短い小話詰め合わせ 2

●『「おいで」と相手に向かって手を伸ばしている』『サクラとグレイス』を描きor書きましょう。


 みなさんおはようございます。
 今日も気持ちのいい朝です。
 まあそれ以上の気持ちのよさを私は昨夜経験ずみなわけですが。健全じゃない内容なので詳細は割愛します。

 当然というかなんというか、私は現在隊長さんの寝室にいます。
 まどろみが気持ちよくて、ごろごろとしていたんですが、そろそろ起きて支度しないと、朝ご飯を食べる時間がなくなってしまいます。シャワーも軽く浴びたいしね。
 隊長さんはとっくの昔に起きていて、すでに着替えも終わっています。
 今はベッドの脇の書机にて何やら手帳を確認中です。
 ベッドから降りようとした私は、重大な事実に気づきました。
 ……腰が抜けております。

「隊長さん隊長さん」

 困った私は、隊長さんに呼びかけた。
 こちらに目を向けた隊長さんに、おいでおいで、と私は手招きする。
 隊長さんは眉をひそめながらも、立ち上がって私の目の前まで来てくれる。

「だっこ」

 甘えた声で、隊長さんに向けて手を伸ばしながら言う。
 隊長さんは苦笑してから私を抱き上げた。
 紳士な隊長さんは、ちゃんとシーツで私をくるんでくれました。

「風呂か?」
「はい、お願いします」

 行き先を確認する隊長さんに、私はうなずいた。
 隊長さんは重さを感じさせずに移動して、私をお姫さま抱っこしたまま、器用に浴室に続く扉を開く。
 そうして隊長さんは、お風呂場まで数歩も歩く必要のない場所に私を下ろす。
 うん、あとはもう大丈夫。

「隊長さん隊長さん」

 ちょいちょい、と隊長さんの袖を引く。
 屈んだ隊長さんの頬に、私はちゅっとキスをする。

「運んでくれたお礼です」

 へへ、と笑いながら私は言った。


 甘えさせてくれたお礼、でもあるかな。











●サクラとグレイスさんにオススメのキス題。シチュ:自室、表情:「お任せ」、ポイント:「壁に押し付ける」、「自分からしようと思ったら奪われた」です。


「隊長さん、キスがしたいです!」
「……そうか」

 私の力のこもった主張に、隊長さんは眉間のしわを深くした。
 というかたぶん、今の体勢に何か言いたいことがあるんだろう。
 壁ドンです、壁ドン。
 私が、隊長さんを、壁に押しつけてます。
 ツッコミは不可です。壁ドンしたい気分だったんです。
 ここは隊長さんの私室だし、誰かが見ているわけでもないし、別にいいよね!

「私からするので、動かないでくださいね」

 隊長さんはため息をついてから、あきらめたようにうなずいた。
 では、いざ!
 隊長さんの唇めがけ、背伸びをする。が、背の高い隊長さんの唇へはまだ遠い。
 ん? 嫌な予感がする。
 つま先立ちをして限界まで身体を伸ばす。

 ……背が! 足りなかった!!

 がっくりと肩を落とした私とは対照的に、隊長さんはぷっと噴き出した。
 ひどいです隊長さん! 何がおもしろいんですか!
 抗議の気持ちを込めて睨めば、隊長さんは「悪い」と全然悪いなんて思ってなさそうに言った。
 むう、どうしてくれよう、このやるせなさ。

「サクラ」

 隊長さんが、私の名前を呼ぶ。
 それだけで私の機嫌は上昇していく。
 微笑を浮かべた隊長さんの顔が、近づいてくる。私は期待をこめて目を閉じる。
 ちゅ、と小さな音を立てて、唇に甘いキスが与えられた。
 ふくれっ面を維持できずに、へにゃりと頬がゆるむ。

