「先に俺の用事をすませてもかまわないか?」
お昼ご飯を食べ終わって、さてこれからどうするか、というときに、隊長さんはそう聞いてきた。
「はい、大丈夫です! 私もついていってもいいなら!」
私はすぐさま交換条件を出した。
せっかくのデートだっていうのに、別行動とかありえないからね!
隊長さんの用事ってなんだろう、わくわく。
「……楽しいものではないぞ」
「何をおっしゃいますか。隊長さんと一緒にいるだけで充分楽しいですよ!」
「なら、いいんだが」
言っても聞かないってわかったのか、隊長さんは渋々OKを出した。
あんまり私を連れていきたくない場所なのかな?
まさか、キャバクラ的な場所とか……いやいや、真っ昼間から、しかも真面目な隊長さんに限ってそんなわけがない。
ますますどこに行くのか気になってまいりました!
「用事ってなんですか?」
「鍛冶屋に剣を見てもらいに行く」
ああ、なるほど。
ちょっと拍子抜けしつつ、納得した。
たしかに、あんまり女の人を連れていくような場所じゃなさそうだもんね。
「修理に出すんですか?」
「点検してもらうだけだ。帰りに受け取る」
「武器屋さんかぁ……。すごく、異世界っぽい……!」
異世界といえばココ、っていう代表的なスポットだよね!!
冒険者ギルドみたいなのは、少なくともこのクリストラルにはないらしい。
鍛冶屋って言っても、武器以外にも包丁とかも置いてあるんだって。
そういう前知識は教えてもらっていたけど、やっぱり生まれて初めて行くところ。ドキドキするよね!
「何を期待しているのかは知らないが、おもしろいものは何もない場所だ。危険だから置いてあるものには近づくなよ」
「はーい、了解です!」
隊長さんに釘を刺され、私はしっかりと返事をした。
もちろん、隊長さんに心配かけるようなことはしないよ!
私だってこれでも二十歳、大人なんだから!
ちゃんと静かにおとなしく、それこそ忠犬のように隊長さんが用事を終えるのを待っていますよ。
「……不安になるな」
はぁ、と隊長さんはため息をつく。
聞こえません、聞こえません。
だーいじょうぶですって、ちゃんとおとなしくしてますから!
* * * *
そのお店は、外から見ても鍛冶屋だなんてわからないような、小ぎれいな佇まいだった。
看板には剣が描かれているから、ちゃんとわかるんだけども。
その看板がなかったら、普通のカフェですよーと言われてもだまされちゃいそうだ。
隊長さんが扉を開くと、カランッ、とドアチャイムが鳴った。
「らっしゃーい、って、隊長さんじゃんか。お久しゅう〜」
隊長さんはお得意さまらしく、カウンターの向こうにいたおじさんは隊長さんの姿を認めるとニカッと笑った。
出た、いかにも、な人だ!!
隊長さんよりも浅黒い肌に、がっしりした身体。身長は隊長さんのほうが高いけど。
いかにもこういうお店にいる感じの人!
おじさん、期待を裏切らないでくれてありがとうっ!
「よろしく頼む」
「はいよ」
隊長さんが腰に差していた剣を鞘ごと渡すと、いつものことなのかおじさんも当然とばかりに受け取る。
お会計とかは、後払いなのかな?
何しろ初めての武器屋だから、勝手も何もわからない。
「そっちのお嬢ちゃんは、護身用の剣でも欲しいのかい?」
「え? 私は……見学です!」
「はっはっは! そりゃあめずらしい。聞きたいことがあったらなんでも聞きな」
私のとっさの返しに、おじさんは親切にもそう言ってくれた。
笑い声のおっきいおじさんだなぁ。
カラッとした気持ちいい笑い方だから、聞いててこっちまで明るい気分になってくる。
「あまりこいつに変なことを教えないでくれ」
「……お嬢ちゃん、隊長さんの連れだったんか?」
「はい、連れです!」
訝しげなおじさんの問いに、私は元気よく肯定を返す。
というか、偶然同時に入ってきただけだと思われてたの?
たしかにお店に入る前につないでた手は離したけど、デートなのになぁ。
それっぽい甘い空気、出し足りなかったかなぁ。
「こりゃまた、笑える組み合わせだなぁ。熊とうさぎじゃないか、はっはっは!」
「熊とうさぎ……」
明るく笑い飛ばされて、隊長さんの眉間のしわが増えてしまった。
いけない、デート中なのに機嫌を損ねちゃうなんて!
「熊、いいじゃないですか。格好いいですよ!」
隊長さんはたしかに体格からして熊って感じがする。
でも、熊って強いし、素早いし、格好いいし、実は愛嬌もあるしで最強だと思うんだよね!
