「もうちょっと優しくしてくれてもいいじゃないですか」
私の言葉に、彼は興味なさそうに一瞥をくれただけだった。
その目に私は映らない。
彼が私を気に留めることは、ない。
悲しくて、悔しくて、私は泣きそうになるのを我慢する。
「
章さんは、悩める人の味方じゃないんですか? 私、すごく悩んでます。章さんのせいで」
なじるように言い放つと、ようやく彼の視線がこちらに向けられた。
冷たい瞳に、私は負けるもんかと睨みつけた。
「気まぐれに助けてあとは放置するくらいなら、最初から手を貸さなきゃいいんです」
いつのことを言っているのかは、私にまったく興味のない章さんでもわかるはず。彼の記憶力は私なんかとは比べものにならないんだから。
章さんとの出会いは、私が万引き犯と間違えられたときのことだった。
同級生から嫌がらせを受けていた私は、気づかないうちにバッグの中に文房具を入れられていた。
知らなかったんだと言っても、誰も信じてくれなかった。
けれど、章さんだけは違った。
私がその文房具の売り場に立ち寄らなかったことを証明し、最終的には同級生を追い詰め自白させた。
あの時から、彼は私の特別な人だ。
誰も彼もが敵のように思えた時、たった一人味方になってくれた人。
正義のヒーローみたいな、名探偵。
特別で、大好きな人だった。
まあ、実のところ彼はただ真実を追い求めただけで、私を助けようとしたわけではなかったんだけれど。
それを知ったのは、彼の人となりを知ってからだ。
冷徹で、無慈悲で、他人に興味がない。
そんな彼の性格を知ってからも、悲しいことに恋は冷めなかった。
「……いい度胸だね、
美羽」
にこりと、彼は笑う。
たしかに笑っているのに、氷のように冷たく見える笑み。
また毒性の強い嫌味を味わうことになるんだろう。
それでもいい。私をその目に映してくれるなら、嫌味地獄だって耐えられる。
恋は真剣勝負なんだ、と私は思う。
勝つか負けるか。好きになってもらえるかもらえないか。
だから私は手段を選ばない。
章さんがこっちを向いてくれるまで、どんな手を使ってでも気を引いてみせる。
だから、嫌味地獄だってある意味天国なんだ。
私の嫌味を口にしているときは、私のことを考えてくれているはずだから。
「美羽、聞いてる? 君の耳はお飾りかな?」
「聞いてます。章さんの言葉は全部」
私の返事に、章さんは少しだけ反応に困ったようだった。
眉間のしわは、困惑のしるし。
私の言葉は、ちゃんと彼に届いている。
なんだかうれしくなって、笑みがこぼれてくる。
「だから、私の言葉も聞いてくださいね」
私、負けませんから!