episode.5 連れさらわれたヒロインは美食を所望する 後編

 それほど時間はかからず、勇者姉の居場所は特定できた。
 魔術師は一応、騎士団長と聖女に魔法で現状を報告し、これから助けに行くことも伝えた。彼らには通常どおり旅を続けてもらっている。
 時間を無駄にしないために、救出に行くのにももちろん転移魔法を使う。
 勇者はもう一度強烈な吐き気と戦う羽目になったのだが、この場合は致し方ないだろう。

 さて、勇者の旅と言えば、姫君救出は王道展開である。
 救出しなければならないのが姫君などではなく、田舎町に住む家事全滅の勇者姉であっても、まあお約束から外れるがおいしい展開のはずである。
 単純馬鹿――とても素直な気質の勇者は、少しだけ期待していた。
 もちろん実の姉との恋愛フラグを期待しているわけじゃない。勇者はたしかにシスコンだがラブではない、ライクだ。
 正義のヒーロー的なポジションにいることに、ついつい気分が高揚してしまっているのだ。
 たとえこの場に、格好いいところを見せたい聖女の姿がなくとも。

 そんな勇者の内心は、幼なじみの魔術師には当然筒抜けだった。
 が、魔術師は魔術師で勇者姉を助けることしか頭にないので、ツッコミを入れるだけの優しさはない。
 勇者のツッコミは激しいが、愛にあふれているのだ。
 基本的にスルーを決め込む魔術師は、勇者とは対照的に優しげに見えてとても冷淡だ。

「助けに来たよ、アーネリア」

 愛情が一点集中型の魔術師は、その愛情を向ける人物の名を呼んだ。
 魔術師の声に、勇者姉の隣にいた魔物は勢いよく振り返り、驚愕に目を見張った。

「なっ、なぜここがわかった!?」

 勇者姉をさらったのは、人のような身体に黒狼の頭を持つ魔物。
 連れさらった先は深い森の奥の洞窟。
 暗い洞窟内でも、魔術師の目は正確に魔物と勇者姉を捉えていた。
 勇者姉を囚えようとしていたと思われる檻は、まだ作り途中のようだった。
 一見、勇者姉に怪我はなさそうだが、彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。
 魔物に何かひどいことでも言われたのかもしれない。
 勇者姉にかけてある結界魔法は、当たり前だが精神的暴力には反応しない。
 簡単に死ねると思うな、と魔術師は凍った瞳で魔物を睨み据えた。

「助けて! もう半日何も食べてないの!」
「かわいそうに……」
「いや、連れ去られたヒロイン的な立ち位置として、その第一声はおかしいだろ!」

 思わず勇者はツッコミを入れた。
 泣きそうな顔をしていたのは、単にお腹がすいていたからというだけだったらしい。
 心配して損したと思った勇者とは逆に、魔術師は本気で言っているようである。
 ツッコミが足りない、と勇者は嘆きたくなったが、それこそ通常営業というやつだろう。

「今助けるよ、アーネリア」
「無視するなよおおおお!!!」

 勇者の激しいツッコミは、もはや勇者姉と敵しか見えていない魔術師には届かなかった。
 これも残念ながらいつものことである。

 魔物と一口に言っても、本能で動くのみの魔物と、人間に近い思考を持つ魔物とがいる。当然後者のほうが強く、今回の魔物も後者だった。
 けれど、何しろ相手が悪かった。お前のほうが魔王なんじゃないかと言いたくなるほど最強で最凶な魔術師相手に、いったい誰が勝てるというのか。
 勇者一行の強さに焦った魔物は、さらってきた勇者姉を自分にしか開けられない檻に囚え、彼女を助けたければ武器を捨てて抵抗するな、という悪役お約束な作戦を立てていたのだ。
 目のつけどころはよかったものの、喧嘩を売る相手と売り方を誤った魔物は、あっけなく魔術師の前に敗れた。
 圧倒的な力の差に魔物はすぐに戦意を消失し、俺が悪かったと土下座までしたにも関わらず、なおも魔術師によっていたぶられ続けた。
 その情けなく哀れな姿に心底同情した勇者は、聖剣を振るって魔物を浄化した。
 不満そうな魔術師に、お前はやりすぎだと勇者はチョップを入れた。

