休憩時間となりました

 手に持っているものを揺らさないよう、私は慎重に歩みを進める。
 目指すは隊長さんの執務室。
 いつもはお仕事の邪魔をしちゃいけないかなって、あんまり寄りつかない執務室だけど、今日は大義名分があるので堂々と訪ねられるのです。
 むっふっふ、これも私の日ごろの行いのおかげですね!
 食堂の人たちと仲良くしていてよかったと、今日ほど思ったことはありません。

 隊長さんの執務室の前。どうにか片手でバランスを取って、扉をノックする。
 中から「入れ」という声がしたので、遠慮なく。

「隊長さんこんにちは!」

 扉を開けてそう言うと、隊長さんははっと顔を上げた。

「サクラ……」

 どうしてお前がここに、と顔に書いてある。
 私はにっこりと笑いかけて、隊長さんに近づいていく。
 休憩時間だというのに、いまだに執務机で仕事をしている隊長さんに。

「たーいちょーさん、もうお昼休みですよ!」
「もう少ししたら休憩する」

 そう言って隊長さんはまた手にしていた書類に視線を戻す。
 私はむっとして、持っていたものをわざと音を立てて執務机に置いた。
 ここまで運んできたのは、隊長さんのお昼ご飯だ。
 料理人のみなさんがおいしく食べてもらえるようにって、毎日一生懸命作っているもの。
 仕事が大切なのはわかるけど、休憩時間は休憩するものでしょう!

「ダメです! 今日は仕事が多いみたいだから、ちゃんと休ませてあげてって、隊員さんから言われてるんです」

 ビシッ、と人差し指を立てて、私は言う。
 大義名分のある私は強いのです!

「……いつのまに」

 困惑に眉をひそめながら、隊長さんは小さな声でそうこぼす。
 続く言葉は、『そんなに隊員と仲良くなったんだ』? それとも、『そんなことを言われたんだ』、かな?
 ここはとりあえず後者ということにして答えておこう。

「お昼食べに食堂に行ったときです」

 食堂で偶然会った顔見知りの隊員さんが、今日はいつもよりも隊長さんの仕事が多いって教えてくれたんだよね。
 で、そしたら他の隊員さんが、じゃあお昼休憩も仕事してるかも、って言って。
 それはいけない、ということで、厨房の人に隊長さんのご飯を渡されて、みんなから隊長さんにお昼ご飯を食べさせるようにって任されたわけです。

「お前はいつから俺の世話係になったんだ」
「さあ? それだけ隊長さんが慕われてるってことじゃないですか?」

 私は首をかしげながら、食堂で感じたことを口にしてみる。
 こうでもしないと休まない隊長さんのことを、みんなが心配しているってことだからね。
 全員が全員ってわけじゃないけど、砦にいる人たちは隊長さんのことを慕っている。
 それがなんだか、自分のことのようにうれしくて、誇らしく思えたりする。

「ご飯、冷める前にちゃんと食べてください!」

 そう詰め寄ると、隊長さんは私と書類とを見比べて、小さくため息をついた。

「……あと五分だけ待ってくれ」

 本当はもっと仕事をしていたいけど、しょうがない。
 隊長さんの言葉にはそんな響きがあった。
 五分というのは、隊長さんなりの譲歩なんだろう。
 キリがいいところまでやってしまいたい、という気持ちもわからなくはない。

「しょうがないなぁ。本当に五分だけですよ」

 腰に手を当てながら、わざとらしく偉ぶって私は言う。
 ああ、と短い返事だけして、隊長さんはすぐに仕事に戻った。
 邪魔にならないように、お昼ご飯の乗ったトレイを執務机からどかして、応接セットのほうに置いた。
 待っている間、他にやることもないし、と私は仕事をしている隊長さんをソファーに座りながら見物していることにした。
 仕事をしている隊長さんって、いつ見ても素敵だ。
 元の世界では大学生だったから、仕事をしている男性を近くで見る機会なんて、そうはなかった。
 お父さんは家に仕事を持ち帰ったりはしなかったし。
 書類に目を落とし、真剣な表情でペンを走らせる隊長さんは、文句なしに格好いい。
 仕事のできる男性って、いいね!

 私が惚れ直していると、隊長さんは息をついてからペンを置いた。
 キリのいいところまで終わったのかな?
 時計を確認してみると、お仕事を再開してから四分三十五秒くらい。
 すごい、本当に五分ですませちゃった。

「お疲れさまです、隊長さん」
「ああ」

 目が疲れたのか、眉間を押さえながら隊長さんは返事をする。
 そういう何気ない仕草もいちいち格好いいなぁ、もう!

