いつものように勇者姉の夕食を作り終わった魔術師は、転移魔法で勇者一行に合流した。
一応、戻ってきた瞬間に攻撃を受ける可能性も考え、防御結界を張ってみたがそれは杞憂に終わった。
「あ、もう倒し終わってたんだ。お疲れさま」
魔物を寄せつけない結界を張り、魔法の灯火をつけ、すでに休憩タイムに入っていた三人に魔術師はのんびりと声をかける。
魔術師が勇者一行を離れたのは、魔物に囲まれていた最中だった。
戦闘が始まってすぐに夕食を作りに行き、勇者姉の家で過ごしたのはだいたい二十分ほどだ。
あの数の魔物を相手に、その程度の時間ですべて倒せたのならがんばったほうだろう。
ちなみに、魔術師が抜けなければ四分の一の時間で殲滅できたという事実もあったりする。魔術師は勇者一行の中でもずば抜けて戦闘能力が高い。
「マージユお前なぁ! 何度も言ってるけど戦闘中にいなくなるなよ!」
何事もなかったかのように姿を現した魔術師に、勇者は勢い込んでがなり立てる。
かすり傷一つ負っていないが、疲労はあるのだろう。
何しろ魔術師がいるかいないかで、まったく効率が変わるのだ。
広範囲攻撃魔法が使えるのは魔術師だけ。魔物の数が多いときは特に、魔術師の魔法はなくてはならない。
そうわかっているだろうに、当然のように戦闘よりも姉の夕食のほうを優先する魔法使いが、勇者は腹立たしくて仕方なかった。
というか単純に、ツッコミ属性の勇者としては、魔術師のツッコミどころ満載な行動が見過ごせないとも言う。
「だって、夕食の時間だったし。規則正しい生活させないと、アーネリアが身体を壊したりしたら大変でしょ。ずっとついているわけにはいかないんだから」
「まあ……それもそう……なのか?」
魔術師の反論に、勇者はきょとんとした顔をする。
勇者の単純馬鹿――失礼、素直さは、ツッコミ属性と並ぶ彼の特長だ。
それは時に長所にも短所にもなる。
勇者姉ももう大人なのだから、少し体調を崩した程度ならずっとついている必要はない、ということに勇者は気づかない。
勇者のツッコミ属性すら封じてしまう、魔術師の自己正当化論法であった。
「姉上殿は息災であったか?」
そう魔術師に尋ねたのは、王宮騎士団長のキーシだ。
一日三回きっかり時間を守って姿を消す魔術師に、最初は勇者共々頭を抱えていたのだが、慣れとは恐ろしいものである。
今ではこうして世間話を振れるほどに順応してしまった。
「うん、元気だったよ。おいしそうにオムライス食べてくれた」
「それはよかったな」
「ああ、でもちょっとだけ肌が荒れてたかな。次行ったときに化粧水切れてないか確認しておかないと」
思い返すように頬に手を当てながらの魔術師の言葉に、夕食を作る準備をしていた勇者はガバッと勢いよく顔を上げた。
「なんで肌荒れとかわかるんだよ! さわったのかよ!」
「そんなの見ただけでわかるでしょ? 嫌だな、何いやらしいこと想像してるの、ユース」
「俺!? 俺が悪いの!?」
「ユース、うるさい」
「納得いかねぇ……!」
そう叫びつつも、若干声のトーンを落とす勇者は、本当に素直で愛すべき気質の持ち主だ。
三十路の騎士団長は二人のやりとりを微笑ましく見守っていた。
勇者はギャースカ言いながらも四人分の夕食を作り始める。
器用貧乏な勇者は簡単な魔法なら使えるので、魔術師ほどではないが料理に魔法を使う。
料理ランクSSの彼の手にかかれば、野外料理とは思えない代物ができあがる。
たいていの宿の料理よりもおいしいので、ベッドの問題さえなければ常に野営でもいいと誰もが思っていた。
魔術師も時々手伝うことはありつつも、基本的にはいつも勇者が作っている。
面倒くさがった魔術師が、勇者に聖女の胃袋をつかむチャンスだと入れ知恵をしたせいだ。
何とは言わないが、聖女はメロン級だ。何とは言わないが、丸く大きく匂い立つものがある。
そして何とは言わないが、勇者はやわらかなものが好きである。大好きである。
恋と呼ぶにはとても即物的で動物的であるが、勇者は聖女に淡い思いを抱いているのであった。
そのもう一人のパーティーメンバー、聖女が先ほどから会話に参加していないのは、彼女が仮眠をとっていたためだ。
魔術師が戦闘から抜ければ、同じ遠距離魔法の使い手である彼女に一番しわ寄せが来る。
けれど聖女は回復魔法と支援魔法特化。攻撃魔法は威力が弱く範囲も狭く、その分連発しなければいけなくなる。
それに加えて勇者と騎士団長の支援と回復も行っていたのである。戦闘中に倒れたっておかしくはなかった。
結果、激しくMPを消費してしまった聖女は、自然回復スピードが一番早くなる睡眠を選んだのだ。
それほど時間もかからず夕食が作り終わり、騎士団長が聖女を起こす。
まだMPは全回復には至っていないものの、夕食を食べられるだけの元気はありそうだ。
寝起きの美少女たまらんと思っている勇者に一つツッコミを入れるとするなら、すでに脳内で計算した者もいるとは思うが聖女は勇者の三つ年上である。年上にあこがれるお年頃の聖女にとって、勇者は恋愛対象外である。
