サクラはだいたい、三日に一度は夜に俺の私室の戸を叩く。
本人は何も言わないが、きっと寂しいのだろう。同室の友人では埋められない心の隙間もあるのだろう。
俺が彼女を追い返す理由などどこにもなく、部屋で好き勝手にさせている。
一緒に夕食を食べたり、寝るまでの時間をだらだらと過ごしたり、そのまま一つのベッドで眠りについたり。
夜ともなれば大人の時間だ。当然、それだけでは終わらない日も少なくはなかった。
けれど、そうはできない日というものも、女性にはあるわけで。
「本当にいいんですか? 隊長さん」
二人でベッドに横になり、サクラに腕を貸していると、彼女はもぞもぞと動いてこちらに顔を向けた。
暗い室内でもこれだけ近ければだいたいの様子はわかる。
眉尻を下げてしゅんとした表情。黒い瞳は俺の反応をうかがっている。
そんな顔をさせてしまうことが、情けなく思えた。
先ほど、軽いとは言いがたい口づけを交わしてしまったせいだろう。
今日はそういうことのできない、女特有の日だということを、サクラはかなり気にしているようだった。
「今さら何を遠慮することがある」
「甘やかしてくれるのはうれしいんですけど、申し訳ないなぁと」
「別に、こうしているのは嫌いじゃない」
サクラが女の日でなくとも、何もせずに眠る夜がないわけではなかった。
互いのぬくもりに癒され、欲ではなく心地好さを覚える触れ合いも、恋人同士には必要だろう。
こういう穏やかな夜があってもいいと、強がりなどではなく、心から思っている。
「へへへ、ならうれしいです」
すりすり、とサクラは無邪気に胸に顔をすりつけてくる。
本音を言えば、好きな女と同じベッドに入っていて、まったく欲を覚えないかというとそうでもないのだが。
サクラの罪悪感を軽くするためにも、十も年上の威厳を守るためにも、秘密にしておこうと誓った。
そんな考えが透けて見えたわけではないと思いたい。
ふと、サクラは俺を仰ぎ見て、その小さな唇から爆弾発言を落とした。
「……ご奉仕しましょうか?」
一瞬で全身に駆けめぐった、到底言葉では言い表せない衝動を、俺は必死でこらえた。
落ち着け、鎮まれ、反応するな。どうせサクラはいつものように考えなしに発言しただけだ。
もちろん、彼女が『ご奉仕』という言葉にどんな意味を込めたのかはわかっている。
けれど、サクラはそれを言うことで俺にこれほどに劣情を抱かせることなど、ほんの少しも理解してはいないのだ。
動揺と苛立ちをまぎらわすように息を吐けば、そこにこもった熱に気づかされてしまう。
「お前な……」
「今ならなんだってしますよ! あ、もちろんいつもだってやらせてくれるなら誠心誠意ご奉仕する所存ですが」
思わず本気でサクラを睨んでみても、彼女はどこ吹く風。
それどころか何かを期待するようにキラキラとした瞳で見上げてくる。
その輝きは、言葉にするならば『好奇心』が近いかもしれない。
情欲とはほど遠い快活な表情に、吹っ飛びかけた理性が少しずつ戻ってくる。
そもそも俺は、あまりサクラにそういったことをさせたくはなかった。
サクラが他に男を知っていることを、まざまざと思い知らされるからだ。
自分でも女々しいとは思うが、彼女の手練手管から過去の男が透けて見えるのが嫌だった。
今まで恋人が複数人いたことは理解しているし納得もしている。それについて責める気持ちは一かけらもない。
過去よりも現在が、これからのことのほうが何倍も大事だということもわかっている。
それでも、嫉妬に焦げつく心だけは、自分ではどうしようもできなかった。
「……寝ろ」
少なくとも今の俺には、何かをするつもりも、させるつもりもない。
華奢な肩を抱き込んで、しっかりと布団をかぶせる。
おとなしくくるまれたサクラにも、もう何かをするつもりはないだろう。
なんだかんだで彼女も、こういった穏やかな夜も嫌いではないと、安らいだ表情を見ればわかる。
「はーい、おやすみなさい」
ざーんねん、という言葉が聞こえた気がしたが、きれいさっぱり無視した。
背中をさすっていると、しばらくして健やかな寝息が聞こえてきた。
はあ、と俺はサクラを起こさないよう小さくため息をつく。
惚れた女に触れられて、『ご奉仕』されて、それだけですむと思っているサクラがいっそ憎らしい。
男の生理をなめているのか。それとも俺の想いの深さを甘く見ているのか。
そのどちらもが正しいように思え、眉間にしわが寄る。
きれいな髪の流れを描くつむじを見下ろしながら、よかった、と心底思う。
本調子ではない身体にさらに無理を強いることにならなくてよかった。
自分の理性に拍手を送りたくなった。
サクラ相手ではあまり働いてくれないそれは、今回ばかりは役に立ってくれたようだ。
しかし、彼女の言葉で一度身体に灯された熱は、まだ完全に消火できてはいなかったりもする。
……今夜は長い夜になりそうだ。