 かくして、勇者はほとんど活躍らしい活躍をすることなく、勇者姉は無事に救出されたのだった。



 勇者姉の家には、久々に幼なじみ三人がそろっていた。

「おいしいよう、おいしいよう……」

 隠し味にリンゴのすり下ろしが入ったカレーライスを、勇者姉は涙をこぼしながら食べていた。カレーはもちろん勇者姉のリクエストだ。
 鶏むね肉はまるでもも肉のようにやわらかく深みのある味をしていたし、食べ応えのあるサイズに切られた野菜はちゃんと均一な硬さに煮えていて、なにより甘口ながらも適度にピリリとスパイスの効いた味つけがおいしい。
 仕事に集中すると、勇者や魔術師が気を配っていないと何食でも抜いてしまう勇者姉は、そのくせ食いしん坊だ。
 普段は仕事のときを除き、一食抜いただけですぐ動けなくなる。その上、感情が高ぶって泣いてしまう。
 こんな厄介な勇者姉だからこそ、勇者も魔術師も放っておけずに、結果的に家事レベルがMAXになってしまったのだ。

「泣かないで、アーネリア。いくらでもおかわりしていいからね」
「お前は女房かよ……」

 魔術師はテーブルについている勇者姉の隣に立ち、飲み物を注ぎ足したりおかわりをよそったりと、かいがいしく世話をしていた。
 勇者は三度目の転移魔法に気力体力を削られたため、ツッコミにも力が入らない。それでもツッコミを忘れないのは、さすがと言うべきか。
 これからあとの仲間と合流するためにもう一度転移する必要があるのだが、今の勇者にそれを言っても余計苦しませるだけだろう。

 ちなみに、勇者姉も魔術師の転移魔法で家まで戻ってきたわけだが、吐き気などの症状は特になく元気満々である。
 それにはもちろん、きちんとした理由がある。
 勇者姉が幼いころより魔術師の魔力に慣れ親しんでいたおかげなのだ。
 そう、勝手にかけられていた持続回復魔法と、勝手にかけられていた魔術師オリジナルの結界魔法と、勝手につけられていた魔術師の印である。トリプルパンチである。
 異常の見られない勇者姉を不思議がった勇者に、魔術師はあっさりと種を明かした。
 何歳のときに魔法をかけて印をつけたのか。それだけは口を割らなかったが。

「本当、助けに来てくれてよかった。魔物のご飯ってまずいんだもの」
「っておい! 食わせてもらえなかったんじゃなくて食わなかったのかよ!」

 ある程度お腹の虫が落ち着き、人心地ついた勇者姉の発言に、勇者はすかさず突っ込む。吐き気はなんとか治まったようである。

「あんなの食べたら腹がよじれるわ」
「それ笑ってるからな? 腹を下すとか腹を痛めるの間違いだろ!」
「ユースのツッコミを聞くのも久々だわ。懐かしいわね」

 ふふふ、と勇者姉はおっとりとした笑みをこぼす。
 その口の周りにはご飯粒がいくつもついていた。

「そこ喜ぶとこじゃねぇよ! ちっとはツッコミ役を休ませてくれ!」
「相変わらず仲がよくて安心したよ」
「激しくずれてる!!」

 最強のボケ一名と、最強のボケ殺し一名相手に、勇者程度のツッコミでは対応しきれないのである。
 本気でツッコミ役募集してぇ! と勇者は心中で涙ながらに思っていた。
 なんだかんだでこの久々のかけ合い漫才を楽しんでいる自分がいることに、勇者は気づいていないのだった。



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