今日は一年で一番甘い香りに包まれる日。
そして、女の子の戦争の日。
「はい、あげる」
私たち以外誰もいない、放課後の教室。
ぽいっと、私は奏太にチョコを放り投げた。
間違っても正しいチョコの渡し方ではないけど、こいつとの関係ならこんなもんだろう。
少なくとも私は、甘い展開は期待していないんだから。
「……ん」
たった一音で、ありがとうもなしに受け取った奏太に、私はむっとする。
それが女の子からバレンタインチョコをもらったときの反応?
「ちょっとくらい喜んだら?
男子ってチョコが欲しいもんなんでしょ?」
別に感謝してほしいってわけじゃないけど、こうも反応が薄いとなんだかなぁ。
あんまり感情が表に出ない奏太らしいといえば、らしいんだけど。
睨む私に、奏太はちらりと視線をよこす。
それから、ふうと疲れたようなため息をつく。
「俺が欲しいのはお前からの本命チョコだ」
ギクリ、と胸がきしんだ。
それは罪悪感とかいうものだったかもしれない。
「……本命じゃないなんて、言ってない」
「それくらい聞かなくてもわかる」
奏太の目が責めるように私を見ている。
あっさり形勢逆転。なんだか私は蛇に睨まれた蛙になった気分だ。
蛙みたいにゲコゲコ鳴くことなく、黙って鋭い視線を受け止めていることしかできない。
すると奏太は、ふっと窓の外に目を向けた。
私もつられてそちらに目が行く。
窓の外には、校門近くで女子に囲まれている“彼”が見えた。
不快なもやもやが胸に広がっていく。
「あいつには渡さないのか?」
奏太だって同じものを見ているはずなのに、意地悪なことを言う。
「だって、たくさんもらってるし」
「そんなの言い訳だろ。
お前はただ渡す勇気がないだけだ」
「だって……」
しょうがないじゃないか。
彼の周りにはたくさんの人がいて。きれいな女の人も、かわいい女の子も、みんな彼のことが好きなんだ。
そんな中で、きれいでもかわいくもない私なんか、見向きされるわけがない。
ただの同級生。彼の中での私はそんな区分だろう。
私からのチョコなんて、きっと彼は欲しがったりしない。
今日はたくさんもらっただろうから、迷惑にすらなるかもしれない。
「……悪い、いじめすぎた」
奏太は顔を隠すようにうつむいて、頭を掻いた。
その動きはなんだか奏太らしくなく感情的に見えて、私は少し驚いた。
「チョコって、気持ちだろ。
もらってうれしくないやつなんていない。
だから、がんばればよかったのにって……思って」
奏太は真剣な瞳を私に向けて、そう言った。
本当にそういうもんなんだろうか。
友だちですらない私からもらっても、彼は喜んでくれたんだろうか。
それは彼にしかわからないことだ。
でも、奏太の気遣いがなんだかうれしくて。
するりと言葉がこぼれ落ちた。
「……来年は、がんばってみる」
「おう、がんばれ」
私の言葉に、奏太は笑った。
その表情は少し格好良いかもしれない、と私は思った。
だから、伝えたくなった。
「そのチョコにも、気持ちがこもってないわけじゃないからね」
「は?」
急に話を変えた私に、奏太は不思議そうな顔をする。
「いつもありがとう、って気持ち」
笑顔で、私は告げた。
気の合う友だちでいてくれて、感謝しているんだ。
奏太のおかげで私は学校生活を楽しく過ごせている。
楽しいことも悲しいことも共有できて、困っていたら助けてくれて、私が悪いことをしたら遠慮なく叱ってくれる。
そんな奏太と友だちでいられて、私は恵まれてるって思う。
「……うれしいような、悲しいような、だな」
つぶやくようにそう言って、奏太は苦笑をこぼした。