隊長さんを罵ってみました

 朝、隊長さんの部屋で目を覚まして、朝ご飯を食べて。
 まだ仕事に行くには早いから、とまったりとした空き時間。
 今日の仕事の確認をしている隊長さんをぼんやりと眺めつつ、私は何かおもしろいことはないかなぁと探していた。
 仕事をしている隊長さんを見ているだけでも、おもしろいっちゃおもしろい。
 何も仕事が始まる前に仕事をしなくても、と思うけど、そんなところも真面目な隊長さんらしくて好きだ。

 隊長さんって、絶対仕事が趣味だよね。
 仕事人間の隊長さんには、あれだろうか、お約束の台詞を言ってみるべきだろうか。
 『私と仕事とどっちが大事なの!?』って。
 ……うん、似合わないね、私には。
 そもそも恋人と仕事とは比べられるものじゃないと思う。
 恋人との時間のためにも、仕事はがんばらなくちゃいけないものだもんね。

 つまんないなぁ、お相手してほしいなぁ。
 話しかければ答えてくれることは、これまでの経験からわかっている。
 今やらなくてもいいことだから、話があるなら遠慮するなとも言われている。
 どんなにくだらない話でも、隊長さんは付き合ってくれる。呆れた顔はするけれど。
 でもいいんだ。そんな表情も格好いいから。

「どうかしたか?」

 じーっと見ていたからか、正面に座っている隊長さんがこっちに目を向けて尋ねてきた。
 別にどうもしていないんだけどね。
 しいて言えば、遊んでほしいっていうだけで。
 仕事をしながらも私のことを気にかけてくれたことがうれしい。
 にへ、と笑みをこぼすと、隊長さんも微笑み返してくれた。

「隊長さんのバーカ」

 笑顔のままで、私はそう言ってみた。
 特に意味はなかった。本心からの言葉でもなかった。
 つまりは、単なる冗談。軽口。イッツアジョーク。

「……なんだいきなり」

 あらら、怖い顔。
 仁王像もにらめっこで負けちゃいそうな仏頂面だ。
 ちなみにこの負けは笑っちゃうって意味じゃなく、降参的な意味です。

「言いたくなっただけです」
「そんな理由で中傷を受けたのか」

 むっすりとした表情。心なしか声もトゲトゲとしている。
 完全に隊長さんの機嫌を損ねてしまったらしい。
 残念、真面目な隊長さんには冗談は通じなかったか。
 でも聞き捨てならないぞ。私は中傷なんてしたつもりありませんよ!

「バカは愛情表現ですよ! 愛してるって訳してください!」

 私は握りこぶしを作って主張した。
 言葉どおりに捉えちゃいけません。そこに込められた思いを読み取るのです!
 さながら、アイラブユーを月がきれいですねと訳した、かの文豪のように!

「どう考えてもおかしいだろう」
「おかしくないです。私の中では筋が通ってます」

 えっへん、と私が胸を張って言うと、

「お前を基準にされてもな」

 と隊長さんは苦言をもらす。
 眉間のしわは減るどころか増えていっている。
 怒っているというより、困ってる? 疲れさせちゃってる?
 おかしいな、こんなはずじゃなかったのに。

「それって遠回しに私のこと変人だって言ってます?」

 私を基準にしちゃダメってことは、私が普通じゃないってことだ。
 まさかそんな、ごくごく平凡な私を捕まえて変人だなんて、言いませんよね?
 ちなみにあっちの世界で同じことを言ったら、平凡をバカにするなと友だちに言われたことがありました。どういう意味だったんでしょうかね。

「変わっているのは事実だろうな」
「ひどいです! 単なる個性じゃないですか!」
「……個性ですむのか?」
「すみますよ」

 自信を持って私はそう答えた。
 人間誰しも普通からちょっと外れた部分というものは持っているものです。
 基本的には平凡な私にも、人とは違う一面があるだけ。
 変人ではないのです!

「……まあ、どちらでもいいが」

 隊長さんはため息をついて、手に持っていた手帳らしきものをテーブルに置いた。
 仕事の確認はもういいらしい。
 終わったのかな? それとも、私と話すのと両立できないからかな?
 邪魔をしちゃったのは悪いなと思いつつ、相手をしてくれているのはうれしかったりする。

「結局なぜ俺は馬鹿と言われたんだ?」
「特に理由はなかったんですけど、そろそろそういう冗談を言っても大丈夫かな、って思いまして」

 隊長さんの問いかけに、私は考えつつ答える。
 この世界に来て、隊長さんと出会って、もう二ヶ月以上が過ぎている。
 その間に色々……本当に色々あって、隊長さんとお付き合いすることになって。
 隊長さんとだいぶ打ち解けられてきたなぁと思ったわけです。
 元々私は人見知りとかしないほうだし、最初からこんなもんだった気もするけど。
 でもやっぱり、仲良くなってからじゃないと言えないこととかできないことってあるじゃないですか。
 その一つが、冗談での罵倒かなぁ、と。

「冗談で罵れる関係って素敵じゃないですか? それだけ気を許してるってことですよ」

 私も向こうの世界で、本当に仲のいい友だちとは、けっこう悪口の言い合いになってたりしてた。
 テストで赤点取るとかバカじゃん、とか。そんなに食べてると豚になるよ、とか。
 お世辞を言い合う関係よりも、ずっと深い仲なような気がするんだけど。
 そういうのって、私だけかな?

「何を言いたいのか、わからないわけではないが……」

 隊長さんは言いにくそうに語尾をにごす。
 なんだろう、と私がじーっと見ていると、眉間のしわが深くなった。
 私から視線をそらして、観念したように口を開く。

「罵られるよりも、素直に気持ちを伝えてくれたほうが、俺はうれしい」

 素直に気持ちを伝えてくれたほうが?
 つまりそれって、訳したほうの言葉を言ってほしい、ってこと?
 愛してる、って?

「隊長さんが言いますか、それ」

 一度も好きとか愛してるとか言ったことない人が、と思わず半眼になってしまった。
 隊長さんは、うっと口に苦いものを含んだような顔をした。
 いけない、クリティカルヒットだったらしい。
 そんな顔するくらいなら、言ってくれればいいのに。
 たった一言ですむんだから。
 その一言がなかなか言えないのが、隊長さんなんだろうけど。

「まったくもう、わがままなんだから。好きですよ、隊長さん」

 仕方ないなぁ。隊長さんが言わない分も、私が好きって言うしかないじゃないか。
 もしかしたらそれでちょうどバランスが取れているのかもしれない。
 私は思っていることはすぐに口に出しちゃうほうだから。
 隊長さんみたいに言い渋ったりなんて似合わない。
 そりゃあもちろん、言ってばかりじゃなくて言われたいけどね、私も。
 まあそれは、今度のお楽しみということにしておこう。

「……ああ」

 今はとりあえず、少しうれしそうに表情をゆるめる隊長さんを見て。
 しあわせに浸っておくことにしましょうか。



作品目次へ