夜、持って帰ってきた仕事を自室で一つずつこなしていく。
それほどの量があったわけではないから、時間もそうかからない。
部屋には俺以外にもう一人、サクラがソファーで静かに食後のお茶を飲んでいた。
サクラは意外に真面目なのか、俺が仕事をしている最中に邪魔をすることはまずない。
……邪魔はしないのだが。
そちらを見なくてもわかる。
サクラの視線が、俺に一直線に向かってきている。
凝視と言ってもいいくらいだ。
集中力がガリガリと削り取られていく。
それでもなんとか仕事を終えたところで、大きくため息をついて、サクラに顔を向けた。
「誘っているのか?」
思わず口をついて出てきたのは、そんな言葉だった。
そう思ってしまうほどに、サクラのまなざしは強くて熱かった。
サクラはきょとんとした顔をしたあと、笑みを浮かべた。
「あ、そっか、その手がありましたね!」
「……は?」
手を打ってそう言い出したサクラに、俺は目を丸くする。
どういうことなのか訳がわからない。
ソファーから立ち上がって、俺の横まで小走りでやってきたサクラは、ぱっと両手を広げた。
「隊長さん、抱いてください!」
にぱ、とサクラは朗らかな笑みを見せる。
見事なまでに、言葉と表情が一致していない。
俺は眉をひそめてサクラを睨んだ。
「せっかくの据え膳なんですから、嫌そうな顔しないでくださいよ〜」
「何をどうしたらそうなるんだ……」
ため息混じりに俺はこぼした。
抱いてください、とサクラに面と向かって言われるのは、これで何度目になるだろうか。
あまり女性が口にしていい言葉ではないと思うのだが。
サクラを一般的な女性と比べること自体、間違っているのかもしれない。
精霊の客人だから、というだけでなく、サクラ自身が普通とはかけ離れている。
「あのですね、かまってほしいなぁと思ってたわけなんですよ。だから抱いてもらえれば私も満足、隊長さんも色々スッキリ、で一石二鳥ですよね!」
まるでそれが最善だとばかりに、明るい表情でサクラは言葉を重ねていく。
だから、そんな顔でそんないかがわしいことを言うなと……。
頭痛がしてきたような気がして、俺は頭を押さえた。
「お前には恥じらいというものがなさすぎる」
我慢できずに、俺は前々から思っていたことを吐き出した。
まったくないわけではないことは、恥じらうサクラを見たことがあるから知っている。
だがサクラは、恥じらうポイントが人とずれている。
特に情事に関して、サクラは照れるどころか躊躇すらせずに口にする。
過去に何度、もう少し言葉を選べと言いたくなったかわからない。
「隊長さんにかまってもらえないくらいなら恥じらいなんていくらでも捨てます!」
「捨てるな。拾え」
即座に切って捨てると、サクラの表情が明らかにくもった。
しまった、言い方がきつすぎただろうか。
「隊長さんがつれない……」
しょんぼりと肩を落とすサクラに、俺はもう一度ため息をつく。
別にサクラを悲しませたいわけではない。常識がないと非難したいわけでもない。
ただ、サクラの言動は予測不可能で、反応に困ってしまうだけだ。
いちいち振り回されてしまう自分自身に呆れている、ということもある。
十も年下の、少女と呼んでも違和感のない外見をした彼女に、ほとんど勝てた試しがないのが情けない。
機嫌を取るようにサクラを抱き寄せ、触れるだけのキスを落とした。
「かまっているだろう」
サクラの瞳を覗き込みながらそう告げる。
俺が座っているために、あまり目線の高さが変わらない。
どんな色をも飲み込んでしまいそうな深く暗い色の瞳が、まっすぐ俺を映している。
あるいはもうすでに、俺はこの瞳に飲み込まれてしまっているのかもしれない。
「もっと、かまってほしいんです。私以外なんにも見えないくらいに」
「……」
思っていたよりも真剣な表情と声音に、俺は黙り込むしかなかった。
うるんだ闇色の瞳には、はっきりと熱が宿っている。
じわりと、胸を焦がすのは、恋情から来る欲。
視界からサクラ以外のすべてが失せる。
「ダメ、ですか?」
そう、小首をかしげて問いかけてくるのは、無意識なのか狙っているのか。
あおった責任を取れと言いたくなっていることすら、サクラの思うつぼだろう。
さらにもう一度、ため息をつく。
サクラに勝てるわけがないことは、最初からわかっていたことだ。
俺は内心で白旗をあげる。降参だ。
「取り消しは聞かないぞ」
サクラの頬をなぞりながら、俺は最終宣告をする。
今は夜だ。仕事はもう終えている。
これから先の時間の使い方は、自由だ。
「えへへ、隊長さん、大好きです!」
サクラはこれからすることに似つかわしくない、満面の笑みで抱きついてくる。
それを受け止め、立ち上がるのと同時に抱き上げる。
胸にすり寄ってくるサクラに、寝室へと足を運びながら苦笑をこぼした。
夜はまだ始まったばかりだ。