「しょうがないので、今はこれで我慢します」

 腰に手を当てて、私は偉そうにそう言った。
 本当は、私からしたかったけど。


 それは夜のお楽しみということにしておきましょうか。











●サクラと隊長へのお題は『「泣きそうになりながら、手のひらに触れる」キーワードは「意地っぱり」』です。


 夕食を食べ終わり、ソファーに並んで座って、大して中身のないサクラの話に耳をかたむける。

「で、エルミアさんにはお兄ちゃんがいるらしいんですけど、女ったらしなんだそうです」
「……ああ、それは否定できない」

 ガネットの兄を脳裏に思い描きながら、相づちだけでなく言葉を返した。
 よく言えば、女性に優しい気遣い上手な男だろう。
 女性関係で問題を起こしたこともないし、うまくやっているようだ。
 が、女好きなのは確かで、女ったらしというのも間違ってはいないと思えた。

「隊長さんも知ってるんですか?」
「隊員のことだ、当然だろう」
「そういえばそうですね」

 バツの悪さをへらりと笑ってサクラはごまかす。

「兄に会ったら気をつけて、って言われちゃいましたよ」

 ガネットは兄のことを信用していないらしい。
 気をつけろ、は俺こそ言いたい台詞だ。
 もちろんガネットの兄が何かすると思っているわけではないが。
 言葉に迷っていると、サクラがいきなりぷっと噴き出した。
 視線で問うと、気にしないで、と言うようにサクラは手を横に振った。

「ちょっと、思い出し笑いです」

 そう言った彼女の笑顔は、すぐに歪んだ。
 サクラは泣きそうになりながら、俺の手のひらに触れてくる。
 指で筋をゆっくりとなぞっていく。
 その行為自体には、意味などないのだろう。
 何を思い出して笑ったのか。おおよそは想像がつく。
 俺の、男の手に触れて。俺ではない男に思いをはせている。
 それが家族だったとしても、少しだけ嫉妬してしまいそうになった。

「へへ、隊長さんの手、おっきい」

 わざとらしい言葉。わざとらしい笑顔。
 ちゃんと笑えていないことに、サクラは気づいているのだろうか。
 そんな顔をするくせに、涙を見せることはない。
 意地っぱりなのか、甘え下手なのか。
 どちらにしろ俺にとってうれしくはないことだ。

 今はまだ、気づかないふりをする。
 きっと、そうしてほしいのだろうから。
 サクラの抱えている悲しみ、寂しさ、憤り。
 何も考えていなさそうな笑顔の裏に隠した、本心。


 いつかすべて話してくれる日を、今はただ、待つしかなかった。











●『髪に花を飾ってあげる』『サクラとグレイス』を描きor書きましょう。


 昼休憩、出入口にほど近い廊下でサクラを見つけた。
 呼びかける前に向こうも俺に気づき、笑顔で駆け寄ってきた。

「隊長さん隊長さん、屈んでください!」

 目の前までやってきたサクラは、ウキウキといった様子でそう言った。
 いきなりなんだ、とは思ったが、拒む理由も特になかったのでおとなしく屈む。
 サクラは俺の肩に手を置いて背伸びをすると、俺の耳の上に何かを挿し込んだ。
 触れて確認してみると、どうやら野の花のようだった。

「外に咲いてたお花です! 隊長さん似合ってますよ!」

 にっこり、とサクラは笑う。
 それこそ、花のように。
 その言葉と表情に、俺は脱力した。

「似合っているわけがないだろう……」

 思わずため息がこぼれた。
 自分のような厳つい男に、可憐な花が似合うわけがない。
 いったいサクラの感性はどうなっているのか。
 サクラが変わっているのは充分わかっていた気でいたが、まだまだだったのかもしれない。

「花が似合うのは、お前のほうだろう」

 俺はそう言って、自分の頭から花を取り、サクラの髪に挿し込んでみせる。
 白い小花は、少女然としたサクラによく似合った。
 俺の頭にあるよりは、花もうれしいだろう。

