エリオさんは私を横抱きにしたまま、迷いなく歩を進める。
彼の中ではちゃんと目的地を決めてあるみたいだ。
「まずは君が気になってそうなことから話そうか」
足のしびれを感じなくなってきたころ、エリオさんは口を開いた。
少しでも振動を減らそうと彼の首に手を回していたから、顔も近くて声も近い。
ちょっと低めで、なのにやわらかく響く声。美形にふさわしい美声です。
私が気になってること?
ここはどこなのかとか。自分は誰なのかとか。エリオさんは私のこと疑ってたりしないのかとか。
今どこに向かってるのかとか。これからどうするつもりなのかとか。
やっぱりイケメンにお姫さま抱っこは標準装備なのかとか。
……気になることなんていくらでもありすぎて、脱線してきた。
「ここは彩隹(さいすい)の国の南にある緑里(りょくり)と呼ばれる地。の、隅っこのほうの田舎。
この森はルーの森と呼ばれてて、緑里の中でもさらに南に位置してる。
ずっと南に下れば国境沿いに栄えたロカリス市街があって、そこを越えると皓兎(こうと)の国。
今いるところからだと、北西の方角に少し歩けばソラナっていうのどかな町に出るよ」
エリオさんは丸暗記してるみたいにすらすらと説明する。
あまりにすらすらしすぎてて、右耳から左耳に抜けていっちゃいそう。
「聞き覚えあった?」
前を向いていたエリオさんがうかがうように私と目を合わせる。
私が記憶を思い出すきっかけになれば、とわざとたくさん地名をあげてくれたみたいだ。
残念なことに、全然まったくもってありません。
国の名前も里の名前も、森も町も全部。
ふーんそんなところがあるんだ、で終わっちゃった。
私が首を振ると、答えを予想してたらしいエリオさんは一つ頷く。
一応確認しただけ、だったんだろうな。
「オレと君は初対面だよ。
オレがここに来たとき、君は一人でぼんやりしてた。
君の名前も、どこの誰で、何のためにここにいたのかも、全部オレにはわからない」
これは私のほうが予想してた答えだ。
知り合いだったら、もうちょっと違う対応をしてたと思う。
たとえば質問するのに了承を取らなかったり。たとえば有無を言わさずこの場を移動してたり。
私への態度にところどころ遠慮が見られる。親しき仲にも、的なものじゃなく、他人に向けるような。
エリオさんみたくはいかないけど、私にだってそれくらいは察せられた。
「ただ、そもそもオレがここにいるのは、仕事仲間から依頼を受けたからなんだ」
エリオさんは急に話を変えた。
依頼? 初耳だ。
というより、私はエリオさんのことを名前しか知らない。
どこで何をしてる人なのかとか、年齢とか種族とかスリーサイズだとか……最後のは必要ないね、うん。
とりあえず仕事仲間がいるってことは、何かの仕事はしてるらしい。
「十日ほど前から、この森に本来あるはずのないものが発見されるようになったらしい。
最初は小さな指輪。次に靴、ぬいぐるみ、一昨日は小鳥」
森の中でそんなこまごましたものを見つけられるなんてすごいなぁ。
見た感じとっても広そうなのに。魔法か何かで探知できるものなのかな。
でも、小鳥が森にいたっておかしくない気がする。
他のものも、誰かの落とし物かもしれないし。
あるはずのないもの、なんてどうして言いきれるんだろう。
「この森は少し特別でね。タクサス――オレの仕事仲間が、常に目を光らせてる。
頭は堅いけど、タクサスは優秀だよ」
タクサスさん、初めて聞く名前だ。
その人がいつも守ってる森だから、あっておかしくないものとあるはずのないものくらい、ちゃんと見分けられる自信があるのかな。
私にとってすごい人のエリオさんが優秀だって言うと、とんでもなくすさまじい人みたいに思えてくる。
怖いもの見たさで会ってみたいなぁ……。
「それらはどれも微量の魔力をおびていて、タクサスは遠くから転移されてきたものとにらんでる。
いろんな国を見て回ってるオレならどこのものだかわかるかもしれないから、見てほしい。って頼まれたんだよ」
なんだか話の流れがつかめない。
この森にあるはずのないものは、どっかからびゅーんって飛ばされてきたもので。
指輪だとかぬいぐるみだとかの特徴から、何かわかったりするかも、ってエリオさんが呼ばれた。
どうやらエリオさんは、優秀なタクサスさんが知恵を借りようとするくらい博識らしい。
タクサスさんにお願いされて指輪とかを見にきたはずのエリオさんが、森にいるのはなんでなんだろう。
調査しにきてたのかな? 私を見つけたのも偶然?
「このまま東に行けばタクサスの屋敷がある。
そこで話を聞いてる最中に強い魔力を感じて、オレが様子を見にきたら、君がいたってわけ」
エリオさんはそう言って真正面に目を向ける。
目的地はタクサスさんのお屋敷だったんだ。
でも、強い魔力って……私が魔力をおびてるってこと?
自分じゃ全然そんな感じはしない。
エリオさんが魔法を使ったときも、光っててきれーとか、何か呪文みたいの唱えてるから魔法かなぁって思っただけで、そういう力を感じたわけじゃなかった。
私に魔法の才能がないからなのかな。期待してたわけじゃないけど、ちょっとしょんぼり。
「君がここにいた理由は、オレが受けた依頼と関連してるのかもしれない」
というか、ほぼ確実にね。とエリオさんは言葉を足す。
あ、そこに話がつながるのか。
今まで転移されてきたものと同じ場所で発見された、同じように魔力をおびてる私。
何かしら関わりがあると考えたほうが自然だ。
私が最初にエリオさんに見つけてもらえたのは、たぶん偶然なんかじゃない。
当事者のはずの私は記憶がないから、本当にそうなのかわかるわけもないけど。
頭のいいエリオさんには他にも何か見えてるのかもしれない。
「君に行くあてがないなら、オレたちに保護させてほしい。
当面の衣食住と身の安全を保障するよ。
その代わりに協力してもらえるとありがたいんだけど、どうかな?」
エリオさんはやわらかな笑みを浮かべて、提案してきた。
これ、私に選択肢ってあるんでしょうか?