四人で仲良く夕食を食べながら、今日これからどこまで進むか、明日以降の進路を話し合う。
食事の時間くらい和やかな会話をしろと思うかもしれないが、このパーティーにそれを求めるのは少々難しい。
魔術師はできるだけ早く旅を終わらせて故郷に帰りたい。騎士団長も聖女も使命感に燃えている。ムードメーカーたる勇者は、聖女にいいところを見せようと必死だ。
何度も言うが、この勇者とても素直である。ピュアッピュアである。気になる女の子に上手にアプローチできる子ではないのである。
「セーシエ、これ、アーネリアから」
「まあ、かわいらしい! ステータス付加も完璧ですわ!」
食事を終えたあと、魔術師は勇者姉から預かってきた防具を聖女に渡す。
魔術師の予想どおり、聖女は瞳を輝かせて喜んだ。
聖女のネックであったMP最大値をアップさせてくれるのだから当然だろう。
「ユースとキーシには鎧の下に着る服とアクセサリー。防御力と敏捷性アップだってさ。キーシ、命中率に悩んでたでしょ」
「おお、これはありがたい!」
続いて取り出したものを勇者と騎士団長にも渡す。
騎士団長は強面に笑みを乗せ、感謝の意を表す。
敏捷性は、命中率と回避率、さらには攻撃速度にまで影響が出るので、近距離物理攻撃特化である騎士団長にとって最重要なステータスなのだ。メイン武器が剣の勇者にも同じことが言える。
さっそく三人共いそいそと装備を替える。もちろん聖女は簡易結界によって誰にも見られないようにしてからだ。魔術師は勇者姉の家ですでに着替えてあった。
感触を確かめながら着替える勇者と騎士団長を、魔術師はしっかりと観察する。彼らの反応や使ってみた感想をあとで勇者姉に伝えるのも、魔術師の役目の一つだった。
「……旅するようになってから気づいたんだけどさ。姉ちゃんもある意味チートだよな。なんで鎧より防御力の高い服が作れんだよ」
いち早く着替え終わった勇者が、布の服を見下ろしながら小さな声でぼやく。
服を替えるために外した鎧と見比べれば、ステータス補正の値の違いに、驚きを通り越して呆れてしまう。
旅の途中、どんなものでもそろう商業都市で、一番性能のいい鎧を買ったはずなのだ。
その強力な鎧のおよそ二倍もの防御力を持つ布の服は、すでに布の服と呼んではならない気がする。
「今さらすぎるよ。それのおかげでこの年まで何不自由なく育ったのに」
勇者姉は十歳のときにはすでに、裁縫ランクがSSになっていた。
両親を亡くしたとき、勇者は十歳、勇者姉は十二歳。
通常ならば親戚を頼ったり、誰かしら大人を頼らなければ生きていけない年だ。
それを、勇者姉は両親の残した金と自身の才能を活かして服飾屋を開業し、大成功させた。
二人が食べるものに困らないどころか、余裕のある生活を送れていたのは、主に勇者姉のおかげである。
勇者は勇者で、野山で動物を狩ってはその日の料理に使って残りは売りさばいていたのだから、この姉弟の恐ろしさがわかるというものだ。
「けど、元はただの布なんだぞ。普通に考えておかしいだろ……」
「アーネリアの手は聖霊の祝福を受けているからね」
この世界では、特別な才を持つ者は聖霊の祝福を受けている、と一般的に言われている。
聖霊とは、この世界に魔力を循環させるために存在している、羽の生えた子どもの姿をした手のひらサイズの意識体だ。
光の神信仰と関係がありつつも、自然信仰に近い。
ある程度の魔力を持つ人間には簡単に見え、波長が合えば魔力がなくとも見える。
聖霊の祝福というものが実際にあるのかはいまだ解明されていない。
けれど魔術師は知っていた。聖霊はとても気まぐれでえこひいきでいたずら好きだ。
勇者姉の手は、まぎれもなく特別だった。裁縫ランクがSSとされているのは、それ以上のランクが存在していないからというだけで、本当はとっくに限界突破している。
今まで、町では派手な力を持つ勇者や魔術師ばかり注目されてきたが、勇者姉も同じくらいの奇才なのだ。
「なのになんで料理すると爆発するんだよ……」
そう、勇者が一番納得できないのは、そこであった。
魔術師の言うとおり、勇者姉がすごいのは、ずっと傍にいた勇者には今さらなことである。
二歳しか違わないのに自分をここまで育ててくれた勇者姉に感謝もしている。家事的な意味では育てたのは勇者と魔術師のほうだが。
裁縫ランクがSSということは、手先は器用なはずなのだ。
にも関わらず、家事全般全滅。料理にいたっては必ず何かしら爆発させてキッチンを半壊する。
勇者姉の才能のかたよりっぷりにもの申したくなるのは、勇者だけではないだろう。
「そんなところも彼女の魅力だよ」
「ねぇよ!!」
今日も勇者のツッコミは冴え渡る。
けれどそのツッコミは、ボケた人物の心に響くことはない。
基本的に、勇者の周りにはツッコミ属性が足りない。故郷の町でも、パーティー内でも。
勇者一人でいくらツッコミを入れようとも、ツッコミが追いつくことはないのだった。