14:町へと出かける当日になりました

 あっというまに、町へと行く当日がやってきました。
 と言ってもそんなに日にち経ってません。隊長さんから教えられたたった数日後です。
 町に行くメンバーっていうのは、けっこう直前に決まるものらしい。
 別に泊まりに行くわけじゃないし、準備とかも特に必要ないからかな。

 町で何をすればいいのかっていうのは、ちゃんと使用人頭さんから聞いておいた。
 使用人の仕事は、注文品の確認と、細々とした買い出し。
 必要なものは事前に注文しておくらしいんだけど、それがちゃんと全部そろっているかどうかを数えないといけない。けっこうな量になるから、使用人が複数人必要なんだって。
 それと、買い出しっていうのは、少量だったり、別に必要ってわけじゃないものだったり。つまりは嗜好品が主になる。
 今回行けない人たちに頼まれたものを買ってこないといけないけど、もちろん自分が欲しいものも一緒に買う。
 買い出しと言いつつ、ほとんど自由時間と変わらないらしい。
 実際、羽を伸ばしてきなさい、と使用人頭さんにも言われたから、買い出ししつつ町を見て回ることができそうだ。

 集合時間よりもちょっと早くに、私は正面玄関前に来た。
 もうすでにちらほらと人が集まっていて……あ! 隊長さんもいた!
 けど、隊長さんは小隊長さんや、他の人たちと話しているから、邪魔しないほうがよさそうだ。
 ちなみに今回、小隊長さんは来ない。
 小隊長さんクラスの人間は、隊長さんが行かないときに、みんなを率いて行くんだそうだ。
 修理とかのためにこっちから向こうに持って行くものもあるから、それの最終チェックか何かかなぁ。

「やあ、サクラちゃん。今日はよろしくねー」

 そう声をかけられて、私は振り返った。
 そこにいたのは、赤い髪を後ろで結んだ、なかなかの美青年。

「あれ? えーっと、何度か食堂なんかでお話した……」

 顔に見覚えはあったけど、名前が出てこない。
 おかしいな、顔を覚えてたら名前も覚えてるものなんだけど。
 人の顔と名前を覚える特技、まさかの不発!?

「名前は名乗ったことなかったよね。シャルトル・ガネットだよ」
「……ガネット?」

 聞き覚えのあるファミリーネームに、私は首をかしげた。
 ガネットって、たしか……。
 シャルトルさんは、そんな私ににっこりと笑いかけた。

「うん、エルミアのお兄ちゃんです」
「そ、そうだったんですか! ビックリしました!」

 驚きで思わず大きな声を出してしまう。
 そういえば、エルミアさんのお兄ちゃんは第五師団の隊員で、この砦にいるって前に言っていたっけ。
 言われてみれば、瞳の色は同じペリドットみたいな黄緑色だし、髪の色だってエルミアさんほどじゃないけど赤い。
 顔立ちは、見るからに勝ち気なツリ目のエルミアさんとは正反対に、少し垂れた目尻が優しそうな雰囲気をかもし出しているけれど。
 鼻の高さとか、スッとした頬のラインとか、よく見ると似ているところもあるよね。

「僕も言わなかったからね。驚かせられたなら成功かな」
「驚かせる気満々だったんですか」
「そりゃあ、最初に言っちゃってたらつまらなかったでしょ」
「つまらなくないですよ。人間正直が一番です」
「たしかにサクラちゃんは正直者だね」
「元気なのと正直なのだけがとりえですから!」

 それ以外にとりえはないのかって?
 そこは突っ込んじゃいけないところです。
 人間、とりえは二つもあれば充分なんです! たぶん!

