんだけどね。確かめようがないなら、あきらめも肝心ということで。

「それにしても、咲姫ももう十七歳かぁ。子どもが大きくなるのは早いね」

 いきなり話題を変えて、季人は私の頭をぽんぽんと軽くなでた。
 優しい手つきは不快なものではなかったけれど、その言葉には思いっきり顔をしかめた。
 子どもとか、子どもとか、子どもとか!
 たしかに十八歳未満は法律上では児童だとはいえ、高校二年生に使う言葉だろうか。

「四つしか違わないのに、そういうこと言う?」

 睨みつけるように季人を見上げた。
 女性の平均身長よりも低い私は、男性の平均身長よりも高い季人と並んでいると、座っていても少し目線の高さが違う。
 季人、今は何センチあるって言ってたっけ。まあ今は関係ないけれど。
 身長差すら、私が子どもだって証明されているようで、腹が立ってくる。

「四つも違えば全然違うよ。精神年齢はもっと違うし」
「前世の分を換算するのはずるい」

 前世で季人が何歳まで生きたのかは聞いていないけれど、乙女ゲームなんてものをやっていたならきっと高校生以上ではあったんだろう。
 それを足せば、実年齢の倍かそれ以上の精神年齢となってしまう。
 今まで特に違和感を覚えなかったように、季人は少し大人びたところもありつつ、普通に大学生らしい大学生だ。
 だというのに、前世を持ち出してくるのは卑怯すぎる。

「そう? でもやっぱり四つの差は大きいと思うな。同じ大学にも通えないしね」

 季人が留年すれば通える、と屁理屈を言おうかとも思ったけれど、やめておいた。そういうことが言いたいわけじゃないのは、さすがにわかっていたから。
 学生時代の年の差は、たしかに大きいんだろう。
 たった一歳の差があるだけで先輩と呼ばなければいけないし。
 実際、先輩というのは同い年とは違って見えるものだ。

「子ども扱いしないで」

 むう、と私は頬をむくれさせた。
 そういう反応自体が子どもっぽい自覚は、多少はあった。
 でも、腹が立つものは腹が立つ。

「そう言っている間は、子どもだよ」

 くすくすと季人は笑う。
 私は不愉快な思いをしているというのに、何がおもしろいんだか。
 季人の持つ余裕さは、たまに癪にさわる。

「ゆっくり大きくなればいいんだよ、咲姫は」

 季人は穏やかな声でそう言って、私が首から下げているペンダントを手に取った。
 それは今日、季人からプレゼントされたもの。
 翡翠の原石をかたいワイヤーで巻いて固定した、ワイヤーアートのペンダントトップ。
 ペンダントなら、本を読むのに邪魔にならないでしょ? と言った季人は、本当に私のことをよくわかっている。指輪やブレスレットだったらきっと身につけなかっただろう。
 普段身を飾る機会なんてそんなにないから、今日一日くらいは、と誕生日パーティーのときからずっと身につけている。
 一応これでも女子なわけで、アクセサリーをまったく持っていないわけではない。
 でも、季人にアクセサリーをプレゼントされたのは初めてで、なんだか変な感じがする。むずがゆいというか、落ち着かないというか。
 ペンダントトップをなぞる指を目で追いながら、そんな居心地の悪さに私は肩をすくめさせた。

「ちゃんと、待ってるから」

 別に、季人に待ってもらわなくても、私はいつか大人になる。
 たしかにまだ、大人とは言いきれないけれど。
 十八になれば児童ではなくなるし、二十になればお酒も飲める。
 待ってもらう必要なんて、ない。
 そう思ったものの、結局何も言わずに、私は季人を見上げた。


 きれいな緑混じりの焦がれ色が、私を優しく映していた。



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