この世界にも花言葉や石言葉というものがある。
それはほとんどの場合、前の世界と同じ意味を持つ。
なんでなんだろう、と初めのころは不思議に思ったものだった。
でも、世界が違っても人の考えることというのはあんまり変わりがないんだろう、と結論が出た。
色や形、性質が同じなら、花言葉も同じものになってもおかしくないのかもしれない、と。
ヒマワリも、前の世界と同じ花言葉を持つ花の一つだ。
『私の目はあなただけを見つめる』
他にもいくつもあるけど、今はその花言葉が頭の中を回っている。
「エステルは黄色い花が好きだったでしょ? だから、はい」
そう言ったジルが差し出してきたのは、小ぶりのヒマワリの花束。
たしかにわたしは黄色い花が好きだ。それをジルが知っているのも、今さらだから気にしない。
問題は、今が他家でのガーデンパーティー中で、招かれているだけのわたしに同じく招かれたはずのジルが花束を渡す、という行為そのものだった。
これがシュア家で開かれたガーデンパーティーだったならよかった。
客が花や菓子折りなんかを持って来るのはよくあることだから。
でも、今は違う。
ここはリーヴ家。ジルの行動は、主催者側への失礼に当たる。
「ジル、あのですね」
「――あら、きれいなお花ね」
苦言をこぼそうとしたわたしの声にかぶったのは、リーヴ家の次女、エレさんの声だった。
「こんにちは、エレさん」
「やあ、エレ」
「二人とも、今日は来てくれてありがとう」
社交辞令のような挨拶をしてから、エレさんは改めてジルの手にある花束に目を向ける。
わたしは内心で冷や汗をだらだらと流していた。
失礼を働いたのは、ジル。でも、ジルがわたしのためにこんなことをしたんなら、わたしにも責任があるように思えたのだ。
「それはエシィちゃんへのプレゼント?」
「そうだよ」
エレさんの問いかけに、ジルは少しの後ろめたさもないようにうなずく。
そんなジルの様子にエレさんは苦笑する。
「本当にジルはエシィちゃんしか見えていないのね」
「ダメかな?」
「ダメではないけど、エシィちゃんのことも考えてあげましょうね」
エレさんはそう言ってわたしに視線をよこす。
あたたかみのある新緑の瞳には気遣うような色しかなくて、わたしはそのことにほっとする。
「それもそうだね。ごめんね、エステル」
「……別に、わたしはかまいませんが」
今日の主催者側であるエレさんが気にしないというなら、わたしが言うことは何もない。
でも、ジルはもう少し反省するといいと思う。
謝っているのに、全然悪いと思っているように見えなかった。
「受け取ってくれる?」
ヒマワリの花束を差し出しながら、ジルは聞いてきた。
「受け取らないという選択肢はあるんですか?」
「ない、と言いたいところだけど。エステルの好きにしていいよ」
その言葉は、本心なのかもしれないけど、ずるいと思った。
受け取らなかったら、きっとジルは傷つく。
そうわかっているのに、受け取らないことなんて、できるはずがない。
「黄色い花は、好きですから」
ぶっきらぼうにそれだけ言って、わたしは花束を受け取った。
包装紙はなくて、オレンジのサテンのリボンで束ねられただけのヒマワリ。十センチ程度の大きさの花は、大輪のヒマワリよりもかわいさで勝る。
土の匂いがしそうな気がして、わたしは花に顔をうずめて息を吸う。
さわやかな夏の香りがした。
「今日の朝きれいに咲いていたから、どうしてもエステルに見せたかったんだ」
ジルは本当にうれしそうに笑う。
ただわたしが花を受け取っただけで。
世界中のしあわせを独り占めしたかのように、晴れやかに。
海の色の瞳は、水面が太陽の光を反射するように、きらきらと輝いていた。
どうしてこんな顔ができるんだろうか。
わたしはそんなにすごいことはしていないのに。
ジルはどうして、こんなにわたしのことが好きなんだろうか。
どうして、わたしのことしか見えていないんだろうか。
まるでヒマワリの花言葉のようだ。
切ないような、うれしいような気持ちになって、わたしは仏頂面を作る。
「受け取ってくれてありがとう、エステル」
どういたしまして、とわたしは小さな声で返す。
ありがとう、と本来言うべきなのはわたしのほうなのに。
素直にお礼を言えない自分が嫌になった。
エレさんはそんなわたしの心中を知っているかのように、くすくすと笑っていた。