――前向きでいいね。うん、がんばれ。三人とも、質問に答えてくれてどうもありがとう。じゃあ、元の世界に戻そうか。
「ああ、頼むわ」
響く声に美幸は答える。
質問が終わったなら、もうここにいる理由はない。
結局、何がしたくて美幸たちがここに喚ばれたのかはわからないままだが。
ただの物語の登場人物である自分たちが知るべきことではないのかもしれない。
「そうですね。帰ればまた、お見合いが待っているんでしょうが……」
「お見合いぃ?」
思わず美幸は素っ頓狂な声を出してしまった。
リートは苦笑しながらうなずく。
その表情には、あきらめと疲労がにじみ出ていた。
「はい、僕がアリーシャに袖にされたことを、領民のみなさんが心配してくださって。手紙が来なくなった頃から、お見合いをしないかという話は出ていたんですが、僕が断っていたんです。こういうことになってしまったので、断る理由も見つからずに。最近は毎日のように女性が訪ねてきています。……少し、憂鬱です」
吐かれたため息は、重々しいものだった。
たしかに、失恋してすぐに連日見合いというのは、きついものがあるだろう。
当分、恋なんてしたくないと思っても不思議ではないのに。
貴族であれば跡継ぎ問題などもあるから、そうもいかないのかもしれないけれど。
お節介というか、ありがた迷惑というか。
頼むからもう少し、リートをそっとしておいてあげてほしい。
「リー、大変?」
「ええ、まあ。大変と言えば大変ですね」
「じゃあ、私がついていこうか?」
「……え?」
唐突なミーウェルミルシーの言葉に、リートは目を瞬かせた。
当然、美幸も驚いた。むしろ理解が追いつかなかった。
「偽装結婚、的な。リー、お見合いしなくていい。私は来世までの暇つぶしができる。一挙両得?」
「そんな、何を考えているんですか! 暇つぶしだなんて、そのような考え方で決めていいことではありません」
整った顔に険しい表情を乗せ、リートはミーウェルミルシーを諫める。
リートの気持ちは美幸にも理解できた。
ミーウェルミルシーは、単なる思いつきでそう言ったように、ノリが軽いのだ。
違う世界に、それどころか違う物語に行くことを、まるで、ちょっと旅行に行ってくる、というように。
それでは反対したくなるのもうなずける。
「リーは私に、今世も幸福になれればいいって言ったよね」
「ええ、たしかに言いましたが……」
「だから、しあわせになるために協力してくれないかな」
相変わらず、ミーウェルミルシーの声は平坦で、感情が読み取れない。
頼んでいるのはミーウェルミルシーのほうだというのに、なぜか態度が大きい。
このままではリートは押し負けそうだ。
というか二人とも、ここに美幸もいることを忘れていないだろうか。
美幸の存在を無視して交わされる会話に、邪魔をしないように気配を消すことしかできない。
どういう帰結になってもいいから、早く終わってくれ、と思わなくもない。
「それはやぶさかではありませんが、なぜ偽装結婚という発想になるのですか」
厳しい表情のまま、リートは責めるような声音で問いかける。
ミーウェルミルシーはそんなリートに手を伸ばした。
頬に指を滑らせ、目尻を親指でなぞる。
そうして、リートの瞳を覗き込んで、微笑んだ。
初めて見る彼女の笑顔だった。
「きれいな空色の瞳。スーと、おんなじ色」
どうやら、スーカリオスラークの瞳の色も、青だったらしい。
そういえば、質問が始まる前、ミーウェルミルシーはリートの顔を食い入るように見ていたような気がする。
青い瞳というのは、美幸の生まれた日本ではめずらしいけれど、外国ではよくある色だった。トリップ先の異世界ではそれこそありふれていた色だ。きっとリートの世界でも同じ。
ミーウェルミルシーの住む世界では、めずらしい色なんだろうか。
それとも、そんな少しの共通点にすら反応してしまうほど、スーカリオスラークを求めているということなのか。
「リーは、私のしあわせを考えてくれた。スーみたいに。リーと一緒にいれば、きっと私はそれなりにしあわせになれると思う」
彼女は彼女なりに、自分のしあわせについて真剣に考えたということだろうか。
それなりに、というあたりが彼女らしいけれど。
スーカリオスラークがいないなら、彼女にとって他は些末なことなんだろう。
それでも、少しでもしあわせを感じられそうな場所にいたい。
そうして出た答えが、リートの傍、なのかもしれない。
「ですが、来世のことはどうなるのですか? スーさんと再会したいのでしょう?」
「大丈夫、魂は自分の物語を覚えてる。死んだら、私の魂は私の物語に還る」
美幸も不思議に思っていたことを、あっさりとミーウェルミルシーは解決する。
初めて知る事実に、美幸はもれそうになった感嘆の声を飲み込んだ。
本来なら、物語の登場人物が知っていていいことではないだろう。
それを当たり前のことのように口にできてしまうミーウェルミルシーの異端さに、改めて驚愕する。
さすがは、主人公最強というキーワードがついているだけはあるということか。
美幸がどれだけ欲しても手に入らなかった、『チート』を彼女は持っている。
「ダメ?」
そう小首をかしげるミーウェルミルシーはかわいいが、言っていることはつまり、押しかけ女房宣言だ。
リートが、助けてくれと言わんばかりの視線を美幸に投げかけてくる。
美幸はそれに、首を横に振って答える。
これはリートとミーウェルミルシー、二人の問題だ。
非情と思われようと、美幸は口を挟むつもりはなかった。
「……偽装結婚は、いけません」
一つため息をついてから、きっぱりとリートは言った。
断りの言葉、だろうか。
普通に考えたらそれが正しいだろう。
いくらエピローグ後とはいえ、別の物語は交わるべきではない。
大ざっぱな美幸やマイペースなミーウェルミルシーと違い、生真面目なリートなら余計にそう考えるはずだ。
「ですが、客人としてでしたら、歓迎いたします」
その答えに、美幸は思わず目を丸くした。
まさかそう来るとは思わなかった。
けれど、リートらしいとも言えるかもしれない。
きっとリートは、ミーウェルミルシーに情が移ったんだろう。
しあわせになることを義務のように語る彼女を、放っておけなかったんだろう。
「うん、とりあえずはそれでいい」
ふわり、とミーウェルミルシーは微笑んだ。
美少女然とした外見に似つかわしい、かわいらしく血の通った表情だった。