二人にご報告いたしました

「これはこれは遅いお帰りで、不良娘」

 朝帰りも三回目となれば、もう誰もツッコミを入れてはくれないかな、と思っていたんだけど。
 どうやらそうでもなかったようです。
 まあ、朝帰りどころか昼帰りだから、しょうがないのかもしれない。
 あのあとね、隊長さんと一緒に朝ご飯を食べて、それから隊長さんの部屋で寝ちゃったのですよ。
 隊長さんがお昼休憩で帰ってくるまで、ぐっすりと。
 帰ってきた隊長さんに起こされて、それから部屋に戻ってきたわけで。
 休みの日と言えど、一言もなく前日の夜から昼まで帰ってこないんじゃ、ツッコミも入れたくなるよね。

「今までいたのは隊長の部屋、であってる?」
「あ、あってます」
「弁解及び、事情説明をするつもりは?」
「えーとですね、その……」

 どうしよう、どう言い逃れよう。
 とそこまで考えて、あれ? と気づいた。
 別に隠す必要とかないんじゃないかな、ということに。
 昨日あったことを全部話すのは、さすがに恥ずかしくて無理だけど。
 どうして朝帰りならぬ昼帰りすることになったのか、大本の理由は言える。

「隊長さんと、お付き合い? をすることになりました」

 視線を二人の間で行ったり来たりさせながら、私は答えた。
 エルミアさんは目を見開いて、ハニーナちゃんは目を瞬かせてから小首をかしげた。

「……マジで?」
「マジです」

 間髪入れずに返答する。
 そんなに信じられないようなことなんだろうか。
 そういえば二人には隊長さんとの仲を相談したりはしなかったし、事情を知らない二人にとっては急なことかもしれない。
 私としては、ずっと追いかけてたわけだから、やっとこさって気分なんだけどね。

「サクラさん、まさか……」

 ハニーナちゃんの顔から血の気が引いていく。
 ん? もしや、よからぬ誤解をしているのでは?

「あ、無理やりとかではまったくもってないですよ。両思いですから!」
「そうなんですか。よかった」

 ハニーナちゃんはほっと息をついた。
 いったいどんな妄想をしていたのやら。
 男の人が苦手なハニーナちゃんのことだから、力ずくで手篭めに、とかそういう感じかな。
 誤解が解けたようでよかった。

「あんたと隊長さんがねぇ。合うような合わないような不思議な組み合わせだわ」
「失礼な。割れ鍋にとじ蓋で完璧ですよ」
「その場合あんたが割れ鍋よね」

 そ、それは否定できない……。
 隊長さんはフォローがうまいと思うよ、ほんとに。
 口数は少ないけど、行動で語るっていうかね。
 ちょっと暴走気味の私の手綱をうまくさばいてくれることでしょう。

「あ、そうだ、お二人に聞きたいことがありまして」

 そうそう、思い出した。
 隊長さんにはなんとなく聞けなかったけど、気になっていたことがあったんだよね。
 私の言葉に二人は首をかしげてこちらを見てきた。

「灰茶色の短髪で、深い緑色の瞳。でもって隊長さんと同じくらいガタイがよくて身長も高い人って、知ってますか?」

 昨日、隊長さんの部屋に行く途中に絡んできた人。
 今まであんなふうに絡んできた人はいなかったから、印象が強い。
 名前くらいは覚えておいたほうがいいんじゃないかな、と思ったんだ。

「それって……」
「ビリーしかいないと思うけど。あいつがどうかした?」
「いえ、名前が知りたかっただけなので。ありがとうございます」

 ビリー、ビリー。
 うん、覚えた。
 これでも私、人の顔と名前を覚えるのは得意です。
 そんなに活用方法のない特技なんだけどね。

「何? 隊長と付き合うってのに、違う男の話?」

 エルミアさんが怪訝そうな顔で聞いてくる。
 そっか、そうとも取れちゃうのか。

「そういうんじゃないんですよ。ちょっと名前を覚えておいたほうがいいかなってだけです」
「あー、絡まれでもした? あいつ、隊長に反感持ってるから」
「まあそんなところです」

