ボンジュール、水上桜ことサクラ・ミナカミです!
ただいま二十歳の女ざかり。とっても素敵な恋人もいるし、しあわせな毎日を過ごしてます!
そして現在、その恋人のお部屋で二人っきり。
これはもう甘々ラブラブ濃厚ドッキドキなひとときを期待するしかないですよね!
の、はずなんですが……。
「俺がなぜ怒っているのか、わかるな?」
目の前に立って私を見下ろしてらっしゃるのは、迫力満点な険しい顔をした隊長さん。
とっても素敵な恋人……なんです。そのはずなんです。
たとえ今の彼が仁王像だとか鬼だとか魔王さまだとかに見えるとしても、間違いなく素敵な私の恋人なのです。
隊長さんが怖い顔をしているのはしょうがないんです。私が怒られるようなことをしたから。
私は隊長さんの言葉に、しょんぼりとしながらはいと答えた。
つい今さっきのことなのですが。
今日の仕事は掃除ではなく洗濯で、そのとき私は洗濯物を取り込もうとしていたんです。
この砦には二階に広ーいベランダがあって、そこで洗濯物を乾かします。
一階だと有事のときに困るから、ということらしい。魔物に囲まれたときとかそういうのを警戒しているんだろうね。
で、取り込もうとした洗濯物が、風にあおられて飛んでいっちゃって。
それが運悪く森のほうにまで行っちゃったのです。
方向感覚にはそれなりに自信があるからと、私は洗濯物を取りに森に入りました。
洗濯物はすぐに見つかって、一件落着、かと思いきや。
帰ってきた私を迎えてくれた、一緒に洗濯物を取り込んでいた人の真っ青な顔を見て、私は失敗を自覚したのです。
それから、私はその使用人さんに注意を受けて。
次は気をつけよう、と心に決めて。
お昼休憩に隊長さんの部屋に遊びに来たわけなのですが。
そこにはこうして仁王像が立っていた……という次第です。
たぶん、あの使用人さんから話が行ったんだろうね。
「森には入るなとあれだけ言ってあっただろう」
隊長さんの厳しい視線に、私はうつむきそうになる顔を必死で固定する。
考えなしに森に入っちゃったけど、隊長さんの言うように何度も注意されていたことなんだ。
怒られるのは、当然のこと。
悪いのは、どう考えても私だ。
「見張りも見回りもいる。近くに魔物が来たらすぐにわかるようにはなっている。だが、取りこぼしがないとはかぎらないんだ。それに、魔物がいるから少ないとはいえ、普通の獣もいないわけじゃない」
隊長さんの声は、低くて落ち着いていて、けれどとても心に響く。
いつもあまり多くは話さない隊長さんが、今はとても饒舌だ。
私に必要なことだから、話してくれているんだろう。
「お前は魔物を見たことがないから実感がないのかもしれないが、森は危険な場所だ。軍は万能じゃない。油断していると何が起こるかわからない。それを覚えていてほしい。……心配なんだ」
そう言って、仁王像の眉間のしわがまた少し深くなる。
凶悪殺人鬼みたいな人相だけど、私を心配してくれているからだって思うと、ドキッとしてしまう。
怖い顔の隊長さんも格好いいのです!
「聞いているのか?」
「はい! 一語一句もらさず聞いてます!」
私は大きな声で答える。
「……ならなんでそんな満面の笑顔なんだ」
あ、バレました?
実は途中からなんだか口元がゆるんできちゃってまして。
たぶん、今の私はへらへらとしまりのない笑顔になっていると思う。
「だってそれってあれですよね? 『どんな危険からもお前を守ってやりたいんだ』ってことですよね!?」
私は隊長さんとの間の距離をつめてキラキラした瞳を向ける。
つい声がうきうきとしたものになっちゃうのはしょうがないよね!
「……どうしてそうなる」
「え、違いました? そうとしか聞こえなかったんですけど」
おかしいなぁ。
私がきょとんとした顔をしていると、隊長さんはため息を吐いた。
「俺は真剣に怒っているんだが」
「わかってますよ〜もちろん」
「サクラ」
咎めるように、隊長さんは鋭い声で私の名前を呼ぶ。
真面目に聞いていないように見えたのかな。
これ以上怒らせちゃダメだよね。隊長さんの眉間のしわがすごいことになってるから。
私は安心させるように、隊長さんに笑いかけた。
「だーいじょうぶです。今回うっかり心配かけちゃうようなことしちゃったのは、私が注意不足だったってわかってます。でもですね、心配してもらえてうれしいなぁって思っちゃうのは、しょうがないことなんですよ!」
そう、私はちゃんと反省している。
いけないことをしたってことは自覚しているし、次はそんなことがないようにしようとも思っている。
いまいちそんなふうには見えないのかもしれないけど。
私だって自分の命は惜しいからね。ちゃんと、気をつけるべきところはわかっているつもりだ。
それとこれとは話が別なだけ。
心配をかけちゃったのは申し訳ないけど、心配してくれるのはうれしい。
これって普通の心理だと思うわけなんですが。どうかな?
「心配するのは当然のことだろう」
「隊長さんにとってはそうかもですね。それが隊長としての責任感から来てるってのも、ちゃんとわかってますよ」
隊長さんは真面目で、責任感が強い人だ。
だから隊長職なんてやっていられるんだろうね。生半可な覚悟でできることじゃないだろうから。
初めて魔物の血を見たあのときから、もう何度かあの警報を聞いている。
ここはけっして安全な場所じゃない。
隊長さんはそれを私にわかってほしくて、用心が足りないことで危険な目にあってほしくなくて。
だからこうして恐ろしい顔をして怒ってくれる。
それは責任感からくる配慮で、隊長さんなりの優しさでもある。
「……責任感、だけじゃない」
聞き逃してしまいそうな小さな声で、隊長さんは言った。
相変わらず眉間のしわは深く刻まれているし、顔は仁王像。
でも、不機嫌そうに引き結ばれた唇は、照れ隠しにしか私には見えなかった。
「もっちろん、わかってます! 隊長さんは私のことを愛しちゃってるんですもんね〜」
私はにんまりと笑った。語尾にはハートマークつき。
隊長さんは、隊長としても、恋人としても、私のことを心配してくれちゃっているのだ。
ちゃんとわかってますよ、隊長さん!
「わかっているなら、自分を大切にしてくれ」
片手で顔をおおって、隊長さんは深いため息をつく。
そんなふうに顔を隠しても、どんな表情をしているのかはだいたい想像できちゃうのに。
きっと、この上なく怖い顔のまま、ちょっとだけ頬を染めている。
隊長さんは、言葉ではほとんど気持ちを伝えてはくれない。
でも別に、好意を隠しているわけじゃない。
こうやって言葉の端々とか態度とかに、表してくれる。
それがすごくうれしくて、わたしはしあわせな気持ちでいっぱいになる。
こういうときの隊長さんはかわいく見えるって言ったら、隊長さんは怒るかな?