episode.8 死亡フラグ建築も魔王討伐のお約束

 いつものようにリクエストを受け、いつものように夕食を作る。
 いただきまーす、とエビチャーハンを食べ始めた勇者姉に、魔術師はじゃあ行ってくるねと声をかけた。

「あら、もう行っちゃうの?」

 勇者姉がそう尋ねたのも無理はない。
 いつもなら、魔術師は勇者姉が食べる様子を見ながら三食分の食器を洗うのだ。
 なのに今日は食器はそのまま放置で戻ろうとしている。
 まさか、今になって家事が嫌になってしまったのだろうか。
 魔術師に限ってそれはないと思いつつも、勇者姉は少しだけ不安になってしまった。
 不安になる場所が間違っているというツッコミは、もちろん誰も入れてくれない。

「うん、さすがに対魔王戦には貢献しておかないとね」
「あら、魔王と戦っていたの? それなら倒してからでもよかったのに」

 貢献だなんて言い方をする魔術師もひどいが、魔王戦を軽く流してしまえる勇者姉も勇者姉だ。
 しかも、倒してからすぐ来させるつもりでいることも、普通に考えたらおかしい。
 がんばってねの一言すらないあたり、突っ込むべきなのか勇者姉らしいと思うべきなのか。

「お腹をすかせたアーネリアを放ったまま、戦いになんて集中できないよ」
「マージユは優しいわねぇ」
「アーネリアだけにね」

 勇者姉宅のリビングに、ほのぼのとした空気が流れる。
 いや、集中しろよ! とか、そういう問題じゃねぇ! とか、この場に勇者がいたら盛大に突っ込んでくれたことだろう。しかし残念ながら現在勇者は魔王城にて魔王と交戦中だ。
 この二人はいつもこんな感じだ。勇者がいないとボケがボケのまま放置される。
 ボケは突っ込まれることによって真価を発揮する。つまり、ツッコミのいないボケはただの馬鹿。今の二人はただの馬鹿。
 ツッコミ不在とは、まことにゆゆしき事態なのである。

「アーネリア」
「なぁに?」

 転移魔法を発動させようとしていた魔術師は、ふと勇者姉を振り返る。
 名を呼ぶと、エビチャーハンに夢中になっていた勇者姉が口をもぐもぐさせたまま顔を上げた。

「もちろん魔王を倒したあともご飯は作りに来るけど、全部終えてユースと一緒に帰ってきたら、聞いてほしいことがあるんだ」

 魔王討伐を成し遂げたら、まずは国王の元へ報告に行かなければならない。騎士団長と聖女がいるため転移魔法は使えない。
 加えて、もし魔物の残党が残っているようであればそれも倒さなければならないため、イーナカ町に帰ってくるのにはそれなりの日数がかかるはずだ。
 律儀な、というか、勇者姉第一の魔術師は、どうやらその間も勇者姉に三食作ってあげるつもりらしい。
 そして、ちゃんと帰ってきたら勇者姉に何か言いたいことがある、と。
 毎日三回も帰ってきているのだから今さらな気もするが、魔術師なりのけじめなのだろう。

「かしこまってどうしたの? 今言えないこと?」
「うん、絶対に言うから、待ってて」
「私、知ってるわよ。そういうの、死亡フラグってやつよね」

 勇者姉は持っていたスプーンを立てて、得意げにそう言った。
 それはまるで、新しく知った言葉をすぐに使いたくなる子どものようで。
 かわいい、と魔術師は思わず微笑みをこぼした。

「僕が死ぬと思う?」
「思わないわ。マージユは世界一強いもの」

 魔術師の自信満々な問いに、勇者姉の即答が返ってくる。
 勇者姉と魔術師、ついでに勇者は、物心ついたころにはすでに仲良しだった。
 今は亡き勇者姉の両親が言うには、生まれたばかりの魔術師と顔合わせをしていたそうなので、もう魔術師の年齢と同程度の付き合いになる。
 魔術師は子どものころから魔力が高く、魔法の才にあふれていた。
 独学で魔法を覚えていく魔術師に、勇者姉はいつもすごいすごいと歓声を上げていた。
 だから、魔術師の強さは、勇者姉が誰よりもよく知っているのだ。

「でしょ? だから、心配しないで」

 にっこりと笑う魔術師に、勇者姉もつられて笑みを浮かべる。
 心配はいらない。そんなこと、二人が旅に出たときからちゃんとわかっていた。
 魔術師ならばどんな巨大な死亡フラグを建築しようとも、自身の魔法の力で跡形もなく崩壊させてしまうだろう。
 そのついでとばかりに、勇者や他のパーティーメンバーの死亡フラグすら折ってくれそうである。
 本気さえ出してくれれば、なんとも頼もしい魔術師だった。