 こんなところで重要な情報をゲット。
 反感、持ってるんだ。
 だから、隊長さんの愛人って噂の私に突っかかってきたわけか。
 納得納得。ようやく意図がわかったよ。
 さすがの隊長さんでも、全員に好かれるってのは無理なものなんだね。

「まったく、女相手に何やってんだか。注意しておかなきゃ」

 エルミアさんはどうやらビリーさんに対して怒っているようだ。
 でも、なんというか、その言い方には親しみがこもっているように聞こえる。

「仲がいいんですか?」
「腐れ縁よ。兄の友だちで、子どものころから知ってるの」

 なるほど、幼なじみか。
 二次元ならラブが始まっちゃったりするところだけど、どうなんだろう。
 や、さすがの私だってわかってるよ。幼なじみイコール両片思いってわけじゃないってことは!
 なんでもラブにつなげようとしちゃうのは、私の悪い癖だね。気をつけよう。

「エルミアのお兄さんも第五師団に入っていて、この砦にいるんですよ」
「ハニーナの父親もじゃない」
「ここみたいな僻地は、縁故採用が多いですからね」
「そういうものなんですね〜」

 二人の家族がここにいるなんて、知らなかった。
 まあでも、縁故採用が多いのはわかる気もする。
 こんなところに、知り合いもいないのに来る人は少ないんだろう。
 それこそ、私みたいな訳ありじゃないと。

「そんな話はいいとして。あんた、いつから隊長のこと好きだったの?」

 あ、話を戻された。
 別に答えられない質問じゃないからいいんだけどね。

「最初からいいなぁとは思ってましたよ。気づいたのは、えーと、三週間くらい前、かな?」

 酔っ払ってキスしちゃったときだから、たぶんそのくらいだよね。
 わー、思ったよりけっこう経ってたんだなぁ。
 あのときからずっと追いかけてたんだよね。
 私って実は、一途だったりする?
 そんなこと言うと全国の一途なお嬢様方に怒られちゃうかな。

「……一言も相談なしか」
「ご、ごめんなさい」

 怖い顔で低い声を出すエルミアさんに、私は思わず謝っていた。
 小隊長さんには相談したのに、二人には何も言わなかったもんね。
 隊長さんのことをあれこれ話すのもどうなんだろうって、結局二人には言えずじまいだったんだ。

「まあまあ。思いが通じ合ったなら、よかったです」

 にこにこと微笑みながら、ハニーナちゃんは言う。
 ハニーナちゃん、癒しや……。

「友だちがいがないわねー、とは思うけど」
「エルミアもそんなこと言って、本当は祝ってあげたいんでしょう?」

 ハニーナちゃんの返しに、エルミアさんはうっと言葉をつまらせる。
 それから私に向き直って、ぼそぼそと小さな声で「おめでとう」と言ってくれた。
 そっか、私、二人の友だちでいいんだ。

「二人とも……ありがとうございます!」

 私は満面の笑みでお礼を言った。
 相談してほしかったとぼやかれるのも、笑顔で祝ってくれるのも、うれしかった。
 隊長さんのことを話していいものか悩んで、なんていうのはただの後づけの理由だ。
 本当は、相談に乗ってくれるかどうか、不安だったから。
 でも、そんなこと心配する必要はなかったんだ。
 二人は、ちゃんと私の友だちだったんだ。

「隊長の恋人とか、色々と大変だろうけど、がんばりなよ」
「応援していますね」

 エルミアさんは少し複雑そうな表情で、ハニーナちゃんはほんわか笑顔で。
 二人の言葉を受け取って、私は笑った。

「はい!」


 水上桜、これからもがんばります!



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