ガーデンパーティーが終わって、人のいなくなったシュア家の庭。
かたむき始めた日の光を浴びた草木は、キラキラと輝いているように見える。
きれいだな、と素直に称賛が浮かんでくる。
四季折々の花々が計算され尽くした配置で咲き誇り、花を引き立てるように生いしげる緑が目に優しい。
わたしの大好きな、誇りにすら思う、我が家の庭。
ぼんやりと眺めているだけで、心が満たされていくように感じる。
もっとも、そう感じるのが庭のおかげだけじゃないことも、わたしはもう知っている。
わたしの隣には今、ジルがいる。
ガーデンパーティーが終わっても帰らなかった、お客さま。
話がしたいと言ったのは彼のほうなのに、一向に口を開こうとしない。
だから二人でこうして、ベンチに座って庭を眺めているわけなんだけど。
一緒にいられるだけで、こんなに心が浮き立つだなんて、少し前だったら想像もできなかった。
庭がきれいに見えるのは、ジルが隣にいるからでもあるんだって、認めざるをえない。
気持ちを落ち着けるように、わたしは小さく息をつく。
ジルはわたしに話があると言った。
けれど二人きりになってからも、ジルは話し出そうとはしない。
それだけ話しにくいことなんだろうか。
一つ、思い至ることがないわけじゃなかった。
ちゃんと話すから、もう少し待っていて、と以前言われたことがある。
もしそれを今ここで、話すつもりなのだとしたら。
そしてその内容が、わたしの予想しているものなのだとしたら。
わたしから話を振ってあげたほうがいいのかもしれない。
「もうすぐジルの誕生日ですね」
まずは遠回しに、とわたしは話題を選ぶ。
ジルの誕生日まであと二週間もない。
庭に向けられていた視線がこちらを向き、ジルは苦笑を浮かべた。
「エステル、名前」
「……ジルベルト、の」
やっぱり、いまだに慣れない。
二人きりのときは、といつも思っているんだけれど。
十年以上も呼び続けていた呼称を変えるというのは、思っていたよりも難しかった。
「そうだね、祝ってくれる?」
話を戻したジルは、そう聞いてくる。
その言い方だとわたしがいつも祝ってないみたいだ。
毎年、誕生日当日やその前後の日に、おめでとうと言っている。
何か贈りものをしたことはほとんどないけれど、それは別に不義理でもなんでもない普通のことだ。
「毎年ちゃんと祝ってるじゃないですか」
「今年は、去年までとは違うからね」
くすりとジルは微笑んで、わたしの髪を一房手に取った。
その髪に軽く口づけられて、わたしは出そうになった悲鳴を飲み込む。
何が去年までと違うのか、わざとジルは行為で示したんだろう。
そうしてわたしが取り乱すのを見て、心底うれしそうな顔をするんだから、たちが悪い。
これくらいのことで動揺させられてしまうことに腹が立つけど、どうにもできない。
ジルを好きになってしまった時点で、わたしの負けなのかもしれない。
「いいですよ、わかりましたよ。たぶんジルが一番欲しいであろうものを、プレゼントします」
やけくそ気味のわたしの言葉は、的確にジルの不意をついたらしい。
ぽかん、とした半開きの口と見開かれた瞳。驚きすぎて時間が止まっているようだ。
少ししてからジルは首を横に振り、ため息をつく。
「……何を言っているか、わかってる?」
「わかっているつもりですが」
困惑した表情を浮かべているジルを、わたしは真正面から見つめる。
今、目をそらしてしまったら、負けてしまう。
ここが勝負どころ。
きちんと、伝えなければいけない。
「僕の一番欲しいものは、エステルだよ?」
「はい。ちゃんと、わかっています」
「気持ちだけじゃない。エステルの全部が欲しいんだよ」
「何度も言わせないでください」
わたしの決意を疑っているのか、ジルは言葉を重ねる。
そんなこと、とっくの昔から知っている。
恋愛というものは、プラトニックなままではいられない。
特に男性はそういった欲求が強い、ということもわたしは知識として知っていた。
「まだ待ってほしいって、言っていたのに」
たしかに、ジルを想いを通わせたそのあとに、わたしはそう言った。
けれど……。
「気が変わることだってありますよ」
わたしはしれっとした顔で告げる。
とたん、ジルは説明しがたい複雑な表情をした。
困っているような、泣き出しそうな、怒っているようにも見えなくもない。
どこか間の抜けているその顔を、なんだかかわいいと思ってしまった。
「エステルは、先回りするのが好きだね」
先回りなんてしたつもりはない。
ただ、自分のしたいようにしているだけだ。
こんなことはジル以外には言えない。
ジル相手だから、わたしは遠慮しないで好きなようにできる。
「……今日、僕の家に泊まる?」
それは遠回しで、けれど明確な、誘い文句だった。
うなずく代わりに、わたしは答えを口にした。
「嘘です」
「……え?」
すぐには意味が飲み込めなかったのか、ジルは思わずといったふうに声を上げる。
「だから、嘘なんです、全部」
申し訳ないな、と思いながらも、わたしは再度同じ言葉を告げる。
だんだんと理解が追いついてきたのか、面白いくらいにジルの表情がくずれていく。
自分の膝に肘をつき、手で顔を覆う。少し違うけれど、考える人のできあがりだ。
「……やられた。そっか、そっちでは四月一日か」
どういった理由によって嘘をついたのか、そこまでジルは察したようだ。
相変わらず、敏くて助かる。
一から説明をするのは面倒だなぁと思っていたところだった。
「そうみたいですよ。期待しましたか?」
「無様なほどにね」
ジルはそう応えて、ため息を一つ。
これではまるで自分が悪女みたいだ。
だましたことには違いないんだから、悪い女ではあるんだろうけれど。
「ごめんなさい。おわびと言ってはなんですが、誕生日にはちゃんとプレゼントしますから」
「楽しみにしておくよ……」
返ってくる声にはまるっきり覇気がない。
どうすればジルを元の調子に戻せるだろうか?
結局それから、名前を呼んだり好きだと告げたりと、わたしはジルの機嫌を取るのに大変な思いをするのでした。
エイプリルフールに七十七幕と偽ってアップしたものです。