 とはいえ、心配するのは待っている者の役目でもある。
 今まで勇者姉は、その役目を果たすために彼らのための防具を作ってきた。
 自分にできることはそれだけだ、と勇者姉は理解していたから。
 それなら、今も。
 必要ないかもしれなくとも、万全を尽くそうと思った。

「わかったわよ。でも、これは持って行って」

 勇者姉はスプーンを置き、胸ポケットに入れてあったものを取り出す。
 それを魔術師の手のひらに乗せると、彼は目を見開いた。

「これ……」

 一見、なんの変哲もないブレスレットだ。
 細い色とりどりの紐で編まれていて、キラキラとした水晶のビーズがそこかしこについている。男がつけていてもおかしくはないが、聖女が喜びそうなデザイン。
 けれど魔術師には、そのブレスレットに込められている、神の御業としか思えないステータスが見て取れた。
 すべての物理攻撃とすべての魔法攻撃の完全無効化、である。
 これほどゲームバランスを崩すものは他にはないだろう、というような装備だ。
 このブレスレットさえ身につけていれば、あとの防具はただのファッションになってしまう。なんなら葉っぱ一枚でも無問題である。

「セーナル泉の聖水で清めた紐で編んだの。わざわざ私が行ってきてあげたんだからね」
「もしかして、この前、お昼ご飯にお弁当作ってって言ったとき?」

 十日ほど前、一度だけ昼は来なくてもいいと言われたことがあった。
 気分転換に友だちとピクニックに行くから、お弁当を作ってほしい、と。
 出不精の勇者姉にしてはめずらしい、と訝しんだが、外に出る気になったのは喜ばしいことだと、はりきって豪華なお弁当を作った。
 セーナル泉まで行くにはそれなりに時間がかかる。瞬間移動のできない勇者姉が行ったのだとしたら、あの日以外にはありえない。

「よく覚えてるわね。そのとおりよ」

 なるほど、魔術師にはなぜこれほどのアクセサリーが作られたのか、だいたい理解できた。
 セーナル泉はこのあたりでも有名な、聖霊が多く集まる神聖な地である。
 そんな場所で、聖霊の祝福を受けた手で、紐に聖水を浴びせた。
 そうなれば、おもしろいもの好きの聖霊たちは、こぞって力を貸すだろう。
 聖水の力だけなら、きっと魔法攻撃軽減くらいだったはず。聖霊の気まぐれによって、これほどの逸品が生まれてしまった。
 まったく、聖霊には本当に困ったものだ。

 魔術師が勇者姉にかけてある結界魔法も、攻撃を無効化するという意味では効果は一緒だ。
 けれど、魔法の力と装備に付加される力は、根本的に違う。
 魔法には様々な制約があるのだ。その一つがタイムラグであり、決してすべての怪我を防ぐことはできないのである。
 対して装備は、その能力には絶対的な信頼が置ける。
 ステータスにすべての攻撃が無効と書かれているなら、完全に無効化されるのだ。例外はない。
 希代の魔術師が何年もかけて改良してきた魔法よりも強い装備を、勇者姉は作り上げてしまったのだ。

「……ありがとう、アーネリア。大事にするね」

 魔術師は手の中のブレスレットをきゅっと握り込む。
 インドア派の勇者姉が、わざわざ片道三時間以上もかかるセーナル泉まで行って、願掛けをしてくれたブレスレットだ。能力的には願掛けなどというかわいらしい表現は似つかわしくないが。
 これから最終決戦へと向かう魔術師にふさわしい装備であることはたしかである。

「貸して。つけてあげるわ」

 その言葉に魔術師は素直にブレスレットを勇者姉に渡した。
 ブレスレットが手首にかけられ、結ぶために伸びた紐がちょうちょ結びにされる。
 こうして、魔術師は今まで以上に最強となった。

「これで大丈夫ね。待っててあげるから、傷一つなく帰ってきなさいよ」
「うん、約束する」

 攻撃無効化の装備をしておきながら、どうやって傷を作ればいいというのか。
 魔術師は苦笑しながらもうなずきを返す。

「いってきます、アーネリア」
「いってらっしゃい、マージユ」

 勇者姉と魔術師はいつもどおりの挨拶を交わす。
 これから魔王戦だとは思えない、驚きの白さならぬ驚きの緊張感のなさである。
 しかし、そのほうがこの二人らしいとも言える。
 どうせまた、明日の朝になれば、魔術師は勇者姉の朝食を作りにやってくるのだ。
 それは確定的な未来。必ず守られる約束。

 死亡フラグを折るため、魔術師は最終決戦へと向かうのだった。



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