常々、思っていることがあるのです。
「隊長さんはもっとわがままになってもいいんですよ」
お昼の休憩時間、隊長さんがちゃんと休んでるか見張るために部屋に遊びに来て。
一緒にお茶を飲んでリラックスしているときに、私はついに言ってみた。
隊長さんはなんというか、ストイックすぎると思う。
自分の利益を追い求めることなく、他人のために尽くすことを知っている。仕事にしろ、恋愛にしろ、徹底的な利他主義だ。
人の上に立つ人として、それはとても得がたい気質だけれど、恋人としてはもう少し甘えてもらいたかったりするわけだ。
……隊長さんが一番に求めているものを、今すぐにはあげられないからこそ、余計に。
「男のわがままなど見苦しいだけだろう」
私の言葉に、隊長さんは不可解そうに眉をひそめる。
見苦しい!? それは聞き捨てならないぞ!
「そんなことないです! かわいいわがまま言ってもらいたいです!」
「かわいい……」
眉間のシワがさらに深くなる。
あ、あれ? ならわがままを言ってみようか、ってならない? おかしいな?
かわいいという表現がよろしくなかっただろうか。些細なもの、ということなんだけど。
男の人って、色々と難しいね……。
「たとえば、キスしてほしいとか抱きしめてほしいとか好きって言ってほしいとか!」
「言わなくても叶っているな」
「はっ!」
た、たしかに……!!
私からキスすることも抱きつくことも好きって言うことも、日常茶飯事だ。特に、夜は遠慮なくイチャイチャしているから。
むしろ私が誘う夜のほうが多くないですか? 気のせいですか?
ううむ、これはちょっと考えないといけないようだ。
その日の夜。
「たいちょーさん!」
隊長さんの部屋に飛び込んだ私は、こちらを振り返った隊長さんに正面から抱きついた。
ぎゅううううっと、それはもう死んでも離れないぞと言わんばかりに。
「……どうした」
「隊長さんを甘やかそうと思って」
困惑気味の隊長さんに、私は自信満々に答えた。
わがままを言ってくれないなら、私のほうから隊長さんを甘やかしちゃえばいいんだと気づいた。
元の世界で、ハグというものは人のストレスを減らす効果があるんだと何かで聞いたことがあった。
人肌は得てしてほっとするものだし、アニマルテラピーだってあるんだから、信憑性はあるような気がする。
現に、私もこうしているとしあわせな気持ちになれるし、と隊長さんの胸にすりつく。
これはいい感じに隊長さんを甘やかせてるんじゃないだろうか。
「甘えたいの間違いじゃないのか」
「違います! 甘やかしてるんです!」
「どちらでも構わないが」
そう言いながら、隊長さんはぽんぽんと私の頭を撫でる。
大きな手のぬくもりが心地いい。思わずへらりと頬がゆるんで、それからハッと我に返った。
「だ、ダメです! ちゃんと甘やかされてください〜!」
私が甘やかされてたら意味がない!
隊長さんは甘やかし上手すぎて困ります。
むくれて隊長さんを見上げれば、思ったよりも優しい顔で私を見下ろしていて。
……あ、と思った。
「充分甘えている」
ぽんぽん、と隊長さんはまた頭を撫でる。
声も、表情と同じくらい優しくて、どこか甘くて。
甘やかし作戦は失敗したのに、怒れなくなってしまった。
「うそだぁ……」
「本当だ」
眉間のシワがなくなって、機嫌がよさそうな隊長さんは、いつもの険が抜けてそれはそれはまごうことなきイケメンさんだ。
結局、私は隊長さんの懐の深さと人の好さを思い知っただけになった。
……私ってやっぱり、愛されてるんだなぁ、って。
それからさらに数日後の夜。
夕食を食べ終わったあとのまったりタイムに、私は話を切り出した。
「あれから隊長さんを甘やかす方法を考えたんですけど」
「……まだ続けていたのか」
呆れたように言う隊長さんは、もうとっくにその話題を過去のものにしていたらしい。
なんですか、私の中ではまだまだバリバリ現役ですよ。むしろ優先順位第一位の考え事でしたよ!
「よくある、頭を胸に抱える体勢って、私がやっても何が何だかだと思うんですよね。もっと胸があれば……」
あるじゃないですか。頭を抱えてよしよし、とか。
あれは豊満なお胸があるからこそ成り立つ体勢なんです。
私の薄っぺらい……否、ちょっと控えめな胸だと、感じられる母性なんて雀の涙ほどだろうし。
これでもBはあるんです、っていつも言い訳のように思うけど、この世界じゃAもBも変わらないような気もするよね……。
「隊長さんはどうやって甘やかされたいですか?」
直球勝負。考えてわからないんなら、直接聞くのが一番だ。
隊長さんを甘やかしたいんだから、隊長さんがしてほしいことをしないと意味がない。
隊長さんはどんなにどうでもいい話にも付き合ってくれるって知っているからね。
「俺を甘やかしたいなら簡単だろう」
「え?」
意味がわからずに首をかしげると、隣に座っていた隊長さんは身体ごとこちらを向いた。
ゆっくりと伸ばされた手が、私の頬を包み込んで、親指が下まぶたをススッとなぞる。
いつもは涼しげな隊長さんの灰色の瞳の奥に、妖しい色が宿ったのを、たしかに感じ取った。
「……わー隊長さん、やらしい目してる……」
今や隊長さんは、完全に捕食者の顔をしている。
気を抜けば頭っからパクっと丸呑みされてしまいそうだ。
「そういうことだ」
隊長さんは大人だ。私が誘うときみたいに言葉ではっきり言うわけじゃなく、こうやってその雰囲気に持っていく。
私は毎回その空気に酔わされてしまうから、やっぱり隊長さんには敵わないなって思う。
熱い夜への期待で胸がドキドキ忙しない。早く食べられてしまいたくて仕方なくなってしまう。
愛を育む行為に、異論なんてあるわけない。むしろ大歓迎だ。
本当にそれで甘やかせるのかはわからないけれど、隊長さんが言うんだからきっと大丈夫。
「どうぞ召し上がれ」と、私は笑顔で抱きついた。