一日に一杯のブラックコーヒー。
それは、隊長職についてから習慣づいているものだった。
好きかどうかと聞かれれば、素直に好きだと答えるくらいには好んで飲んでいる。
毎日必ずというわけではないが、飲まない日のほうが圧倒的に少ないだろう。
疲れているときほど、身体がコーヒーを求めるような気がした。
そして現在、目の前にドンと置かれたのは、コーヒーカップ。
けれど中身はいつも飲んでいるブラックコーヒーではなく、ミルクたっぷりのカフェオレ。
しかも、匂いからして砂糖も入っているようだった。
「疲れたときには甘いものですよ!」
昼の休憩時間に入って少ししたころ。
執務室に得意気な顔でカフェオレを持ってきたのは、俺の恋人であるサクラだった。
にこにこと笑いながら、俺がカフェオレを飲む瞬間を今か今かと待っているようだった。
そんなに見られていると逆に飲みにくい。
そもそもなぜカフェオレなのか。ブラックじゃないのか。
いや、理由は今言ったとおりなのだろうけれど。
「……どうしたんだ、いきなり」
とりあえず無難にそう聞いてみた。
仕事の邪魔はしないように、という配慮なのか、サクラはあまり執務室には近寄らない。
いつもだったら俺の部屋で待っているだろうに、今日にかぎってこうして執務室に、しかもカフェオレを持って来た理由はなんだろうか。
「仕事が忙しそうだったので、私にできることって何かなぁって思ったら、やっぱり給仕かな、と」
ほら、メイドさんですし! と訳のわからないことをサクラは言う。
とりあえず、俺のことを思いやっての行動らしいということだけは把握した。
「俺は別にそこまでお前に求めてはいない」
「え、それ寂しいですよ! 私にも何かさせてください!」
サクラにも仕事があり、自分の時間も必要だろうから無理はしてほしくないと思っての言葉だったが、どうやら少し誤解したらしい。
執務机の目の前まで迫るサクラは真剣な顔をしていた。
大切な人のために、自分にできることをしたい、と思うのは当然なのかもしれない。
それほどに想ってもらえていることに、こそばゆさを感じる。
「カフェオレ、飲まないんですか?」
「……いや、もらおう」
不安そうな表情で首をかしげたサクラに、俺はそう返してカップを手に持つ。
カップの中身はまだあたたかく、湯気が出ていた。
一口飲むと、甘みが口内に広がる。
甘すぎるというほどではないが、普段はブラックコーヒーを飲んでいるために、糖分が喉に貼りつくような感覚を覚えた。
別にまずいとは思わない。しいて言うなら、慣れていない甘みに戸惑うといったところか。
「おいしいですか?」
そう問いかけてくるサクラの瞳はキラキラと輝いていた。
明らかに、何かを期待している目だ。
犬の耳と尻尾が見えるような気までしてくる。
褒めてほしいのだろう、と言われずとも理解した。
「……ああ」
とはいえ、自分は口下手だ。
当然褒め言葉などそう簡単に出てくるわけがない。
短く返事をしただけだったが、それでもサクラはうれしそうににっこりと笑った。
「これからも隊長さんがお疲れなときは、私がコーヒー淹れてあげますね!」
太陽みたいな明るい笑顔で、サクラは告げた。
砂糖がたっぷり入ったコーヒーのように、サクラの瞳に甘く優しいいたわりの色が見えた。
甘いカフェオレは口になじまないが、彼女の気持ちはもちろんうれしい。
たまに飲むくらいならカフェオレもいいものかもしれない。
かわいい恋人に淹れてもらったコーヒーは、きっといつもよりおいしく感じることだろう。
できたら次はブラックで頼む、と言いたいところだけど。
それはまたあとで、にしておこう。
サクラの笑顔をくもらせたくはなかったから。