鮭を咥えれば有名な置物にもなりますし!
熊みたいな隊長さんが、私は好きだ。
「そんとおりだ、お嬢ちゃん。隊長さんはいい男だよなぁ」
「あ、おじさんそっちの方ですか? 隊長さんはあげませんよ!」
「はっはっはっはっは!! 心配すんな、俺にゃあ美人な奥さんがいるんでな」
「なら安心です。奥さんと末永くお幸せに!」
「あんがとよ〜」
ポンポンと隊長さんを置いて言葉のキャッチボールを楽しむ。
そんな私たちを、隊長さんはどう反応したらいいのかわからないというような曖昧な顔をして見ていた。
隊長さんって基本、寡黙だもんね。背中で語る男だもんね。
「にしても隊長さん、ここはデートにゃ向かねぇんじゃねぇかなぁ。もちっとムードを大切にしたほうがいいぞ〜」
呆れたように、というよりもからかい混じりに、おじさんは隊長さんに向かって言う。
対する隊長さんは、困り顔。
だよねぇ、こういうときとっさに対処できちゃうようじゃ、隊長さんじゃないもんねぇ。
よし、ここは私に任せてください!
「あ、私が勝手についてきちゃっただけなので、隊長さんは悪くないんですよ! それに、こういうとこ来るの初めてなので、ファンタジーっぽくてとても新鮮です!」
周りを見渡しながら、私は思ったままを口にした。
店内にはやっぱり剣や槍なんかの、金物でできた武器が置いてある。
包丁とかのコーナーもあって、持ち味とか確認できるみたいだ。
銃刀法のある現代じゃ、こんなにたくさんの武器を見ることなんてまずない。博物館とかくらい?
なんだか現実味がなくて、ほわーってなっちゃう。
「そーかそーか。まあ退屈じゃないならいいんだけどな。あんま楽しむなよ。ここにあるのは人だって傷つけられちまう道具なんだからな」
「あ……そうですよね、すみません」
おじさんのもっともな指摘に、私はしゅんと肩を落とす。
すごい考えなしなこと言っちゃったよね。
隊長さんたちが、ここに置いてあるみたいな武器を使って魔物と戦っているみたいに。
武器は、何かを傷つけるために存在しているもの。
銃刀法が当たり前になってた私には、いまいち実感がなかったけど。
ここにある武器を使えば、たとえば私にだって、人を傷つけることができてしまう。
それだけ、この世界はすぐ近くに危険なものがある世界なんだ。
わかっていたつもりで、全然わかっていなかった。
結局私は、まだ部外者なつもりでいるんだ。
「お嬢ちゃんは素直だなぁ。なぁに、使い方さえ間違わなきゃいいんだよ。簡単だろ」
「そうですね、気をつけます!」
私は力強くうなずいて答えた。
こんな物騒なお店の店主さんだからか、おじさんの言葉は重かった。
使い方を間違わずに、私たちを守るために武器を使ってくれる第五師団のみんなに、今まで以上に感謝の気持ちがわいてくる。
危険が隣り合わせの世界で、私が今までいつもどおりに過ごせてたのは、守ってくれてる人たちがいたからだ。
そのことを、忘れちゃいけないよね。
「……そろそろ行くぞ」
「あ、はい!」
隊長さんに手を取られて、私はしっかり握り返す。
おじさん見てるのに、いいのかな。いいってことにしておこう。
「これからデートかい?」
「デートです! 楽しんできます!」
「おう、じゃ、またな」
鍛冶屋さんを出ると、またカランッと音を立てて、扉が閉まった。
初めて入った武器屋さんから、たった十分くらいで出てきてしまった。
私にとっては、この世界での生活自体が非日常的な感じだけど、ここでの十分はさらに非日常だった。
隊長さんがここに私を連れてくることに消極的だった理由が、ちょっとだけ理解できたような気がする。
たぶん隊長さんは、武器とかそういうものから、私を遠ざけておきたかったんだろうな。
隊長さんは、甘やかしすぎなくらいに、私に優しいから。
……ほんとに、優しいから。
ちらっと隊長さんを見上げてみると、ちょうど目が合った。
隊長さんは何も言わずに、私の頭をなでてきた。
これ、どういう意味なんでしょうか。
慰め? 励まし? 別に、落ち込んだりとかしてませんが、私。
でもまあ、その手のぬくもりに、ちょっとほっとしちゃったりもして。
うん、大丈夫。もうすっかりいつもの私です。
さて、次はどこに行きましょうか!