「またまた。サクラちゃんはかわいいし料理上手だし、もっとたくさんとりえがあるじゃない」

 シャルトルさんはヘリウムよりも軽い調子で、そう言ってのけた。
 うわぁ、この人、タラシだ!!
 そういえば食堂でお話したときも、こんなノリだったっけ。うっかり忘れてたよ。

「そんなこと言っても、何も出ませんからね! お菓子のお裾分けくらいしか!」
「それはうれしいなぁ。ぜひご相伴にあずかりたいね」

 私が言い返すと、シャルトルさんは黄緑色の瞳を細めて朗らかに笑った。
 う〜ん、やっぱり美形だ。
 分類としては小隊長さんに似た、女子にモテそうなタイプ。
 でも、小隊長さんよりもたぶんちょっと年上。外見も落ち着きがあって、なんだかお兄ちゃんって感じ。
 そう思うのは、エルミアさんのお兄ちゃんだってことを知っているからかもしれないけど。

「……おい」

 シャルトルさんを観察していたら、ドスの利いた低い声が割って入ってきた。
 声のしたほうに顔を向けると、ビリーさんが不機嫌そうな顔でこっちに近づいてきていた。

「あれ、ビリーさんも一緒に行くんですか?」

 隊長さんとビリーさんと私が一緒に、だなんて、すごい組み合わせだなぁ。
 なんとなく意図的なものを感じなくもない。小隊長さんあたりの。
 これを機に、ちょっとは仲良くしておきなさい、ってことなのかな。
 別に私は、仲良くできるならそれでもいいんだけどね。
 ビリーさんは絶対に嫌がりそうだ。

「ああ。……ったく、ヤな組み合わせだな」
「文句を言うだけなら声かけないでくださいよ!」

 むぅ、と私は頬をむくれさせる。
 相変わらず、ビリーさんは嫌な感じだ。
 そんなんじゃ友だちできませんよ! と言ってやりたい。
 あれ、でも、たしかビリーさんとシャルトルさんはお友だちなんだったっけ。
 あ〜……シャルトルさん、おおらかそうだもんね。

「ちげーよ。俺は親切にも教えに来てやったんだ。隊長がさっきからチラチラこっち見てっけど、いいのか?」

 ビリーさんの言葉に、私は周囲をきょろきょろと見回す。
 隊長さんはさっき見たときと同じ位置にいて、たしかにビリーさんの言うとおりこっちに視線を向けていた。

「あ、本当だ。たいちょーさーん!」

 目があって、なんだかうれしくなって大きく手を振ってみる。
 隊長さんはしかめっ面でため息をついた。
 あれ、ちょっと不機嫌そう?

「わー、僕、次の鍛錬のとき殺されるかも」
「なぜにそんな物騒な話に!?」

 殺されるだなんて、穏やかじゃない。
 隊長さんがそんなことするわけないじゃないか。

「隊長は嫉妬深そうだなぁって話だよ」
「そ、そうですか……」

 あっさりとしたそう答えたシャルトルさんに、私はそれ以上何も言えなくなる。
 それって、隊長さんがシャルトルさんに嫉妬してくれたってこと?
 いやいやそんなまさか。ただ話していただけなのに。
 ……もし、そうだったらうれしいなぁとか、思っちゃったりしちゃったけど。
 嫉妬っていう感情は楽しいものではないからね。喜んじゃいけないんだっていうのは、わかってる。わかってはいる。
 でもやっぱり、小隊長さんのときもそうだったけど、嫉妬するほど想われてるんだって思うと、ね! 照れちゃうね!

「君みたいな子じゃ、余計に心配だろうねぇ」
「……それ、私、貶められてます?」
「貶めてない貶めてない」

 シャルトルさんはにこやかな笑みを浮かべつつ、両手を振って否定する。
 なんか、超絶に嘘っぽい。

「むー。まあいいとしましょう」

 シャルトルさんの言った意味もわからなくないから、私は不問にすることにした。
 私の気持ちは、隊長さんのそれと比べると軽く見えるんだろう。
 それは私の性格だとか、態度だとか、言葉選びだとか。
 そういうもの全部が関わってきているんだろうけど。
 だから、隊長さんも心配になっちゃうこともあるんじゃないかって。
 シャルトルさんは、きっとそう言いたいんだ。

 心配するようなことなんて何もないのに、とは言えない。
 私の言葉が軽く感じられるのは、充分自覚している。
 私は本気で隊長さんのことが大好きだけど、じゃあその本気ってどのくらい? って聞かれたら、困ってしまう。
 十歳も年上の、大人な男性の隊長さんとは、本気の度合いはちょっとずれているのかもしれないから。
 ちゃんと考えておきな、と前に小隊長さんにも忠告されたことを思い出す。


 好きって、難しいですね。



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