「……隊長さん、それ、天然ですか?」

 かすかに頬を赤らめたサクラが、そう聞いてくる。
 遅れて、自分がいったい何を言ったのか、何をしたのかということに気がついた。
 照れが、伝染する。


 熱を逃がすように、俺は再度ため息をついた。











●サクラと隊長さんへのお題は『「怒り顔で、腕に触れる」キーワードは「朝」』です。


 昼の休憩時間、バンッと音を立ててサクラは俺の私室に入ってきた。
 その顔を見るかぎり、どうやら怒っているらしい。

「ひどいです隊長さん! 朝、どうして起こしてくれなかったんですか!」

 ぎゅっと握りこぶしを作って、サクラは噛みついてくる。
 なんだそんなことか、と俺は小さく息をつく。
 それほど怒るようなことでもないだろうに。
 むしろ、そんなことで怒られるとは思っていなかった。

「お前は今日は休みだろう」

 多少寝坊しても誰にも文句を言われない日だ。
 サクラと違い、俺は今日も仕事だ。休憩時間が終わればまた書類と格闘しなければならない。
 俺の都合にわざわざ合わせてもらう必要はない。
 そう思って、気持ちよさそうに眠っていたサクラを起こすことができなかった。
 ただそれだけだ。これほど怒られるようなことだっただろうか。

「そうですけど! そうじゃなくってですね!」

 サクラの言葉は要領を得ない。
 怒りの冷めない表情のまま、サクラは俺の腕に触れてきた。いや、力強くつかんだと言ったほうが正しい。
 女の力で痛みを感じるような鍛え方はしていないが、強い感情は伝わってきた。

「おはようって、いってらっしゃいって、言いたかったです」

 むう、と唇を尖らせて、サクラは言う。
 予想もしなかった言葉に、俺は目をしばたかせた。
 おはようと、いってらっしゃい。
 朝の挨拶と、見送りの挨拶。
 サクラと過ごす朝には、いつも当然のように与えられていたもの。
 それにどんな意味があるのか、考えたことなどなかったが。
 サクラにとっても、俺にとっても。
 一日の始まりに、必要なものなのかもしれなかった。

「……すまなかった」

 素直に謝れば、サクラはやっと表情を和らげた。
 しょうがないなぁ、というように苦笑する。

「次は、私がお休みの日でも、起こしてください」
「わかった」
「約束ですよ!」
「ああ」

 念押しするサクラに、俺はしっかりとうなずいて答える。
 俺も、寝顔を見ているだけでは、物足りない。
 サクラのよく動く表情を見て、明るく元気な声を聞いて。
 そうして始まる朝は、いつもよりも満ち足りたものになるだろう。


 次からは、きちんとサクラを起こして、笑顔と共に挨拶をもらうことにしよう。











●『ベッドで「おはよう」と言っている』『サクラとグレイス』を描きor書きましょう。


 朝、目が覚めると、隣には好きな人がいる。
 それって、すごく贅沢なことだと思う。
 しあわせだなぁ、なんて、ついつい笑みがもれてきちゃう。

 私が起きたことに気づいた隊長さんは、挨拶するように額にキスをしてくれた。
 やわらかなぬくもりが心地よくて、ずっとこうしていたくなった。
 でも、今日も仕事だ。ちゃんと起きなきゃ。

「おはようございま……あふ」

 朝の挨拶をしようとしたら、あくびが出てしまった。
 まだ空は完全に明るくはなっていない。
 早く起きすぎたらしい。
 睡眠時間が足りていないのか、頭がちゃんと回っていないみたいだ。

「眠いなら、寝ていていい」

 ぽんぽんと、隊長さんは私の頭をなでながら言った。
 それは魅力的な言葉で、私は誘われるようにまぶたを下ろした。
 当然、視界は閉ざされて何も見えなくなる。でも、隊長さんのことは全身で感じられる。
 私を包み込んでくれている体温。整った静かな息づかい。汗を含んだ、隊長さんの匂い。背中をなでてくれる大きな手のひら。きっと優しいまなざしを向けてくれているだろう、ダークブルーの瞳。
 見えないからこそ、いつも以上に隊長さんが近くにいるような気がして。
 このまま寝ちゃったら、全部感じられなくなっちゃうんだなと思うと、押し寄せる睡魔と戦いたくなってくる。

