「他にはどんな人が話を書いてるの?」
どうやって萩満月の方向へと話を持っていこうかと思案し、そう話を振ってみる。
たしか萩満月は小説家志望だと、季人から聞いた情報にあった。
小説家になりたいなら小説を書いてるよね、普通に考えれば。
「部長さん副部長さんとか、三年生が多いかなぁ。あ、でも今年入ってきた一年生にもいるよ。ほら、体育祭のときの子とか」
「えっと……なんて言う子だっけ」
体育祭のときの子、というのは萩満月のことだろう。あの応援事件は今思い出しても冷や汗が流れそうだ。
名前どころかそれ以上のことももちろん知っていたけれど、すっとぼけてみせた。
倉橋さんのほうから彼を話題に出してくれて助かった。
これなら、私が気になっていることも聞けるかもしれない。
「萩満月くん。あの子、すごいきれいな文章書くんだよ! なんだかどんどん引き込まれていっちゃうの」
「すごいんだね、萩くん」
「うん、でもそれだけじゃなくて、いい子なんだよ。こんな素敵なお話書けるなんてすごいねって褒めたら、そう感じ取れる先輩がすごいんですよ、って言ってくれたの!」
「……へえ」
テンション高く萩満月のことを話す倉橋さんに、私は少し驚く。
倉橋さんがおとなしいだけの子じゃないことは前から知っていた。だから驚いているのはそこじゃなく、倉橋さんと萩満月との思っていた以上の仲のよさだ。
体育祭のときはそれどころではなかったから気づかなかったけれど、倉橋さんと萩満月は、同じ部活の先輩後輩というだけではないような気がしてくる。
これは、もしかしたらもしかするのではないだろうか。
季人の持ってきた情報の、『同じ部活の女子に片思いしている男子』が萩満月だと仮定した場合。
その相手が倉橋さんである可能性は、低くはないのかもしれない。
思わず真顔になってしまいそうになるのを耐えて、微笑みを維持する。
まだ、決定的な情報は得られていない。もっと倉橋さんの話をよく聞かなければ。
「あのはにかんだ表情、かわいかったな。母性本能がくすぐられる感じ」
ふふふ、と倉橋さんは機嫌よさそうに笑う。
たった一つしか違わない男子に対して、母性本能と来るか。
たしかに萩満月は外見的にも性格的にも男らしいとは言いがたいし、おどおどとした様子は小動物や草食動物を思わせる。
私なんかは、もっとしゃっきりせんかい、と思ってしまうけれど。
倉橋さんにとっては「かわいい」の一言ですませられてしまうんだろう。
好きな人からそう思われているのは若干かわいそうだ。まだ確定はしていないが。
「倉橋さんはその子と仲がいいの?」
仮説が正しいのかどうか、確かめないといけない。
もし、萩満月が倉橋さんに片思いしているのだとしたら、一応は警戒対象から外れる。
警戒対象が一人減るだけでも、だいぶ気は楽になるだろう。
だからといって、文芸部に入部するほどまでには思いきれないけれど。
私の問いかけに、倉橋さんは「うーん」と声をもらしつつ、微笑をこぼす。
「悪くはないと思う。書いた作品、一番に読んでくださいって言われるし」
「懐かれてるんだね」
私は笑みを返しながら、季人から聞いていた萩満月の情報を思い出す。
萩満月は、ゲームでは好感度は上がりやすいが、下校時やデートやら、自分から誘ってくることは少ないのだそうだ。
それだけひかえめなキャラということなんだろう。
その、積極性の欠片もなさそうな萩満月のほうから、倉橋さんに近づいていっている。
これは、ほぼ間違いないような気がしてきた。
もう一つの根拠は、一ヶ月近く前の、体育祭での応援事件。
あの時は周囲の様子にまで注意を払う余裕がなかったけれど、倉橋さんに応援された萩満月が、顔を真っ赤にしていたことは覚えている。
もしかしたらあれは、大声で応援されたことが恥ずかしかったのではなく、他でもない倉橋さんに応援されたことに照れていたのかもしれない。
好きな人にがんばってなんて言われたら、うれしいだろうし照れるだろう。
それが、あの時の萩満月の挙動不審につながるのだとしたら……。
「萩くんのこと、気になるの?」
倉橋さんの声に、私は現実に思考を戻す。
危ない危ない、変な誤解をされそうになっているじゃないか。
私の平穏のためにも、萩満月のためにも、ここははっきり否定しておかねば。
「倉橋さんと仲がよさそうで、うらやましいなって」
私はにっこりと笑って、そう言った。
とってつけたようになってしまったけど、嘘は言っていない。
倉橋さんともっと仲良くなりたいのは本当だ。
「〜〜っ、立花さん! ううん、咲姫ちゃんって呼んでいい!?」
倉橋さんはかわいらしく頬を赤らめて、私の手を取った。
いきなりぎゅっと握られた手に少しだけ目を丸くしてから、私も握り返す。
名前呼びは、距離が近くなった証。
もっと仲良くなりたい、と倉橋さんも思ってくれているということ。
「いいよ。私も弥生ちゃんって呼んでいいかな?」
「弥生ちゃんでも弥生っちでもやっぴーでもなんでもいいよ!」
「やっぴーは、呼ぶたび笑っちゃいそうだね」
言いながら、思わずくすくす笑ってしまう。
最近は季人や伯父さん伯母さんにしか呼ばれていなかった名前を、これからは学校でも聞けるのだと思うと、なんだかくすぐったい。
やっぴーとは呼べないけれど、私も親しみを込めて彼女の名前を呼ぼう。
また一歩縮まった距離に、私の心はあたたかくなった。
ちなみに、季人には次の休み時間にメールを送っておいた。
あのあとにも弥生ちゃんから、萩満月以外の新入部員が、一人は幽霊部員で一人はひょうきんなタイプらしいという情報もゲットしたのだ。
つまりは、季人の予想どおりだったというわけ。
『片思いしているのは萩満月でほぼ確定。萩満月の好きな相手が弥生ちゃんの可能性高し。どうやら懐かれている模様』
とりあえず、わかったことの報告。
情報収集の結果は上々だと言ってもいいだろう。
返事はすぐに返ってきた。
『了解。仲良くなったんだね』
そのメールをしばらくじっと眺めたのち、静かに携帯を閉じる。
たぶん、今の私の頬は微妙に赤くなっていることだろう。
「……あれだけで気づいちゃうんだから」
目敏いというか、細かいというか。
呼び方が変わったことくらい、スルーしてくれてもいいのに。
わざと指摘するなんて、やっぱり季人は意地悪だ。
季人がどんな表情を浮かべながらメールを打ったのか、容易に想像できてしまって。
不機嫌そうな顔を作りつつも、それは持続できそうになかった。