その一 『優しいおばあさん』と『柿』と『ずっと』

 これは、電柱の僕と小鳥さんの、日常のお話。



 その子はいつも、かすかな羽音と、かわいいさえずりと共にやってくる。
 同じ場所から一歩も動けない僕に、彼女はいつも会いにきてくれる。
 きれいな黄緑色の翼を羽ばたかせて。



「電柱さん、電柱さん、こんにちは!」
「こんにちは、小鳥さん」

 僕から伸びる電線に止まった小鳥さんに、僕も挨拶を返す。
 三日ぶりに見たかわいらしい姿は、どこも変わりないようだ。
 好きなところへ飛んでいける自由な彼女が、僕の傍でひと時、羽を休めてくれる。
 その時間は僕にとって、何ものにも代えがたい宝物だった。
 
「今日はどんなお話を聞かせてくれるの?」

 僕は小鳥さんにそう問いかけた。
 彼女はいつも、飛んでいった先で見たものや聞いたものを、僕に話して聞かせてくれる。
 ここから見える景色以外知らない僕にとって、それはまるで空想の世界の物語のようで、とても興味深いものだった。

「今日はですね、いつものおばあさんのお話です」
「ああ、いつも枝にりんごを刺しておいてくれるおばあさん?」
「はい、そうです! あの優しくてかわいらしいおばあさんです!」

 小鳥さんはそのおばあさんのことが大好きなようで、いつもおばあさんの話をするときはさえずりがワントーン高い。
 そんなところもかわいらしくて、気持ちが和んでいく。

「おばあさんが、どうかしたの?」

 話を促すように、僕は尋ねてみた。
 話したくて仕方がなかったのだろう。小鳥さんは、それから怒濤の勢いで鳴き出した。

「おばあさん、今日は縁側でお茶を飲んでいたんです。わたしたちが飛んできたことに気がつくと、「たくさん食べなさいね」って笑って言ってくれました。りんごは甘酸っぱくておいしかったです!」

 小鳥さんは小さなくちばしを必死に動かして、話を聞かせてくれる。
 僕は食べ物を必要としないから、味というものはわからない。
 それでも、話を聞いているだけで、どれだけおいしかったのかが伝わってくるようだった。

「おばあさんの優しさは知っていますから、大丈夫かな、って縁側に降り立ったんです。そうしたら目元をしわだらけにして、にっこり笑ったんです。「特別だよ」って、小さく切った柿を出してくれました。熟していて本当に甘かったんです! そのあと結局、みんな集まってしまって、全然特別じゃなくなっちゃったんですけど……」

 最後、少しだけしょんぼりとした様子で、話は終わった。
 それでもいつもよりも元気に見えるし、そこまで気にしていないことは声の調子でわかる。
 小鳥さんは、くりっとした瞳をこちらに向けてくる。
 僕の反応を待っているのだろう。
 ここから見下ろすことのできる、一軒家の庭の、赤々と染まった楓を眺めながら、僕はなんて返そうか考える。

「おいしい果物を食べられてよかったね。特に柿は、旬だものね」
「はい! 秋の味覚を堪能できました!」

 小鳥さんの鳴き声がとても元気よく跳ね飛ぶ。
 それを聞いているだけで、僕も『おいしさ』というものを少しだけ理解できるような、そんな気がしてくる。
 小鳥さんは、僕の知らないものをたくさん知っている。
 そしてそれを、お話という形で、僕に惜しみなく分け与えてくれる。
 きっと小鳥さんはそのつもりなんてなくて、当然のようにそうしているのだろう。
 彼女からもらった感情や、感覚。それらが僕に、広い世界を感じさせてくれている。
 僕を僕として、存在させてくれている。

「おばあさんは、とても優しい人です。いつもニコニコしていて、本当に、本当に良い人なんです!」

 小鳥さんは語り出す。
 大好きなおばあさんのことを、もっと僕に知ってもらいたいとばかりに。

「おばあさんが優しいこと、わたしたちみんな知っています。わたしたちだけじゃありません。たまに遊びに来るお孫さんも、おばあさんによく懐いているんですよ。きっと、おばあさんのことがすごくすごーく大好きなんです!」

 まるで自分のことのように、うれしそうに明るい鳴き声を上げる。
 小鳥さんは本当におばあさんのことが大好きだ。
 話を聞いているだけで、それがすごく伝わってくる。
 小鳥さんがおばあさんのことを好きになるのは、当然のことだろう。
 優しくされたら、誰だってうれしい。優しくされたら、その人のことを好きになる。
 僕が、小鳥さんを大好きなように。

「優しい人のことは、みんなちゃんと見ているんだね。素敵なことだね」
「そうですね。優しくされたら、心があたたかくなります。心があたたかくなったことは、簡単には忘れられません。だから、優しくしてくれた人のことを、ずっと覚えています。ずっと、ずっとですよ」

 小鳥さんの言葉に、彼女と自分の違いを思い出す。
 彼女の『ずっと』は、僕の『ずっと』よりも、ずっとずっと短い。
 それでも、その短い『ずっと』を、小鳥さんはおばあさんのために使っている。
 うらやましいな、と僕は思ってしまった。
 小鳥さんの『ずっと』の中に、僕は入っているのだろうか。
 僕は、小鳥さんに優しくできているのだろうか。

「優しさは返したくなるよね」

 小鳥さんにたくさんもらっている優しさを、僕は少しでも返したい。
 そんな思いが自然とこぼれ落ちた。

「はい! だから、すぐ近くまで行ったんですよ。おばあさんは、わたしたちのことを見ると本当にうれしそうにしてくれますから。もっと喜んでほしいと思ったんです。結局、わたしたちのほうが喜ばせてもらっちゃいましたけど」
「おばあさんも、近くに来てくれたことがそれだけうれしかったんだよ」
「えへへ、だったらうれしいですね」

 小鳥さんは、かわいらしい鳴き声で喜びを表す。
 チュッチュとさえずる彼女に、僕のあるかないかわからない心が、優しくあたためられていく。
 小鳥さんがおばあさんのことをずっと覚えているように、僕も小鳥さんのことを忘れることはできないだろう。
 ずっと、ずっと。
 小鳥さんがここに来なくなっても。



 彼女が、いつかこの空よりも高く遠くへ、羽ばたいていってしまったとしても。






「冬の童話祭2014」参加作品です。

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