「寝るの、もったいないです」

 すり、と私は隊長さんの素肌の胸に額をすりつける。
 もう少し、このぬくもりを感じていたい。
 こうして隊長さんの一番近くにいられるのは、今は私だけの特権。
 それを最大限に行使したい。
 要するに、甘えたい気分だってことだ。

「……まったく、お前は」

 そう、ため息混じりにこぼされる。
 笑みを含んでいるように聞こえるのは、気のせいだろうか。
 隊長さんも、こんななんでもないような朝の時間を、大切に思ってくれていたらいいな。
 そんなことを思ったところまでは、記憶が残っている。
 でももう、限界で。


 隊長さんのぬくもりに包まれながら、私は再び眠りについた。











●サクラとグレイスへのお題は『「上目遣いで、両手をぎゅっと握る」キーワードは「学校」』です。


 お昼の休憩時間は、たいてい隊長さんの部屋に遊びに行く。
 夕ご飯は、隊長さんの仕事が長引かないかぎりは一緒に食べる。
 そのまま隊長さんの部屋にお泊まりすることも多くて、そうすると朝ご飯も一緒になる。
 毎日、私の生活には隊長さんがいる。
 それはとってもしあわせなことだ。

「隊長さん、こんばんは!」

 隊長さんの自室の扉をバンッと開いて、私は元気よく言った。
 今日は遅くまで仕事をしていたので、夕ご飯は別。
 でも、さっき隊員さんに聞いたら、もう部屋に戻ってるって教えてくれたから、ついつい来てしまった。
 隊長さんに夜の挨拶をしないと、今日が終わったような感じがしないもんね。

「……最近、来すぎじゃないか?」

 にこにこ笑顔の私とは対照的に、隊長さんは仏頂面。
 せっかく来たのに、あまりうれしくなさそう。
 隊長さんは、私に会いたくなかったのかな? なんてちょっと不安になっちゃいそうだ。

 とはいえ、隊長さんの言うことはもっともだ。
 何しろ最近ほぼ毎日、こうして隊長さんの部屋に来ているんだから。
 お昼にはたいてい隊長さんは自室に帰ってきているし。一緒に夕ご飯を食べるのも、いつのまにか当たり前のことになっていた。
 そうやって隊長さんとの時間が増えていくことを、私は歓迎していた。
 元の世界では、恋人はみんな同じ学校の人だったから、毎日会うのなんて当然のことだった。
 でも、この世界ではそうではないのかもしれない。
 ……私は、毎日隊長さんと会いたいんだけどな。

「ダメ、ですか?」

 隊長さんの両手をぎゅっと握り、上目遣いで小首をかしげる。
 元の世界で、特に学校でやろうものなら、間違いなく『かわいこぶってる』と言われるような仕草。
 でも、そういうのに男の人は弱いものなのだ。
 隊長さんはあきらめたように、ため息を一つつく。

「……駄目じゃない」

 小さな声だったけど、たしかに、隊長さんはそう言った。
 よし、言質取った!
 私は思わずにんまりと笑ってしまった。

「隊長さんは、私が来るとうれしいですか?」

 調子に乗った私は、答えの予想できる問いを投げかけてみる。
 もっと隊長さんからの言葉が欲しくて、もっと隊長さんの本音が聞きたくて。
 もっと、隊長さんは私のことが好きなんだって、実感したくて。

「……ああ」

 隊長さんは言葉と共にうなずいた。
 眉がひそめられているけど、頬が少し赤いから、照れているんだってわかる。
 うれしすぎて、頬がゆるむ。
 きっと今の私は最高にしまりのない顔をしている。
 それでもいいんだ。しあわせだから。


 大好きな隊長さんと少しでも一緒にいたくて、今日も私は彼の部屋の扉を叩く。









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