今日は二人そろってのお休みの日。
の、はずなのに、隊長さんはなぜか現在持ち帰ってきたお仕事中。IN隊長さんの私室。
それなら私がいないほうが進むんじゃないかなとも思ったんだけど、すぐに終わるから待っていろ、とのことで。
こうして、隊長さんの正面に座って、書類をさばく様子を眺めているわけなんですが。
「はぁ……」
ついたため息は思っていたよりもその場に響いてしまった。
顔を上げた隊長さんは、気遣わしげに眉をひそめる。
「……どうした」
小さな問いかけは、確実に私を案じてのものだった。
あ、もしかして、退屈させてしまったのではとか心配してくれてる?
いやいや違うんですよ。隊長さんが仕事人間なのは今に始まったことじゃないし、たしかにちゃんと休んでほしいとは思うけど、そんなことで不満を持ったりはしない。
ため息の理由は、まったく別のところにある。
「隊長さんって本当にイケメンだなぁと思って……」
「……は?」
予想外だったのか、隊長さんは目をまんまるにした。
油断しきった表情はいつもよりもちょっと幼く見えて、かわいい。
そんな顔ですらやっぱりイケメンなんだから、私の恋人ってすごすぎると思う。
仕事してる姿を見ていたら、隊長さんの格好よさを改めて認識してしまって、こう、ムラムラ来たというか。こんな人が恋人だという現実に思わずしあわせなため息が出てしまったんですよ。
「ガッシリとした男らしい身体つき、野性味がありながら理知的な厳しい眼差し、光を浴びるとキラキラ輝く髪に、低くて腰に来るいい声……ビックリするくらい完璧じゃないですか? おかしくないですか?」
「おかしいのはお前の頭だ」
「私は何もおかしくないです!! 隊長さんがイケメンすぎるのが悪いんです!!」
ぐっと握りこぶしを作って言えば、隊長さんは疲れたようにため息をつく。
隊長さんの心配を晴らすために説明したっていうのに、その態度はひどくないですか。
ううむ、私の情熱が何ひとつとして伝わっていないような気がする。
「あ、お仕事邪魔しちゃってすみません。どうぞ続けてください」
「いや……どうせなら最後まで聞こう」
そんな、毒を食らわば皿まで、みたいな言い方しないでくださいよ。
これ以上ないってくらい褒めてるのに、あんまりうれしそうじゃないのはなぜだろう。私の勢いがよすぎて引いちゃってるのかな。
他に隊長さんの好きなところというと……まあ、考えなくたっていくらでも出てくるんだけどね!
「首の太さとか、しなやかな腕の筋肉とか、手の甲の筋とか、広くて飛びつきたくなる背中とか、脱いで初めて見える鎖骨とか、もう、抱いて……って感じですね!」
抱いても何も、何度となく抱かれてるわけだけどね! そこはニュアンスで読み取ってね!
「ほんと、隊長さんって私の理想が二次元から飛び出してきたみたいな人ですよねぇ。なんでこんな素敵な人が私の恋人なんだろう……? 不思議……でも幸せ……」
ほう、とまた悩ましげなため息をついてしまう。きっと色にするなら桃色だ。
どうして隊長さんは私の恋人でいてくれるんだろう。もう何度も考えて、答えの出ない疑問。
隊長さんにとって、間違っても私はいい恋人じゃないだろう。それくらいの自覚はある。
それでも隊長さんが私を見捨てないでくれているのは……ここまで来ると、奇跡みたいにすごいことだ。
「俺はお前の理想なのか?」
何か引っかかりを覚えたのか、隊長さんはその部分だけ聞き返してきた。
「理想ですね! ひと目見たときから思ってましたけど、本当の本当にド真ん中ですよ。細身の文系タイプが好きな人からすると邪道なんでしょうけど、私は背が高くて筋肉がついてる男らしい人が好きですし。加えて性格まで優しくて格好よくて完璧ってなったら、もう理想そのまんまどころか、理想以上ですよね!」
「……そうか」
隊長さんは小さくつぶやいて、視線をそらす。
顔を手で覆うその様子は……もしかして。
「あれ、隊長さん照れてます? 照れてますね?」
私の指摘に、隊長さんは書類で顔を隠そうとするけど、もう遅い。
はっきりくっきり、赤く染まった頬は私の目に焼きついてしまったから。
私はさらに追撃しようと、テーブルに手をついて前のめりになる。
伸ばした手で書類を奪おうとして……逆に、握り込まれた。
「サクラ」
青みを帯びた灰色の瞳が、まっすぐ私に向けられる。
矢のように鋭く私の胸を打つ。それでいて、じわりとあたたかなものが広がっていく。
ただ名前を呼ばれただけで、ただ見つめ合っただけで。
こんなに、泣きたくなるくらいしあわせになれる想いを、私は今まで知らなかった。
「お前の理想であり続けられるよう努力しよう。だから……」
その続きは、私の手のひらに音もなく落とされた。
手のひらへのキスは、懇願。って前に少女小説で読んだことがあったなぁ。
この世界でも同じかはわからないけれど、たぶん。
隊長さんが言おうとして、それでも私のために口にしなかった願いは、わかっているつもりだから。
「だいすきです、グレイスさん」
今は、まだ。
私が返せるこの想いだけを、言葉にした。