「別に見ていてもおもしろいものでもなかっただろう」

 机の上を整理しながら、隊長さんは言う。
 私の視線に気づいていたらしい。
 まあ、じーっと見てたもんね。気づかないほうがおかしいか。

「そんなことないですよ。仕事してる隊長さんも格好いいです!」
「……そうか」

 私の言葉に、隊長さんは眉間にしわを刻んだ。

「あ、もしかして邪魔になっちゃってました? ならすみません」

 今さらその可能性に気がついて、私はあわてて謝った。
 怒っているわけじゃないみたいだけど、困らせてはしまったかもしれない。
 間近で見ていたわけじゃなくても、視線って気になっちゃう人もいるだろうし。
 特に仕事とか、集中しなきゃいけないときだと、気が散っちゃったりするよね。
 ちょっと考えなしだったかもしれない。反省反省。

「いや、そうじゃない」

 そう言いながらも、隊長さんは困ったような顔のまま。
 隊長さんは優しいからなぁ。嫌だったとしても、はっきりとは言わないだろう。
 次から気をつけるとして、とりあえず今は、休憩に入った隊長さんに当初の予定どおりご飯を食べてもらわなければ。
 若干居心地の悪い空気を気にしないようにしつつ、トレイを持って執務机までご飯を運ぶ。

「……サクラ」
「はい?」

 トレイを机の上に置いたところで名前を呼ばれ、隊長さんを見ると、指でこっちに来いと促された。
 なんだろうと思いながらも隊長さんのすぐ横にまで近づいていく。
 椅子に座っている隊長さんは私よりも低いところに顔があって、当然見下ろすことになる。
 隊長さんと私は三十センチ近く身長差があるから、普通にしてたら見下ろす機会なんてないわけで。目線の違いが新鮮でおもしろい。
 どうかしましたか? と私が訪ねる前に、隊長さんの手が伸びてきた。
 大きな手は私の後頭部に回って、驚く暇もなくぐいっと引かれる。
 体勢を崩して、隊長さんの肩に手を置いてバランスを取ったときには、私の唇は隊長さんの唇でふさがれていた。
 いきなりのことに混乱しながらも、慣れた感触に無意識にそのキスを受け入れていた。
 差し入れられた隊長さんの舌に、私は自分から舌を絡めた。

「……っ、ん……」

 口の端からこぼれ落ちた甘ったるい声が執務室に響く。
 いつもと角度の違う口づけに戸惑って、うまく息継ぎができない。
 息苦しさと、気持ちよさが混じり合って、だんだんと頭がぼうっとしてくる。
 キスだけでなんでこんなに、と不思議になるくらいに気持ちがよくて、身体が熱くなっていくのがわかる。
 狙ったようなタイミングでうなじを指でなぞられて、肩が勝手に跳ねた。
 長い長いキスが終わったとき、私は完全に腰が抜けていた。
 足に力が入らなくて、軟体動物みたいにぐねぐねとした感覚がする。
 隊長さんに腰を抱えられているから、なんとか座り込まずにいられている状態だ。

「いい休憩になった」

 隊長さんはどこか晴れやかな表情で、そう言った。
 それはあれですか、ブティックホテル的な意味での休憩ですか。
 キスだけだったけどさ。それくらいで恥じらうようなかわいげなんて持ってないけどさ。
 仕事をする場でそういうことをするのって、すごく背徳感があるよね。

 隊長さんってたまに見た目どおり肉食なときがあるよね。
 いつもは顔に似合わず照れ屋だったりして、かわいいのに。
 基本的にはストイックな性格の隊長さんだけど、忘れちゃいけない。
 隊長さん、夜はものすごいんだから。
 え? どのくらいすごいかって?
 詳細を語っちゃうとR18になっちゃうので勘弁してください。
 一つ言えるとすれば、軍人さんって体力すごいね! ってことかな。
 おかげで次の日の筋肉痛がひどいったら……いや、これ以上は何も言うまい。

「隊長さんのえっち……」

 思わずそうこぼすと、隊長さんはむっとした顔をする。

「あんなに熱心に見つめられれば、変な気にもなる」

 それって私のせい? 私のせいだって言いたいの?
 変な気って、お仕事中に何を考えてたんですか!
 いや、今は休憩時間だからお仕事中ではないけど、あれ、でも今までお仕事してたわけで……。
 ああ、ダメだ、思考がぐるぐるしてきた。ちょっと混乱してるみたいだ、私。

「お昼ご飯、どうぞ召し上がれ! “私”は夜までおあずけです!」

 私はそう言って、トレイを隊長さんの目の前に押し出した。
 夜ならいいのか、なんて隊長さんのつぶやきは、聞こえない聞こえない!
 そりゃ、嫌なわけがないじゃないですか。
 今のキスだって、場所が場所だから驚いただけで。
 いつも真面目な隊長さんが、休憩時間とはいえ執務室で、不意打ちでキスしてくれるなんて。
 それだけ私のことが好きなんだって思えば、うれしくないはずがない。


 でも、そんなこと、悔しいから言ってあげません!



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